第44話:異種試合・エルダーvsリゼア
舞台の上を、箒を持った係の生徒が3人がかりで往復していた。焦げた破片を集めては袋へ入れてまた戻る。四隅では教師が防壁魔法の調整をしている。
「まだかかるんすか」
「貼り替えとるだに。まさかここまで損壊するとは誰も思わんかったんでな」
「まぁそりゃあ…」
「そう言えばだが」
グエンが木剣を放って寄越した。エルダーが片手で受け止める。訓練で使っているものより、握りがわずかに重い。
「これは?」
「付与魔法のついた木剣だて。それ以外を持ち込んだら、炎系魔法一発で炭になるぞ」
「あー…流石に燃えカスでリゼアとやんのはごめんだな」
「なら握っとれ」
「うす」
ルールの読み上げは短く、場外・降参・戦闘不能の説明が主だった。
「変わらねぇのかよ。相手魔法だぞ」
「変えたらここまでやってきた大会の意味がなくなるだろうが」
「いや、そもそもなんで俺なんだって話でな」
「優勝したからだに」
グエンはそれだけ言うと他の教師らがいる方へ歩いていった。話は終わったらしい。エルダーは木剣の柄を握ったり緩めたりしながら、舞台の方を見た。電撃で焦げた跡なのか、床の中央あたりだけ色が黒くなっている。
「エルダー〜、生きてる?」
柵から身を乗り出しているミオの後ろに、ソラとルリもいた。
「まだ始まってもねぇっての」
「差し入れ持ってきた!」
ミオは布の包みを押しつけた。エルダーは中を見て、そのまま閉じた。
「なんで閉じるの!」
「今食うもんじゃねぇだろこれ」
「ゆで卵だよ?」
「殻ついたまんまじゃねぇか全部」
「剥きましょうか……?」
ルリが小さく手を伸ばしかけて、途中で引っ込めた。
「なあソラ、お前どっちが勝つと思う」
「聞くのか、それ」
「おうよ」
ソラは少し黙ってから、柵の向こうの舞台へ目をやった。
「肩、まだ焦げてたし」
「答えになってねぇぞ」
そう言いながら、エルダーは木剣の先で自分の足首を叩いた。道場でも学院でも、相手は必ず剣を持っていた。魔法科の生徒と向かい合ったことは一度もない。
「そもそも魔法の奴とやったことねぇんだよな、俺」
「授業も分かれてますしね」
「じゃあ誰も知らねぇのかよ」
「……1回だけ見たことある」
ソラが柵に肘を乗せ直した。
「入学前にさ。訓練場でアスカ先輩がリゼアと手合わせしたんだよ」
「はぁ!?マジかよ!んで、どうなったんだ?」
「踏み込んだ足が、途中で急に沈んだみたいに止まったんだ。地面は何ともなってないのに。その隙にリゼアが下がって、風魔法を3つ」
「…そんで?」
「先輩が全部避けて、次の魔法を出す前に懐まで入った。剣先がリゼアの顔の前で止まって終わり」
エルダーが木剣の柄を握り直す。
「すげぇな、勝ってんじゃねぇかよ」
「懐まではいられたらキツいんだよ、たぶん」
「おーおー!それ聞くと勝てる気してきたな」
「アスカ先輩の話だからな、今の」
「やめろ」
通路の奥から足音が2つ聞こえてきた。リゼアと、その後ろにセレナ。
「痛みが引いているだけですからね。無理はしないように」
「はい」
セレナはリゼアの肩に巻かれた布へ指先で触れ、それ以上は何も言わずに記録席の方へ戻っていった。
「治ったのか?」
「……肩にお相撲さんが乗ってるような感じ」
「なんだよそれ」
「独特なセンスだな…」
エルダーは木剣を肩に担ぎ直した。
「おい、手加減とかしなくていいからな」
「しないわよ」
「即答かよ」
「ぶい」
リゼアが胸の前でピースサインを作る。その隣でミオが横で同じ形を作って、こちらに向けてきた。エルダーは無視した。
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四隅の魔道具が低く鳴り始めた。
「エキシビションマッチ!武術科優勝、エルダー選手!魔法科優勝、リゼア選手!」
通路寄りの柱の陰に、腕を組んだアスカが立っている。グエンは袖から動いていない。
向かい合ったリゼアは、肩の布を巻き直したままだった。
「なあ、これ勝ったらなんか貰えたりすんのか」
「知らないわよ」
「だよなあ」
───始め!
