第31話:エルダーの奢り
猫カフェにゃごすちんの店内は、いつもより騒がしかった。
夕方の店じまい前、ネロが「まあ、貸切みたいなもんだから好きにしなさい」と笑って奥に引っ込んだ。
テーブルを囲んだのは5人。ソラ、リゼア、エルダー、ミオ、それに気後れした様子のルリだった。
「あ、えっと」
ミオが椅子に座ったまま、エルダーとルリを交互に見た。
「初めましてだよね? 私、ミオ!魔法科の1年!」
「おう、エルダーだ。武術科」
「ぼ、僕はルリです……その、武術科の、1年で」
「知ってる知ってる!ソラたちからよく話聞いてるよ〜」
ミオがにこにこしながら言うと、ルリが少し驚いた顔をした。
「話に出てるんですか…?僕」
「うん、稽古頑張ってるって」
「そ、そうですか……」
ルリは俯きがちに呟いたが、口元はわずかに緩んでいた。
「よろしくな、ルリ」
エルダーが軽く肩を叩くと、ルリは小さく体を跳ねさせてから、こくりと頷いた。
自己紹介が済むと、テーブルの上には次々と皿が並んでいった。エルダーが渋々出した金で頼んだ料理だ。
「美味しっ!これ美味しいっ!!!」
ミオが串焼きを頬張りながら声を上げる。
「いやお前んちの店の料理だろ」
「自分ちのご飯が一番美味いに決まってるでしょ!」
「なんだそりゃ」
エルダーが呆れた顔をしながらも、自分も皿に手を伸ばす。最初は財布の中身を気にしている様子だったが、今はもう食べる方に夢中だった。
ソラは肩を回しながら、その様子を眺めていた。まだ鈍い痛みが残っている。
「痛むの?」
隣に座ったリゼアが、皿から顔を上げずに聞いた。
「ちょっとな」
「明日、私の試合見に来られる?」
「行くよ。這ってでも」
「大袈裟」
そう言いながら、リゼアはソラの前に自分の皿から取り分けた分を置いた。何も言わずに。ソラも何も言わずにそれを食べた。
「あ、あの……」
向かいに座っていたルリが、遠慮がちに手を挙げた。
「ぼ、僕、今日の決勝……すごかったと思います」
「お、聞いたかソラ!すごかったってよ!」
「エルのことじゃないだろ、多分」
「え!?」
ルリが慌てて両手を振る。
「ど、どっちもです!どっちもすごかったです!」
「ほら見ろ」
「今の絶対フォローだろ」
ソラが言うと、ルリが真っ赤になって俯いた。エルダーが豪快に笑い、ミオがその背中を叩く。
「ルリくんも1回戦すごかったよね!あの一瞬のやつ!」
「……あれは、その…」
ルリの声が小さくなっていく。あの時の自分のことを、本人があまり覚えていないのか、それとも思い出したくないのか。ソラには判断がつかなかった。
ただ、1つだけ確かなことがある。あの一瞬のルリは、間違いなく強かった。
「なあルリ」
「は、はい」
「今度、稽古に付き合ってくれないか」
ルリが目を丸くした。
「ぼ、僕がですか!?」
「ああ」
「無理ですよ、僕なんて全然……」
「そんなことないって」
ソラは真っ直ぐにルリを見た。ルリは口を開きかけて、閉じて、それから小さく頷いた。
「頑張ります……」
「よし決まりだな!じゃあ俺も入れろよ!」
「エルは手加減しろよ」
「前向きに検討を加速させていく」
「しないやつの言い方だな、それ」
テーブルの下で、ちゃちゃ丸がソラの足に体をこすりつけてきた。屈んで撫でてやると、喉を鳴らして目を細める。
「あ!ちゃちゃ丸ずるい!私にも懐いてよ!」
ミオが手を伸ばすと、ちゃちゃ丸はすっと椅子の下へ逃げていった。
「なんでよー!」
「日頃の行いだろ」
「エルダーに言われたくない!」
笑い声が店内に響く。窓の外はもう暗くなり始めていた。明日は魔法科の大会が始まる。
ソラはもう一度肩を回した。痛みはまだ引かない。
ただ、それもなんだかいい気がした。




