第17話・学院試験ー術技ー
試験会場までの廊下は長かった。
武術科の扉に向かう受験生の列に、ローライトの姿もあった。ソラの少し前を歩いている。気づいているのだろうか、振り返りもしなかった。ソラも別段声はかけなかった。
通路に足音だけが響いた。
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武術科の試験会場は中庭に面した広い練習場だった。
係の人間が前に立ち、試験の形式を説明した。
「今から一人ずつ、試験官との手合わせを行ってもらう。各自持ち時間は一分。攻めても守ってもどちらでも構わない。逃げ続けるだけでも採点はする」
その瞬間、受験生の間にざわめきが広がった。
「逃げ続けるってそんなやついるのかよ」
「手合わせって、直接やるの?」
「試験官ってあの人か……めちゃくちゃ強そうじゃね…?」
「一分って短いようで長いな……」
手合わせか。
ソラは配布された木剣を受け取りながら、手のひらの汗をぬぐった。一対一の手合わせなら動き方はわかる。2ヶ月の間、アスカとの稽古でさんざんやってきたからだ。ただ、アスカは容赦なかった。試験官がどの程度かはわからないが、あれに比べれば…
楽観するには早かったが、全くやれないだろうとは思わなかった。
名前が呼ばれるまで、ソラは構えの手順を頭の中で繰り返した。剣を上げる。剣先を前へ。切っ先を相手の目線に合わせる。
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最初に呼ばれた受験生は、細身の少年だった。
前に出た瞬間から足が固まっていた。構えたはいいが、そのまま動けない。試験官がじりじりと間合いを詰めると、後退して、また間合いを詰められると後退して、そのまま場外に出てしまった。
「…………」
静まり返った練習場に、係の人間の「終了」という声が響いた。
少年はうなだれて列に戻ってきた。周りの誰も何も言わなかった。
二人目は女子の受験生だった。こちらは攻めの姿勢で踏み込んでいった。
「うおーー!」
しかし、試験官に軽く受け流されて体勢を崩した。立て直してもう一度踏み込んだが、また流された。それを三回繰り返したところで終了になった。少女もまたうなだれている。
「惜しかったね」
「でも攻めてたのはよかったんじゃない」
列の中からぽつぽつと声が出た。女子受験生は息を切らしながら戻ってきて、「ありがとう」と短く言った。
三人目は体格のいい少年だった。構えをしっかりととった。見た感じだとアスカの型に似ているような気もする。踏み込みも速い。試験官と五回ほど打ち合って、最後は押し込まれたが、それまでの二人とは明らかに違った。
「あいつ強くない?」
「道場出身かな」
そんな声が聞こえた。
四人目、五人目と続いた。強い受験生もいれば、最初の少年と同じように固まってしまう受験生もいた。それぞれだった。
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「ローライト、ツヅキ・ローライト」
係の人間が名前を読み上げた瞬間、列の中にざわめきが走った。
「……ツヅキ?」
「苗字もちじゃないか」
「ツヅキって、あのツヅキ家か?」
ソラは隣の受験生に尋ねた。
「どういうことだ?」
「え、知らないの?苗字もちって相当だよ。名家の証みたいなもんで、苗字があるだけで特別なんだよ」
「……そうなのか」
そういうものか、とソラは思った。特に思うことはなかった。
ローライトは列を抜けて試験場の中央へ歩いた。ため息をついてから、試験官と向かい合う。
構えた。
低い。ソラが見てきた構えとは全然違った。アスカが使っていた「剛」とは違い、重心を落として剣をやや斜めに引く。体全体が弦を引き絞ったような形になっている。
試験官が動いた瞬間、ローライトの体が消えた。
ソラは目で追えなかった。気づいた時にはもうローライトは試験官の側面に出ていた。剣が一閃、試験官の首元で止まった。
一秒もかかっていなかった。
周囲がざわっとした。
「え、今何が……」
「速すぎて見えなかった」
「これが名家か……」
ローライトは構えを解いて軽く礼をしたあと、何事もなかったように列に戻った。目が合った。口の端が少し上がったように見えた。
……速い。
ソラは正直に思った。それと同時に、体に滾る何かを覚えた。
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「では次、ソラ」
名前が呼ばれた。
ソラは前に出た。試験官と向かい合う。年配の男だった。体格はそれほど大きくないが、重心がぶれていない。
「準備ができたら始めていい」
ソラは木剣を持ち直した。
剣を上げ、剣先を前へ。切っ先を相手の目線に合わせる。
アスカの声が頭の中で鳴った。軸を保ち、腕じゃなく体全体で動け、感情を乗せろ。
試験官がわずかに腰を落とした。
ーーきた。
試験官が踏み込んできた。横から剣が来るのをソラは軸を保ったまま受けた。
ーーキンッ
相手の剣を弾いた。その瞬間、ソラはそのまま踏み込んで縦に振り下ろした。試験官が一歩引いて受け流した。重さが腕に返ってくる。
次の打ちが来た。今度は速かった。受けようとしたが一手遅れた。
「速い…!!」
対処に間に合わずそのまま押し込まれ、体勢が崩れた。立て直そうとしたところに三手目が来て、後退した。
「以上だ」
ソラは構えを解いた。息が上がっていた。
試験官が軽くうなずいた。
「いい動きだった。次」
そう言うと試験官は次の受験生を呼んだ。ソラは「ありがとうございます」と言って列に戻った。
「お疲れ。どうだった?」
隣に並んでいた受験生が小声で聞いてきた。
「……なんとか見せたいところはアピールできたかな」
「そうかー、俺もドキドキしてて不安だよ…あの試験官、けっこう強くない?」
「強い」
「やっぱそうか……」
その受験生が次に呼ばれて、青い顔で前に出ていった。
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試験が終わった受験生から順に、待機場所に移動するよう指示された。
ベンチに腰を下ろしたソラは、中庭に面した窓から外を見た。
そこは魔法科の試験場のようで、試験場となっている広場の先には的が並んでいた。受験生が一人ずつ前に出て、魔法を放つ形式らしい。
ちょうど、銀色の髪の受験生が前に立つのが見えた。
光が走った。
的が、というよりは的付近がまとめて爆発して吹き飛んだように見えた。
窓越しに、魔法科の受験生たちが振り返るのが見えた。
「今の……何だ?」
「複合魔法じゃないか?一人でやったのか?」
「なんかすごい爆発しなかった?」
ソラは視線を外した。
……まあ、そうだろうな。
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試験が全て終わったのは昼を少し過ぎた頃だった。
正門前に出ると、リゼアがすでにいた。柱に背を預けて暇そうに空を眺めていた。ソラが近づくと、こちらを見た。
「遅い」
「武術は順番があるから」
「魔法科にもあったわよ」
しばらくして、ミオが走ってきた。
「どうだった!?二人とも!?」
「まあ、なんとか」
「なんとかって何よ!もっと詳しく!」
「一本食らっちゃう感じにはなったけど、見せたかったところはアピールできたし悪くはないんじゃないかな」
「良かったー!期待できるね!筆記は!?」
「わからん」
「ダメじゃん!!」
ミオがリゼアに向き直った。
「リゼアは!?」
「……普通よ」
「絶対普通じゃなかったでしょ!授業中に外からすんごい爆音聞こえてみんな騒然となったんだから!びっくりして見たらリゼアだったし!」
リゼアは答えなかった。ただ少しだけ視線を逸らした。
結果発表は三日後だと、試験会場の出口に張り紙がしてあった。
三日か。
ソラは校舎を見た。入れるといいな、とだけ思いながら試験会場を後にした。




