第15話・試験前日
気が付けば試験まであと二週間と迫っていた。
その二週間は、それまでの一ヶ月よりも密度が高かった。朝の走り込み、訓練場での稽古、夜のにゃごすちんでの筆記の詰め込み。体が先に音を上げそうになったが、頭もそれほど余裕があるわけではなかった。筆記試験対策を寝ぼけたまま繰り返していたら、いつの間にか朝になっていた日もあった。
そして、あっという間に試験前日になっていた。
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前日の朝、ソラはいつもより少し早く目が覚めた。
眠い目をこすりながら一階におりると、ふわりと紅茶の香りが漂った。ネロが紅茶を入れていた。
朝食を食べながら、ソラは頭の中を整理しようとした。
まあ、何とかなるだろう。一ヶ月以上、それなりにやってきた。ミオにも付き合ってもらった。多少は戦えるはずだ。難しい顔をしていると、ネロが話しかけてきた。
「どうだい?試験勉強、捗ってるかい?」
「えぇ、ミオに教わってることもあってなんとか」
「そうかい、良かった。今更言うのもなんだけどあまり根を詰めすぎないようにね」
「はい、ありがとうございます」
落ち着いて返事したつもりだが、正直なところ筆記に関しては大丈夫という確信は持てずにいた。
……エーテルの計算式に魔法の応用問題に…まだまだ怪しいな。
パンを一口食べた。味がしなかった。
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稽古場でいつも通りに稽古をしていると、アスカが声をかけてきた。
「まだ腕が浮いている」
ソラは腕を下げた。
「重心が右に寄っている」
ソラは足を開いた。
今日が試験前日だということを、アスカは気にしている様子がなかった。いつもと同じ声で、いつもと同じ速度で、欠点を指摘してくる。それはそれで少し安心した。
しばらく振り続けていると、アスカが手を上げた。
「止まれ」
ソラは動きを止めた。
「よく見ていろ」
「まず、構えたら剣を頭上へ高く掲げる」
言われた通り、剣が天井に向かって伸びた。
「次に、剣先を真っ直ぐ前へ向ける」
上段に構えながらも、剣先だけは相手を見据えたまま動かさない。
「最後に、切っ先の高さを相手の目線に合わせる」
攻めの圧が正面に立ったソラにまで伝わってきた。
「これが剛の基本構えだ。お前にはまだ早いが、形だけ覚えておけ」
「はい…!」
圧倒されながらも、初めてしっかりと教えられた剛の型に興奮を隠しきれなかった。
「やってみろ」
ソラは真似た。剣を上げた。剣先を前へ。
「違う。剣先が下がっている」
上げた。
「今度は肘が開いている」
閉じた。
「……まあ、そんなものか」
褒めてはいないが、アスカにしては珍しく棘のない言葉だった。
帰り際、アスカが振り返りもせずに言った。
「明日、受けてくるんだろう」
「そうです」
「そうか、そうだな…まぁなんだ、頑張ってこい」
アスカが初めてデレた…!!
ソラは嬉しくなり、渾身の気持ちを込めて返事をした。
「はいっ!!!!!!」
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夜、にゃごすちんの奥のテーブルにミオとソラとリゼアは集合した。
今日は珍しくミオが真剣な顔をしていた。問題を読み上げるたびに腕を組み、ソラの答えを聞いてから採点帳を確認する。いつもの軽い調子がない。
「じゃあ次。農耕を主な産業としていて、農耕都市とも言われる都市はどこ?」
「ガイラ」
「正解!じゃあ交易都市は?」
「アポリスだっけ」
「正解〜!じゃあ、ここアレシスと一番交易関係が深い都市は?」
「……あー」
ソラは少し考えた
「アポリスかな…?近いし」
「ぶー!正解はアテナ!アレシスは武の都市で、アテナは知の都市で、技術とか物資とかの共有がよくあるから繋がりが深いの!」
「例えば?」
「んー、魔法の研究とかなら、アテナで開発されたりお披露目されたりしたりして、それがアレシスに伝わって普及して〜みたいなことが結構あるよ!」
「なるほど…」
「まだまだいくよ!ちゃんと覚えてね!」
それからいくつか問題が続いた。
ソラが答えられるものと、分からないものが半々くらいだった。
何度目かの問題でまた詰まった。エーテル量の計算だ。前日になっても相変わらずわからず、式の途中で手が止まった。
沈黙が少し続いた。
「……六十四」
横からリゼアの声がした。テーブルの端で自分の本を読んでいたはずのリゼアが、視線を上げずに問題の答えを言った。
「リゼアすごーい!正解!」とミオが採点帳を見ながら言った。
ソラはリゼアを見た。リゼアはもう本に目を戻していた。その顔は少し勝ち誇った笑みを浮かべているようにも見えた。
その時、厨房の方から足音がして、ネロが顔を出した。お盆の上に温かそうな飲み物と、小皿に乗った焼き菓子が三人分並んでいた。
「夜遅くまでお疲れ様です。試験前ですし、甘いものでもどうぞ」
湯気が立っていた。甘い香り、蜂蜜のような匂いがした。
「ありがとう!」とミオがすぐに手を伸ばした。
「おや?ミオ、貴女もテスト受けますか?あの時の地獄の日々を思い出して…」
そういうネロの目元こそ笑っているが表情はそうではなかった。
「あっ、いや結構でーす…」
ミオは伸ばした手を引っ込めてそろそろとフェードアウトしていく。
そんなやり取りをよそにリゼアは本を置いて、静かに湯呑みを持った。
ソラは菓子を一口食べた。ほろっと崩れた。甘かった。
「……ちゃんとやれるかな」
心の声を思わず小さく呟いた。
「やれるよ」とミオが即答した。「ソラはちゃんとやってきたもん」
そう思いたい。でも、どうだろうか…
ソラは思考を振り切るようにもう一口、菓子を食べた。
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「じゃあねー!またあした!おやすみ〜」
「おやすみなさい」「おやすみ」
日付が変わる前には三人は勉強を切り上げて、各々の部屋へ戻っていった。
部屋に戻ると、そのまま吸い込まれるように布団に入って目を閉じた。
眠れるかと思ったが、眠れなかった。
先日のローライトの声が頭の中で再生された。
──面白いよね。そんな奴が受かるわけもないのにさ。
──下賎な村の人間が恥も知らずに。
ソラは目を閉じたまま、昼間の構えを思い返した。剣を上げる。剣先を前へ。
そしてーーーーー
ソラは気を取り直し、布団の中で手を軽く握った。
ふと気づいた時には、朝になっていた。




