第37話:ミオvsゴーエン
「はじめ!」
審判の声と同時に、ミオは大きく後ろへ跳んだ。
間合いを取る。ゴーエンの拳が届く距離には絶対に入らない――それだけを頭に叩き込んでいた。柵際でエルダーが「おい!初手から逃げてどうすんだ!」と野次を飛ばしたが、聞こえないふりをした。
会場が、しんと静まり返った。
ゴーエンは動かなかった。
拳を構えることもなく、突っ込んでくる気配もない。ただ、その場に立ったまま、右手をゆっくりと持ち上げた。
「……来ない?」
ミオが戸惑った隙に、ゴーエンの指先が微かに光った。
ーーパーティクルエミッション・アルクトゥルス
低く、抑揚のない声だった。放たれたのは、拍子抜けするほど頼りない光の糸だった。指ほどの太さもない、細く白い一本の線が、ゆるやかな弧を描いてミオの足元に落ちる。
「……え、それだけ?」
柵の外でも困惑の声が上がった。
「今の、なんだ?」
「威嚇にもなってなくないぞ…」
ルリが小声で「あれって攻撃…なんですかね?」と首を傾げる。ソラも黙って舞台を見つめたまま、動かなかった。
ミオは拍子抜けしたように肩の力を抜き、光の糸を軽く払おうと足を上げた。
「なんかよく分かんないけど――」
言い終わる前に、足首に妙な引っかかりを感じた。糸は消えていない。むしろ足に絡みついたまま、わずかに締まっている。
「え、ちょっと」
「おいどうしたミオ!お得意の猫パンチでやっちまえよ!」
「うるさいなエルダー!大したことないもん、これくらい――」
ソラは腕を組んだまま、舞台を注視していた。ゴーエンの詠唱は毎回同じ、威力も変わらない。だが、糸を放つ間隔だけは徐々に短くなっている気がした。
言いながら踏み出した瞬間、ゴーエンがまた同じ動作を繰り返した。だが、今度は右手ではなく左手だった。
ーーパーティクルエミッション・アルクトゥルス!
二本目の糸が飛んできて、今度は反対の足に絡んだ。1本1本はやはり弱々しい。切ろうと思えば簡単に千切れそうな細さだった。観客席からも「なんだあの魔法」「弱すぎない?」と小さな笑いが漏れる。
「なにこれ、なんか変な感触……」
払っても、また新しい糸が飛んでくる。3本目は腕に、4本目は肩に。どれも威力が高いものではなく、ただ触れて絡みつくだけだった。それでも数が増えるたびに、ミオの動きが少しずつ鈍っていく。
「あれ……なんか、からだがうごかな……?」
声にわずかな焦りが混じり始めた。柵の外で、エルダーの茶化す声も止んでいた。
「おい、あれ本当にただの弱い魔法か?」
「1本1本は大したことなさそうですけど……」
ルリが眉を顰める。ソラは柵を強く握った。
「ちょっと、これマジで洒落になんない……」
声は笑っていたが、目は笑っていなかった。ミオは腕に力を込めて糸を引きちぎろうとしたが、絡みついた本数が多すぎて、逆に体勢を崩しかけた。
「くっ……なら、こっちも!」
両手を掲げ、風を纏わせる。小さな竜巻がミオの周囲に生まれ、絡みついた糸ごと吹き飛ばそうとした。何本かはちぎれて宙を舞ったが、すぐにゴーエンが新しい糸を放ち、その分を補ってしまう。
「きりがない……」
ミオの呼吸が荒くなり始めた。糸自体に痛みはない。締め付けもきつくはない。ただ、動くたびにわずかな抵抗が増えていき、気づけば体全体が重くなっている。まるで薄い蜘蛛の巣に絡め取られていくような感覚だった。
視界の端で、糸の反射する光がちらちらと揺れる。数えるのも馬鹿らしくなるほどの本数が、いつの間にか両腕と両足、腰元にまで這うように絡みついていた。
「なぁ、あれ、放っておいたらどうなっちまうんだ…」
エルダーが柵から身を乗り出す。
「分かりません……でも、あの量だと、そのうち――」
ルリが言葉を濁した。想像しただけでもあまりいい未来が見えなかったからだ。
少し離れた場所で試合の順番を待っていたリゼアも、いつの間にか柵際に来て舞台を見上げていた。感想らしい感想は口にせず、ただ静かに目を細めている。
「こんな嫌らしい闘い方、見た目に合わなすぎるでしょ……」
柵の外の観客も、いつの間にか笑い声を止めていた。最初は弱い魔法を茶化していた空気が、少しずつ張り詰めたものに変わっていく。誰も彼も、糸の数がただ事ではない域に達しつつあることに気づき始めていた。
