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星脈と位相の狭間で  作者:
旅立ち編
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16/18

第15話・試験前日


 気が付けば試験まであと二週間と迫っていた。


 その二週間は、それまでの一ヶ月よりも密度が高かった。朝の走り込み、訓練場での稽古、夜のにゃごすちんでの筆記の詰め込み。体が先に音を上げそうになったが、頭もそれほど余裕があるわけではなかった。筆記試験対策を寝ぼけたまま繰り返していたら、いつの間にか朝になっていた日もあった。


 そして、あっという間に試験前日になっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 前日の朝、ソラはいつもより少し早く目が覚めた。

眠い目をこすりながら一階におりると、ふわりと紅茶の香りが漂った。ネロが紅茶を入れていた。

 朝食を食べながら、ソラは頭の中を整理しようとした。


 まあ、何とかなるだろう。一ヶ月以上、それなりにやってきた。ミオにも付き合ってもらった。多少は戦えるはずだ。難しい顔をしていると、ネロが話しかけてきた。


「どうだい?試験勉強、捗ってるかい?」


「えぇ、ミオに教わってることもあってなんとか」


「そうかい、良かった。今更言うのもなんだけどあまり根を詰めすぎないようにね」


「はい、ありがとうございます」

落ち着いて返事したつもりだが、正直なところ筆記に関しては大丈夫という確信は持てずにいた。

 ……エーテルの計算式に魔法の応用問題に…まだまだ怪しいな。


 パンを一口食べた。味がしなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 稽古場でいつも通りに稽古をしていると、アスカが声をかけてきた。


「まだ腕が浮いている」


 ソラは腕を下げた。


「重心が右に寄っている」


 ソラは足を開いた。


 今日が試験前日だということを、アスカは気にしている様子がなかった。いつもと同じ声で、いつもと同じ速度で、欠点を指摘してくる。それはそれで少し安心した。


 しばらく振り続けていると、アスカが手を上げた。


「止まれ」


 ソラは動きを止めた。


「よく見ていろ」


「まず、構えたら剣を頭上へ高く掲げる」

 言われた通り、剣が天井に向かって伸びた。


「次に、剣先を真っ直ぐ前へ向ける」

 上段に構えながらも、剣先だけは相手を見据えたまま動かさない。


「最後に、切っ先の高さを相手の目線に合わせる」

 攻めの圧が正面に立ったソラにまで伝わってきた。


「これが剛の基本構えだ。お前にはまだ早いが、形だけ覚えておけ」


「はい…!」

圧倒されながらも、初めてしっかりと教えられた剛の型に興奮を隠しきれなかった。


「やってみろ」


 ソラは真似た。剣を上げた。剣先を前へ。


「違う。剣先が下がっている」


 上げた。


「今度は肘が開いている」


 閉じた。


「……まあ、そんなものか」


 褒めてはいないが、アスカにしては珍しく棘のない言葉だった。


 帰り際、アスカが振り返りもせずに言った。


「明日、受けてくるんだろう」


「そうです」


「そうか、そうだな…まぁなんだ、頑張ってこい」


アスカが初めてデレた…!!

ソラは嬉しくなり、渾身の気持ちを込めて返事をした。

「はいっ!!!!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜、にゃごすちんの奥のテーブルにミオとソラとリゼアは集合した。


 今日は珍しくミオが真剣な顔をしていた。問題を読み上げるたびに腕を組み、ソラの答えを聞いてから採点帳を確認する。いつもの軽い調子がない。


「じゃあ次。農耕を主な産業としていて、農耕都市とも言われる都市はどこ?」


「ガイラ」


「正解!じゃあ交易都市は?」


「アポリスだっけ」


「正解〜!じゃあ、ここアレシスと一番交易関係が深い都市は?」


「……あー」

ソラは少し考えた


「アポリスかな…?近いし」


「ぶー!正解はアテナ!アレシスは武の都市で、アテナは知の都市で、技術とか物資とかの共有がよくあるから繋がりが深いの!」


「例えば?」


「んー、魔法の研究とかなら、アテナで開発されたりお披露目されたりしたりして、それがアレシスに伝わって普及して〜みたいなことが結構あるよ!」


「なるほど…」


「まだまだいくよ!ちゃんと覚えてね!」


それからいくつか問題が続いた。

ソラが答えられるものと、分からないものが半々くらいだった。


 何度目かの問題でまた詰まった。エーテル量の計算だ。前日になっても相変わらずわからず、式の途中で手が止まった。


 沈黙が少し続いた。


「……六十四」


 横からリゼアの声がした。テーブルの端で自分の本を読んでいたはずのリゼアが、視線を上げずに問題の答えを言った。


「リゼアすごーい!正解!」とミオが採点帳を見ながら言った。


 ソラはリゼアを見た。リゼアはもう本に目を戻していた。その顔は少し勝ち誇った笑みを浮かべているようにも見えた。


 その時、厨房の方から足音がして、ネロが顔を出した。お盆の上に温かそうな飲み物と、小皿に乗った焼き菓子が三人分並んでいた。


「夜遅くまでお疲れ様です。試験前ですし、甘いものでもどうぞ」


 湯気が立っていた。甘い香り、蜂蜜のような匂いがした。


「ありがとう!」とミオがすぐに手を伸ばした。


「おや?ミオ、貴女もテスト受けますか?あの時の地獄の日々を思い出して…」

そういうネロの目元こそ笑っているが表情はそうではなかった。


「あっ、いや結構でーす…」

ミオは伸ばした手を引っ込めてそろそろとフェードアウトしていく。



 そんなやり取りをよそにリゼアは本を置いて、静かに湯呑みを持った。


 ソラは菓子を一口食べた。ほろっと崩れた。甘かった。


「……ちゃんとやれるかな」

心の声を思わず小さく呟いた。


「やれるよ」とミオが即答した。「ソラはちゃんとやってきたもん」


 そう思いたい。でも、どうだろうか…


 ソラは思考を振り切るようにもう一口、菓子を食べた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあねー!またあした!おやすみ〜」


「おやすみなさい」「おやすみ」


日付が変わる前には三人は勉強を切り上げて、各々の部屋へ戻っていった。


部屋に戻ると、そのまま吸い込まれるように布団に入って目を閉じた。


 眠れるかと思ったが、眠れなかった。


 先日のローライトの声が頭の中で再生された。


 ──面白いよね。そんな奴が受かるわけもないのにさ。


 ──下賎な村の人間が恥も知らずに。


 ソラは目を閉じたまま、昼間の構えを思い返した。剣を上げる。剣先を前へ。

そしてーーーーー


 

ソラは気を取り直し、布団の中で手を軽く握った。



 ふと気づいた時には、朝になっていた。



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