第43話:魔法科決勝戦・リゼアvsライカ
柵の1番前は、早いうちから埋まっていた。
「なんでーっ!」
「昨日あんだけ言ってたのに、ミオが1番遅かったじゃねぇか」
エルダーが人垣の後ろで背伸びをした。頭半分の差で、こちらは普通に見えているらしい。
「朝ごはん食べてたの!」
「食ってる場合か」
「それくらいよくない!?」
ルリは2人の間で肩をすくめている。人の多さそのものが苦手らしく、さっきから背中が丸まったままだった。
「あ、そうだ。昨日の夜、ちゃちゃ丸に占ってもらったんだよね」
「何してんだお前」
「紙に2人の名前書いて床に並べるの。先に乗った方が勝ち。にゃごすちん式」
「聞いた事ねぇよそんな式」
「お父さんがたまにやってる」
ソラは店の床に紙を並べているネロの姿を想像した。案外ノリノリでやっていそうだなと感じた。
「で、どっちだったんですか?」
ルリが身を乗り出す。
「結果は……」
「両方乗った!」
「占いになってねぇじゃねぇかよ」
エルダーが呆れて息を吐く。
「順番があって!最初にライカの方に乗って、そのあとリゼアの紙の上で寝たの。てことはつまりライカさんが初めは押すけど、最後はリゼアが寝るってこと…?」
「自分でよく分かんなくなってるし、勝ち負けの話もどこ行ったんだよ」
「とにかく!ちゃちゃ丸予報ではリゼアの勝ちなの!」
「じゃあ賭けようぜ。俺もリゼアだ」
「ぶ〜、エルダーくん、そういうのよくないと思います〜」
「冗談だっての」
ソラは人だかりの間を覗きながら、さっきから同じところを何度も見返していた。前列、通路側、反対側の柵際。どこにもいない。
「フィーナ、来てないのかな」
「あー、腕まだ治ってないんじゃない?」
ミオが軽く返す。
「昨日は治ったって言ってたけど」
「じゃあ寝てるんだよ。あの人よく寝てるって聞くし」
通路寄りの柱の陰に、見覚えのある背中があった。アスカだった。腕を組んだまま柵にも寄らず、舞台の方だけを見ている。声をかけようとしたが、ソラは口を閉じた。
「決勝!リゼア選手対ライカ選手!」
両側の入口から2人が出てくる。ライカは肩を回しながら、リゼアはいつも通りの足取りで舞台へ上がった。歓声の質が、これまでの試合と違っていた。名前を呼ぶ声と、ただ騒いでいるだけの声が混ざっている。
「よお。逃げずに来たな」
「目指すは優勝よ。ぶい」
リゼアは胸の前でピースサインを作ってみせた。
「はぁ?」
審判が合図を出す。
「はじめ!」
ライカの指が鳴った。
細い光が舞台を走る。1本。間を置かずにもう1本。準決勝で見せた柱のような塊ではなく、1本1本が細く速いものだった。
リゼアが片手を上げると、手前で光が潰れて消える。2本目も同じ位置で途切れた。
「おー、余裕そう」
ミオが背伸びを再開する。
「次あれだろ、相手の魔法を取り込んで投げ返すやつ。カレンの時もミオの時もそうだったしな」
「そうそう。見ててよ、あれやられると本っ当にどうしようもないんだから」
3本目からテンポが変わった。何度も何度も撃ち続ける。1本ごとの威力を捨てて、数と速さだけを積んでいく。間隔が詰まるにつれ、光の消える位置がリゼアの手元へ寄っていった。次は袖の先で弾け、その次は肘のあたりまで届く。
取り込む間がなさすぎるのだと、ソラにも分かった。
「……あれ?」
ミオの声がしぼんだ。背伸びをやめて、じっと顔を寄せ直す。
ライカが前に出る。
撃ちながら舞台を横切ってきた。魔法科の生徒が取る距離ではない。踏み込むたびに靴底が床を叩き、破裂音と光が炸裂する。
「なんだあいつ、前出るつもりか!?」
エルダーが柵を掴んだ。
リゼアの手が上がりきる前に、ライカの掌が肩口へ届いた。
至近で光が弾ける。
音が遅れて柵まで届いた。リゼアの体が横へ流れ、片足が舞台の端近くまで下がる。肩の布が黒く裂けていた。
静まりかけた会場が、そこから一気に賑やかになる。
「あのリゼアさんが!?」
「初めてじゃね今の!」
ソラは柵を握り直した。
勢いのまま、リゼアが片手を横に払う。踏み込みかけていたライカの体が、見えない何かに押されたように後ろへ跳ねた。
「っと」
体勢を戻すのに要したのは、それだけだった。ライカはもう笑いながら足を前へ出している。
「今の、何かは分かんねぇが良いじゃねぇか!」
肩の裂けた布を気にすることもせず、リゼアが後ろへ下がる。
この大会で1度も見せたことのない動きだった。距離を取ろうとした分だけ、ライカが詰めてくる。
リゼアは放たれた雷を掴もうと手を伸ばすが、取り込むよりも早く、雷は手の中をすり抜けて腕で弾けた。袖が裂け、焦げた匂いが上がる。2度、3度。4度目で、リゼアは手を伸ばすのをやめた。
「おいおい、どうしたよ!」
ライカが笑っていた。
「準決勝はなあ、こっちが何撃っても突っ立ってるだけのつまんねぇ奴だったんだよ!こういうのだよ、こういうのがやりたかったんだよ私は!」