ミオが悪態をつきながら、再び糸を振り払おうと身を捩る。だが、絡みつく糸は増える一方だった。1本1本は取るに足らない魔法。それが積み重なった時、どれほどの重さになるのか。舞台の上でそれを1番実感しているのは、他でもないミオ自身だった。
ゴーエンは表情を変えず、次の糸を出し続けていた。指先の光は変わらず弱々しいままで、それがかえって不気味だった。
「……このままだと、まずいな」
柵の外で、ソラが小さく呟いた。ミオの動きは目に見えて重くなっている。膝が地面に着きかけては、辛うじて堪える。それを何度か繰り返していた。
「くそぉーーっ…!」
ミオが歯を食いしばる。1回戦で使った技――ちゃちゃ丸との特訓の成果を思い出していた。
両手を大きく振りかぶり、風をありったけ体の前に集めた。
「――――っ!!」
叫び声とともに、渦を巻いた突風が全方位へ弾け飛んだ。絡みついていた糸が一斉に千切れ、宙を舞う。
ミオは糸が消えた瞬間を逃さず地を蹴った。
だが、詰め切る前にーー
ゴーエンの両手が素早く動き、新しい糸が次々と放たれる。足元に絡んだかと思うと、勢いのまま引き倒されるように体勢を崩した。
「うそ、はやっ……!」
膝をついたミオの周りに、あっという間にまた糸が集まってくる。柵の外から、エルダーが悔しそうな声を上げた。
「くそ、いけたと思ったのに!」
ソラは黙って舞台を見つめていた。何度目かの詠唱を目で追ううちに、あることに気づいた。
「……あれ、規則性がある」
「え?」
「一定の本数を放つと、一瞬だけ手が止まる。多分次の分を練り直してるんだ」
言われてみれば、ゴーエンの動きにはわずかな癖があった。数本続けて放った後、必ず一瞬だけ両手が止まる。その間は糸が飛んできていなかった。
「ミオ! まとめて放った後に一瞬だけ止まる!そこを狙え!」
ソラが声を張り上げた。ミオがハッと顔を上げる。
「一瞬……?そんなの言われたって…!」
「数えろ!こっちで合図を出す!」
ルリも柵に身を乗り出し、ゴーエンの手の動きを必死に目で追っていた。
ミオは荒い息を整えながら、もう1度魔法を練り始めた。今度はすぐに放たない。じっと、ゴーエンの手元を見ていた。
1本、2本、3本。糸が続けざまに飛んでくる。4本目が放たれた直後──
「今だ!」
ソラの声が響いた瞬間、ゴーエンの手がぴたりと止まった。ミオはその隙を逃さず、渾身の風をまとって地を蹴った。
絡みついていた糸を吹き飛ばしながら、一直線に距離を詰める。ゴーエンが慌てて手を動かそうとするが、魔法を練り直す動作は止められなかった。
「ここまで来たら、意地でも当てるから!」
体当たりに近い勢いで肩からぶつかった。ゴーエンの巨躯がぐらりと傾き、そのまま柵際まで押し出される。踏みとどまろうとした足が、境界線をわずかに踏み越えた。
「場外! 勝者、ミオ選手!」
審判の声が響いた瞬間、柵の外から歓声が上がった。
「や、やった……勝った……?」
ミオはその場にへたり込んだ。
「おいおい、まさか本当に力業で持っていくとはな」
エルダーが呆れ半分、感心半分の声を上げる。ルリも安堵の息を吐いた。
舞台の上のゴーエンはしばらく無言だったが、やがて小さく息を吐いて立ち上がった。ミオに向かって、短く一礼する。それだけだった。
柵際でその様子を眺めていたリゼアは、何も言わずに視線を対戦表の方へ戻した。次の自分の出番までは、まだ少し時間がありそうだった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
今回はミオとゴーエンの試合のお話でした!
意外と綿密な魔法を使うゴーエンに対して、まさかのミオが力技で勝つという「逆ゥー!」ってなる展開でした!ミオらしさが出て好きなお話です!
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未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/
次回投稿は8月26日(水)6時を予定しております。
何卒よろしくお願いします!




