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星脈と位相の狭間で  作者:
旅立ち編
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第3話・道のり

 村を出て最初の数日は、何事もなかった。


夏の朝は早くから明るく、日が昇りきる前から蝉の声が降り注いだ。ソラが前を歩き、リゼアがその少し後ろをついてくる。荷物の重さに慣れない足が、砂利道に音を立てた。


「あっついな…」

額から汗を流しながら、ソラが言う。


「そうね…風が吹いてるのがせめてもの救いよ…」

リゼアも暑そうに項垂れていた。


「ねぇ、ソラ」


「どうした?」


「村から目的のとこまで、どのくらいかかるの…」とリゼアが聞いた。


「一ヶ月くらいらしい」


「いっ、一ヶ月…!」驚いた後、リゼアは少し間を置いた。「思ったより遠いんだね」


「近辺の都市の中では一番近い。それに——」ソラは前を向いたまま続けた。「剣術が強くなりたいなら、剣士が集まる都市が一番だと思ってさ。旅をするためにはまず強くなるのが最優先かなって」


「その都市って、なんて名前なの?」


「アレシス」とソラは答えた。「武の都市って呼ばれてるところだ」


「ふーん」リゼアがそれだけ言うと、足を少し早めたような気がした。


 道は次第に細くなり、やがて両脇を鬱蒼とした木々に囲まれた獣道に変わった。木漏れ日が揺れ、風が葉を鳴らす音だけが続く。村を出る前に父から渡された地図を広げると、この道がしばらく続くことがわかった。


 それでも二人は歩き続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 旅に出て二週間が過ぎた頃だった。


 その日も朝から日差しが強く、背中の荷物が肩に食い込んだ。

「少し休まないか」とソラが言った、その直後だった。


ガサッ


 前方の茂みが揺れた。


ソラは足を止めた。リゼアも気づいて、自然と歩みを緩めた。茂みが揺れるような風はない。獣か、と思った次の瞬間——茂みから人間が出てきた。


盗賊だ、とソラは直感した。


一人、二人——じわりと広がりながら、四人、五人。道を挟むように半円を描いて立った。手には錆びた剣、棍棒。日に焼けた顔をしていて、

眼帯をしている者

顔に傷のある者

不敵な笑みを浮かべる者など…


「ガキが二人で旅か?感心なこった」


先頭の男が低い声で言った。

そして一歩前に出た後に続けた。


 視線がソラの剣の方へ向いた。次に、リゼアへ。


「荷物と剣を置いていきな。そうすれば痛い目には遭わせねぇ」


「へっへっへっ」

後ろにいる男たちも不敵に笑う。


 ソラは静かに息を吸った。剣の柄に、ゆっくりと手をかけた。五人。数は不利だ。それでも——やれないことはないと思った。その時点では。


「リゼア、下がれ」


「嫌よ」


 短い返事だった。振り返ると、リゼアはすでに両手を構えていた。魔法の準備の影響か、銀色の髪が風もないのにわずかに揺れた。


「なんだ?やるつもりかぁ?」

次の瞬間、男たちが動いた。


 ザッ——。

先頭の男が踏み込んできた。ソラは相手の攻撃を受け流し、そのまま体重をかけて押し返した。

「……くっ!」

思ったより、ずっと重い。歯を食いしばった瞬間、横から別の男が来た。


 後ろでリゼアが詠唱の言葉を紡ぎ、掌から炎の攻撃魔法を放った。その男が悲鳴を上げて退いた。


「ありがとう!リゼア!」


「まだ来るから!感謝はあとにして!」


 互角だ——そう思った。最初の数分は。


 男が低く何かを唱えた。

「万物を重圧で堕とせーーーグラビティ」


「!?」

体が——重い。腕が上がらない。まるで見えない手で全身を押さえつけられているような感覚に、ソラは膝をついた。


「ソラ!」


 リゼアの声が聞こえた。彼女も同じく全身が重くなっていた。動きが鈍い。

その隙を突いて、残りの四人が再び詰め寄ってくる。


 捌ける数ではない。


 ソラは奥歯を噛んだ。剣を構え直そうとした。しかし、腕が言うことを聞かない。意識までボーッとしてきた。

足音が、近づいてくる。


「観念しな」


 ここまでか——。

そう思った、瞬間だった。


 ヒュッ。

 風切り音が一つ。


 先頭にいた男が、声も出さずに吹き飛んだ。


 ドサッ。

 地面に転がった男を、残りの四人が呆然と見下ろした。誰も動かなかった。一秒、二秒——。


やがて全員が理解し、慌てふためいた。

「なっ、なんだ!?」「何が起きた!」「うわああ!!」


体の自由が聞くようになったソラは顔を上げた。


 道の奥に、一人の男が立っていた。二十代後半くらいだろうか。旅慣れた様子の軽装に、腰に一本の剣。特別大柄でも屈強でもない。ただ——立ち姿に、無駄が一切なかった。


「おいおい、大の大人が子供相手に五人がかりか」


 男は剣を抜きながら、どこか呆れたように言った。

 それからは早かった。

 ーーーザッ

ーーーキンッ!

ドサッ。


 ソラは男の動きを全く追えなかった。気づけば、残りの四人が地に伏していた。華美な技があったわけではないが全ての動きに無駄がなく、淀みなく——相手が何をしても完璧に返せるようにすら感じる、完璧な太刀筋だった。


 ソラはゆっくりと立ち上がった。膝が、わずかに笑っていた。体の節々が痛んだ。


「大丈夫か」


 刀をしまいながら、男がこちらへ歩いてきて言った。


「……助かりました」

「無事で何よりだ。運が良かったな、この辺は最近物騒でね」


 男は倒れた野盗たちを無表情で見下ろした。それから、ソラに視線を戻した。


「剣術、どこかで学んだのか?」


「いいえ」


「本当か?まだ荒削りだが、筋は悪くない」


 少し間があった。


「どこへ向かってる」


「この先にあるアレシスへ行こうとしてる最中です」


「そうか、それはいい」


 男は小さく微笑んだ。それ以上は聞かなかった。


 しばらく三人で休憩を取った。男が水筒を差し出した。リゼアが「ありがとうございます」と頭を下げると、男は「礼儀のいい嬢ちゃんだな、気にするな」と短く返した。

 

木陰に腰を下ろし、三人はしばらく黙っていた。風が草を揺らす音だけが続く。やがて男が口を開いた。


「2人の名は?」


「ソラです」とソラは答えた。「こっちはリゼア」


 男はそうか、と短く息をついた。


「俺はアッシュだ。今は野暮用終わりでアポリスに帰る途中でな。その道中にたまたまお前らを見かけたってわけだ」


「アポリスって、交易都市の?」

リゼアが聞いた。その声には少し興味の色が混じっていた。


「なんだ嬢ちゃん博識だな、知ってるのか」


「うん、聞いた事ある。お父さんから、アポリスって街には見たことないようなご飯とか品物とかがいっぱいあるんだぞって」

リゼアはいつにも増して目を輝かせていた。


「はっはっは、そうだな。確かにアポリスは交易都市だからな、各地から珍しいものが色々集まってくる。そうだ、良かったらこれをやるよ」


そういうとアッシュは鞄からネックレスとブレスレットを取り出した。どちらも一見シンプルな造りだったが、見たことのない光沢のある、どうにも魅力的な一品だった。


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