第42話:幕間・フィーナの言葉の意味するもの
医務室は訓練場の裏手にあった。準決勝が終わった後の午後で、廊下には人の気配がほとんどない。遠くで木剣を振る音がするだけだった。
ソラは扉の前で一度足を止めた。何を話そうかと頭の中で組み立ててみたが、うまくまとまらない。結局そのまま手をかけた。
寝台が4つ並んでいて、埋まっているのは一番奥の1つだけだった。窓が開いていて、薬品の匂いと外の風が混ざっている。
──フィーナは寝台の縁に腰かけていた。
制服は着替えたらしく、腕には包帯が巻かれている。頬の煤は落ちていたが、髪の先はまだ縮れたままだった。
ソラが入っても顔を上げない。
「……調子はどう?」
「治った」
即答だった。包帯を巻いた腕を持ち上げ、軽く曲げてみせる。
「まだ巻いてあるけど」
「問題ない。明日には取る」
それきり言葉が途切れた。フィーナは天井をぼーっと見ている。ソラは近くの椅子を引いて、少し離れた位置に座った。
窓の外を練習用の的を担いだ生徒が通り過ぎていく。
「あのさ」
話しかけても、フィーナは動かない。
「さっきの試合、なんで――」
「個人の魔素の理解力については」
遮られた。
「え?」
「武術科は測るのか」
脈絡がなかった。ソラは一拍置いてから答える。
「いや、武術科は補助程度しか習わないから。そういうのはしないかな」
「そう」
フィーナは頷いた。ソラの言いかけた質問は、そのまま行き場を失った。
もう一度、木剣の音が遠くで鳴った。
「聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞ」
「試合の前に言ってただろ。鍵が出ない、って」
フィーナが視線をソラへと向ける。
「無視してたら鍵が出ないって、あれ何の話だったんだ」
しばらく返事がなかった。
フィーナが寝台の縁を掴んで、わずかに体をこちらへ向ける。
「どこまで知ってるの」
「え?」
「今の質問。どこまで知っていて聞いてるの」
抑揚は変わらないのに、言葉の数は増えていた。ソラは椅子の上で少し身を引く。
「えっ、えぇと…何も知らないよ。何言ってるのか分からなかったから聞いただけで」
「本当に?」
「本当に」
フィーナはソラの顔をしばらく見ていた。それからため息をついてから視線を膝へと移した。
「なら、いい」
「良くはないんだけど」
「順番の話。それだけ」
「順番」
「うん」
それきり何も出てこなかった。ソラは頭の中で言葉を並べ替えてみたが、どう組み合わせても意味のある形にならない。
立ち上がって扉に手をかけたところで、後ろから声がした。
「決勝、見るの」
「まあ、見るよ」
「きっと、雷鳴の如く鳴り響く稲妻は漆黒の如く暗い闇夜に飲み込まれることになるわ」
「えっ???」
ソラが意味を聞こうとしようとした時には、フィーナはもう窓の方を向いていた。
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食堂へ向かう渡り廊下で、後ろから足音が追いついてきた。
「ソラー!」
ミオが小走りで駆け寄って来る。その後ろをルリとエルダーが並んで歩いていた。
「どこ行ってたの?姿見えなかったけど」
「ちょっと医務室に」
「あー、フィーナさんとこ?」
「まあ、そんなとこ」
「どんな感じだった?」
「元気そうだったよ」
ソラはそれだけ返した。順番、という言葉を出しかけて、やめる。
「そっか。ならよかったー」
ミオはあっさり納得して前を向いた。
「僕もけっこう心配してたんです。あの煙の中、ずっと撃たれてたから……」
ルリが胸のあたりで手を握る。
「まぁ普通に立ってたしな。あんだけ食らって立ってるってのが、俺は一番怖かったぜ」
エルダーが首の後ろをトントンと叩いた。
「明日は絶対いい場所取ろうね!柵の一番前!」
「お前、今日は舞台の上にいただろ」
「うるさい!大会の舞台、上から見るか、下から見るかって言うでしょ!」