「疲れてるから、早く終わらせるわよ」
リゼアの手が下から上へ小さく払われる。
風魔法が来た。太い一撃ではない。細く薄いものが、間隔を詰めて次から次に飛んでくる。
「っ!当然のように詠唱もなしかよ!」
エルダーは木剣を横に払った。1本目は弾いた。2本目では腕が押し返された。まともに受ける物ではないと判断して剣を下ろす。
3本目は首を傾けて外した。4本目は膝を折って下へ抜けさせる。5本目が肩の上を通り、空気の裂ける音が耳のすぐ横で鳴った。
足は止めない。避けた分だけ前へ出る。
柵の外の声が遠くなっていく。
「悪ぃけど」
体ごと沈めて次を躱す。
「こっちも負けるつもりはねぇんだわ!」
半分まで詰めたところで、正面から真横に風が走った。踏み込みかけた足を戻す。壁のように置かれたそれが消えるまで、1歩も進めなかった。
消えた瞬間にもう1度出る。
今度は床すれすれを這うように。気付けたのは、床に積もった煤が一直線に払われたからだった。判断より先に軸足を持っていかれる。
体が横へ流れ、バランスを崩す。
だがすぐに木剣を突いて起き上がる。膝に痺れが残っていた。顔を上げると、リゼアは同じ場所から動いていない。ここぞとばかりに前へと突っ込む。
風の間隔はわずかに開いていた。ソラを投げた時と同じ距離まで、あと半歩。
伸ばした手がリゼアの腕を捉えた。
捉えたはずだった。
唐突にリゼアの体が真後ろへ吹き飛び、舞台を半分ほど滑ってから片足で止まる。
エルダーは自分の手のひらを見た。掴んだ感触すらなかった。
「……自分に当てたのか、今の」
「そうよ」
「そんな使い方あるかよ!」
リゼアの肩が上下している。飛んだ先で息を整えているのが、この距離ならはっきり見えた。
「おいおい、もうお疲れか?」
「まだまだいけるけど、面倒なのよね」
「面倒って言ったな今」
「えぇ」
リゼアの指先が床へ向いた。
足元が短く弾け、煤と灰が一気に舞い上がる。視界が灰色に濁った。エルダーは腕で顔を庇いながら、その中へ突っ込もうと踏み出した。
その粉塵が、宙で止まった。
パキ、と細かい音が連なる。宙にいる形のまま、粉塵が白く固まっていった。粉塵を固めて凍らせたそれは落ちずに厚みを増していく。リゼアの前方から、こちらへ向かって。
それはエルダーの背丈を越え、さらに上へ上へと伸びていく。数メートルはあろうかという氷の壁が、床を侵食しながら迫ってくる。
木剣を氷の壁へ叩きつける。付与が跳ね返す感触だけが腕に返り、氷は削れもしない。
「おいおいおいおい」
横へ走る。壁の端が同じだけ横へ伸びた。反対へ切り返しても同じだった。扇が閉じるように、立てる場所が減っていく。
上を見た。天井には届いていない。届いていないだけで、登れる面でもなかった。指をかけようとした端から新しい層が張り出してくる。
下がる。壁も来る。
壁の向こうではリゼアの姿が見える。氷越しなので輪郭しか分からないが、動いてすらいない。
「なあ、押してるだけだろこれ!」
「押してるだけよ」
もう一度叩いた。今度は木剣の先が氷に食われかけて、慌てて引き抜く。
「なあ、これどうすんだよ!?」
「下がるしかないんじゃない」
「質問を質問で返してんじゃねぇっ!!」
踵が縁を探って、何もない場所を踏んだ。
そのままエルダーは仰向けに舞台の下へ落ちた。
「じょ、場外!勝者、リゼア選手ーーっ!」
歓声より先に笑い声が来た。
「……反則だろ、あれ」
舞台の縁からリゼアが見下ろしている。
「反則じゃないわ。作戦勝ちって言って欲しいわね」
「ちげーよ!」
「納得いかない負け方した時の感情、理解できたか?」
ソラが柵に手をかけたまま笑っていた。
「うるせぇ!お前が言うな!」
起き上がって、目の前の壁を拳で一発叩いた。冷たさと硬さだけが返ってきて、手の甲が赤くなる。
氷は溶ける気配がなかった。係の生徒が2人、壁を見上げて顔を見合わせている。記録席ではセレナが立ち上がり、教師の1人と何か話しては壁の方を指している。
「えー、閉会式は……氷が溶けてから行いまーす」
まばらな拍手が会場に起きた。ミオが「えーっ!」と声を上げ、その隣でルリが座り込む場所を探し始める。壇上では学院長がマイクを持ったまま係の生徒に何か言われ、いったん椅子へ戻された。まだ何も喋っていないのに、袖の方で誰かが「長くなるぞ」と呟いている。
リゼアは舞台の端に腰を下ろし、布の上から肩を押さえていた。
舞台の傍では、悔しそうなエルダーの横に、ミオがゆで卵を1個置いていた。
今回もお読み頂きありがとうございました!
今回はリゼアとエルダーの試合でした。今回で最終戦となります。接戦になるかと思いきやまさかの決着のつき方でした!
次回からは大会も終わり、少しづつに学園での生活へ舞台がうつっていきます。
次回以降も是非に一読お願いします!
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未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/
次回投稿は9月14日(月)6時を予定しております。
何卒よろしくお願いします!