言葉と一緒に電撃が飛ぶ。リゼアの足元で床が跳ね、砕けた破片が舞い上がった。避けてもそこへ次の雷撃が来る。舞台の端まで追い込まれて、リゼアが横へ回り込んだ。
肩が上下している。息の乱れが、柵の外からでも分かった。
「……リゼア」
ソラの声は歓声に飲まれた。柱の陰でアスカが腕を組み、じっと見ているのが視界の端に入る。
リゼアの足が止まる。
下がるのをやめて、ゆっくりとライカの方を向く。それから片手を下へ向けた。
───パーティクルエミッション・グラビトン。
初めて聞く言葉だった。
記録をしていたセレナのペンが紙から離れた。書きかけの文がそのまま止まっている。隣に座っていた教師が顔を上げ、こちらに何か言いかけて、やめた。
柱の陰にいたはずのアスカが、いつの間にか柵のすぐ後ろまで来ていた。その横で、上級生の1人が「今の、なんて言った」と何度も繰り返している。
「初めて聞いたぞ、今の」
「なんつった?」
「グラ…なんとか?」
刹那、場全体がどんよりとした空気に包まれた。
空間そのものが地面へと引かれていくような感覚だった。柵際の生徒が一斉に口をつぐむ。ルリが小さく声を漏らして半歩下がり、ミオは柵から手を離した。
「なにこれ……」
舞台の上では、跳ね上がったはずの破片が浮かびもせず、そのまま床へ押し付けられていく。舞い上がっていた砂も、途中で行き先を失って落ちた。
ライカが放った細い雷も、伸びきる前に途中で潰れて消えた。
「……は?」
もう1度撃つ。同じ場所で光が途切れる。
「なんだよ、これ…!」
舌打ちが響いた。それから両手が胸の前で合わせる。
空気が乾いた音を立てて軋み、腕に這った光が一点へ集まっていく。準決勝でフィーナに向かって初めに放ったあの魔法の構えだった。
「それなら、まとめて撃ち抜きゃいいだけだろ!!」
───パーティクルエミッション・ポルックス!
白い柱が舞台を裂いた。
届かない。
中央のあたりで柱の先端が何かに触れたように見える。しかし、爆風も閃光もないままに柱は暗いものの中へ吸い込まれるように短くなっていく。最後の一筋が消えるまで、誰も声を出さなかった。
「……嘘だろ」
ライカの膝が落ちた。舞台に手をつく。立ち上がろうとしたが、何故か立ち上がることができない。
肩が震え出す。
「……ははっ」
顔を上げたライカは笑っていた。
「はははは!なんだこれふざけんな!立つこともできねーじゃねぇかよ!!」
床に手をついたまま、声だけが会場に響く。
「気に食わねぇ!あー、気に食わねぇけど!こういうのだよ!こういうのがやりたかったんだよこっちは!」
リゼアが下げていた手を戻す。舞台の空気が緩み、浮きかけていた砂が音を立てて落ちた。
「立てる?」
「立てねぇっつってんだろ!」
審判が慌てて片手を上げた。
「せ、戦闘不能!勝者、リゼア選手!!」
歓声が遅れてから湧いた。ミオが人垣の隙間で飛び跳ね、エルダーが誰に言うでもなく「やっべぇな今の!」と叫んでいる。ルリは口元を押さえたまま舞台から目を離せずにいた。
係の生徒が2人がかりでライカを引き起こしにかかっている。片方の肩を借りながら、ライカはまだ何か喚いていた。
「次だ次!次やったら分かんねぇからな!」
「どう見ても完敗だったけどな」
エルダーが柵越しに返したが、届いたかどうかは分からない。
記録席では、セレナがまだ舞台の方を見つめていた。ハッとしたセレナはペンの先を紙に戻し、書きかけていた文字を最後まで書いた。
「魔法科の部、優勝はリゼア選手!なお本日この後、武術科優勝者エルダー選手とのエキシビションマッチを行います!」
全員の首が、揃って1方向へ向く。
「……は?」
エルダーが自分を指さした。
「いや待て待て!聞いてねぇぞ俺!」
「今聞いたじゃん」
「今知ったからな!?」
ミオが手を叩いて笑い、ルリが「だ、大丈夫ですか」とアタフタしている。
稲妻は闇夜に飲み込まれる。
昨日の医務室で聞いた言葉が、ソラの中でようやく形になった。それが分かったところで、意味は何ひとつ分からないままだった。
舞台の上では、リゼアが焦げた肩に手をやり、剥がれかけた布を無造作に引きちぎっていた。
今回もお読み頂きありがとうございました!
今回は魔法科の決勝戦、リゼアとライカの戦いのお話でした!次々攻撃を繰り出すライカに思わず苦戦するリゼアですが、未知の魔法で反撃したリゼア。リゼアにも謎が多し…次回で大会は終わりとなります!次のお話も是非一読お願いします!
よければアクションやTwitterのフォローとかお願いします! @kuronekomaru015
未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/
次回投稿は月日()6時を予定しております。
何卒よろしくお願いします!