「いや聞いた事ねぇよ」
ミオは振り返って言い張り、そのまま食堂の扉を押した。
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食堂はいつも通り人で埋まっていた。長机の一つにリゼアが先に座っていて、トレーの上には例によって山盛りの器が乗っている。
「まーたそれかよ」
エルダーが呆れた声を出した。
「明日決勝だろ。もうちょっとこう、力のつくもんとか食っとけよ」
「これ、実は力が漲ってくるのよ」
「んなわけねーだろ絶対」
「んなわけあるのよ、本当は」
リゼアはそう言い切ると、再びナタデココを食べ始めた。エルダーが諦めたように席へ腰を下ろす。
「まー、負けた人間には負けた人間の楽しみ方があるからね!」
ミオがトレーを置いて両手を広げた。
「優勝候補に負けた実力者が、特等席で解説してあげるってわけ。野次も応援も飛ばし放題だし、ありがたく思ってよね!」
「言うようになったなぁ、敗者さん」
「そーそー、痛かったら手上げてくださいねー…ってうるさいなー!エルダーだって負けてるじゃん!」
「俺は優勝だ!」
「あっ、そうだった」
「そうだったじゃねぇ!」
ルリが笑いをこらえきれずに肩を揺らしていた。
しばらく他愛のない話が続いて、皿があらかた空きかけた頃、ミオが箸を止めた。
「で、実際どうなるかな明日の試合」
「リゼアが勝つだろ」
エルダーが即答する。
「早いって!」
「だってここまで1回も危なげねぇんだぞ。カレンの時も、お前の時もそうだ」
「うっ……そこ持ち出されると弱い」
「で、でも」
ルリが遠慮がちに口を挟んだ。
「ライカさんもまだほとんど手の内が分かってないですよね。1回戦も準決勝も、一瞬で終わっちゃってて……」
「あー、確かにな」
「2回戦は見られなかったし…誰も、あの人がちゃんと戦ってるところを見てないんですよね」
場が少し静かになった。
「言われてみればそうだな〜、あたしも電撃使うってことしか知らないや」
「電撃系なのは分かってんだろ。それで充分じゃねぇか」
「充分じゃないよ!何撃ってくるか分かんない相手なんか怖いに決まってるじゃん!」
ミオが身を乗り出す。その勢いで机が揺れて、リゼアの器の中身がぷるんと傾いた。
ソラは自分の器を持ったまま、準決勝の試合を思い出していた。あれだけ撃ち込まれて、フィーナは一度も撃ち返さなかった。
「リゼアはどう思う?」
ミオが振ると、リゼアが器から顔を上げた。
「何が?」
「明日だよ明日!勝てそう?」
「無理かな」
「えぇっ!?」
ミオが箸を取り落とした。エルダーとルリも揃って顔を上げる。
「え、待って。何かあったの。実は怪我とかしてた!?」
「……嘘よ」
「嘘なの!?」
「やってみないと分からないでしょ」
言い終わる前には、もう次の一口を口に運んでいた。
「きっ、緊張感ゼロだわ…!この子!」
「いつものことだろ」
エルダーが笑う。
結局、エルダーは最後までリゼアが勝つと言い張り、ルリは分からないと繰り返し、ミオはどっちでもいいから派手な試合が見たいと言った。ソラは意見を出さないまま、話が一巡するのを聞いていた。
トレーを片付けに立つ間際、リゼアはまだ器の底をさらっていた。ソラは自分のトレーを持ち上げて、返却口へと歩いて行った。
今回もお読み頂きありがとうございました!
今回はフィーナへのお見舞いと食堂でのやり取りのお話でした!
謎のオーラを匂わせているフィーナ、果たしてその言動に意味はあるのか…!?
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未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/
次回投稿は9月9日(水)6時を予定しております。
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