第32話:魔法科大会開始・ミオvsコウガ
朝の教室に、グエンの低い声が響いた。
「本日の武術科は自習だ」
一拍置いて、教室のあちこちからざわめきが上がる。
「自習って、休みってことか?」
誰かが呟くと、グエンが軽く睨みを利かせた。
「休みとは言っとらん。自主鍛錬に決まっとるだろ」
その一言で、教室のざわめきが少ししぼむ。
「今日から魔法科の大会が始まるもんでな。見学したい者は行ってもええぞ。ただし、鍛錬をさぼる言い訳にするなら承知せんぞ」
グエンの視線がぐるりと教室を一周する。何人かが目を逸らした。
「見に行ってもいいんですか」
1番前の席から、ルリがおずおずと手を挙げた。
「構わん。ただし戻ってきてから素振り100は変わらんだに」
「え、行っても素振りやるんですか」
「当たり前だ」
教室のあちこちからため息と小さな笑いが漏れる。窓際の席で頬杖をついていたローライトが、興味なさそうに視線を窓の外へ逸らし、小さく鼻を鳴らしていた。
だが、授業が終わる頃には真っ先に教室を出ていったのをソラは見逃さなかった。
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「行くよな?当然」
廊下に出るなり、エルダーが伸びをしながら言った。
「ミオとリゼアの試合、見ないわけにいかないしな」
「ぼ、僕も行きます……なんとなく、気になるので」
ルリが小さく頷く。
「素振り100、忘れんなよ」
「わ、忘れません……たぶん」
「たぶんって、忘れてたらゲンコツグリグリが待ってるかもよ」
「ひえぇ……」
3人は笑いながら、魔法科の大会会場へと足を向けた。
会場に足を踏み入れた瞬間、ソラは思わず足を止めた。
武術科の訓練場とは別に用意された、魔法科専用の会場だった。円形に区切られた舞台の上に、淡く光る半透明のドームが張られている。天井近くまで届く大きさで、うっすらと青白い光が表面を這っている。
「すごいな……なんだこれ」
「魔法の結界だよ。流れ弾で観客が焼けたりしないようにって」
眼鏡をかけた通りすがりの魔法科の生徒が、聞かれてもいないのに答えて、そのまま足早に去っていった。
「え……誰?」
「さあ」
柵際に陣取ったエルダーが首を傾げる。3人の後ろで、ソラは肩を軽く回した。まだ鈍い痛みが残っている。
「あれ、リゼアの試合っていつだっけ」
「知らねぇけど、最初はミオだったはず」
柵に貼られた対戦表を指差しながら、エルダーが言う。
「ほら」
人だかりの隙間から、見慣れた黒髪が跳ねながら近づいてくるのが見えた。
「みんな来てくれたの!?」
「応援くらいはね」
「じゃあ絶対勝つとこ見せるから!」
ミオは拳を握って宣言すると、選手たちが集まる場所へ走っていった。その背中をソラたちのすぐそばで誰かが目で追っていた。
見覚えのない魔法科の生徒だった。柵にもたれ、表情を変えないまま舞台を見ている。ソラが視線を向けると、その生徒はこちらを一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を戻した。何を考えているのか、読み取れない表情だった。
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審判役の教師が舞台中央に立つ。
「第1試合、ミオ選手対コウガ選手!」
対戦相手は線の細い男子生徒だった。柵の外から「あいつ、入学試験で魔法適性3位だったらしいぞ」という声が漏れる。
「ミオのやつ、大丈夫かよ」
「信じよう」
結界の中、ミオが構えを取る。両手を前へ出し、背筋を張った姿勢。詠唱の言葉を小さくこぼす。
先に仕掛けたのはコウガだった。
───パーティクルエミッション・スピカ!
素早く詠唱した後、水の刃が幾つも飛ぶ。ミオはとっさに風の壁を張って防いだが、勢いに押されて足が滑った。
「うわっ、危な……!」
水刃は間を置かず飛来を続ける。防戦一方に見えたミオだったが、体を低く沈めながら詠唱をひとつひとつ確実に唱えていった。風が足元で渦を巻き始める。
コウガの表情が僅かに強張った。
──散れ〜っ!
叫びと同時に放たれた突風が、水刃ごとコウガの体を巻き上げる。バランスを崩したコウガが片膝をつき、体勢を立て直そうとした瞬間、ミオが地を蹴った。距離を詰め、両手をコウガの胸に押し当てる。
「ちょっ!! おまっ!!」
距離を詰めたミオの胸が、コウガの胸元にぶつかった。
コウガの顔が一気に赤くなる。
「な、なにして――」
詠唱が途切れた。
「まだまだー!!」
叩き込まれた風の塊が、コウガの体を結界のふちまで押し飛ばした。足が線を越える。
『えっ』
ソラ・エルダー・ルリが声を揃えた。
「決着! 場外、ミオ選手の勝利!」
柵の外がどっと沸いた。
「よっしゃあああ!」
ミオが両手を突き上げて跳ねる。息は上がっているが、笑顔に陰りはなかった。
柵際にいたあの生徒が、それを見てわずかに目を細めた。声は最後まで発さなかった。
「どんなもんじゃい!どんなもんじゃーーーい!!」
控えから駆け戻ってきたミオが、柵に張り付くようにしてソラたちに叫んだ。
「いやいやいや、確かにすごかったけど、あんな勝ち方アリか?」
「えーねんえーねん!勝てばそれでよかろうもん!」
「そうか……そうだな……」
それでいいのだと、なんとか心の声を押し殺し飲み込んだ。
隣にいるルリに至っては耳が真っ赤になり、顔から湯気が出ている。
「それで」
「風魔法?いつの間にあんなに使えるようになったんだよ」
ソラが尋ねると、ミオは得意げに胸を張った。
「特訓してたの、こっそり!」
「聞いてないぞ、それ」
「夜な夜なちゃちゃ丸と秘密の特訓してた!」
ルリが小さく笑い、エルダーが盛大に噴き出した。
「猫と特訓てどんなだよ」
「ふん!言ったってエルダーにはわかんないよ〜だ」
「おい、扱いひでぇな!」
笑い声の輪の向こうで、審判が次の対戦カードを読み上げ始めていた。ミオが柵から離れ、控えへと戻っていく足取りは、まだどこか浮ついていた。
ソラは柵に貼られた対戦表に目をやった。ミオの名前の隣、勝ち上がりの枠はまだ空欄のままだった。少し目をずらすと、今日の後半に組まれた別の試合の欄に、リゼアの名前があった。
まだ何試合も先の話だ。それでも、ソラは何となくその欄から目を離せずにいた。




