第14話・鍛錬と嘲笑
来る日も来る日も、同じ日々を過ごした。
朝から夕方まではにゃごすちんで店の手伝いをし、それから訓練場に行く。木剣を持ち、振る。言われたことを思い返し、意識してまた振る。
それを何度も繰り返した。
確実に何かが変わっているような気はしていた。
最初の頃は見られる度にアスカから何かしら言われていた。腰が高い、重心がずれている、踏み込みが浅い。直せば次の欠点が出てきた。終わりが見えなかった。
しかし、十日が過ぎた頃から間隔が変わってきた。三十回に一回、五十回に一回。やがてアスカが何も言わずに通り過ぎることがある日が出てきた。それがいい事なのかどうかは、正直わからなかった。
ただ、何も言われない時の方が不思議と怖かった。何度言っても直らないという諦めなのかも知れないし、その逆かもしれない。少なくとも、言われている間はまだ直す余地があるということだからだ。
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〜ある夜〜
いつも通りに鍛錬を終え、夕飯を食べて、部屋に戻った。二階の部屋の天井は低く、一階とは違って静かだった。夜は小さなあかりが一つだけついた。
倒れ込むように布団に転がった。体のあちこちがだるく、重かった。腕の疲れが抜けないまま次の朝が来ることにも、もう慣れた。
天井をぼーっと見ていると、何故か育ての親の顔が思い浮かんだ。
出発の朝のこと。今までと同じように母親が朝食を作ってくれて、父親はパンを食べていた。家を出る際には肩を一度だけ叩いてくれた。母親は何も言わず家事をしていたが、下を向いていたのは覚えている。あの時の父の手の重さと、母の表情がなぜか今更になって思い出された。
村の朝は静かだった。鳥が鳴く声と風の音しかなかった。アレシスの夜は村とは真逆で、遠くで誰かが話す声がして道を歩く靴音が続いて、なかなか静かにならない。
眠れないわけではなかったが、天井を見上げた時にふと思い出したのだった。
「また手紙でも送ろう」
そう呟いてから目を閉じるとソラは眠りについた。
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リゼアは毎朝、ソラより早く起きていた。
それに気づいたのはアスカと出会ってから五日か六日ほど経ったあとで、お店の手伝いをしようと一階に降りたら、すでに店の外を走っているリゼアの姿が窓から見えた。ネロに聞いたら「もう一時間は走ってますよ」と言われた。
それ以来、ソラも走るようにした。
訓練場では端の方で体幹を鍛えるための動きをしていることが多かった。アスカに言われた「体がついていない」という言葉が相当堪えたらしい。だが口には出さなかった。
一度だけ、素振りをしているリゼアを見たことがある。
魔法使いが剣を振る理由がわからず、思わず足を止めて見つめてしまった。リゼアはそれに気づいたようで、ソラに言った。
「なによ、なんか文句ある?」
何も言ってないのに唐突に怒られた。
「えっ、いやないよ」
「あんまジロジロみないでよね」
ソラはそのままじっとリゼアの顔を見ていたら、リゼアの白い顔がみるみる真っ赤になっていった。実はかなり恥ずかしかったらしい。
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訓練所に通い始めてから三週間がすぎた頃、ミオが差し入れを持ってくるために顔を出すようになった。
「お疲れ〜!これ飲んで!」
笑顔で差し出された水筒を、ソラは一度止まって眺めた。あの黒い液体のことを、まだ覚えていた。
「……ちゃんとした水か?」
「失礼だなあ!ちゃんとしたお水だよ!」
ソラは一口飲んだ。
「……うぇ…苦い」
「え?」
「え?じゃなくて…苦いよこれ」
「おかしいなあ。ちゃんと水だったはずなんだけど」
水だった「はず」ってなんだ…とソラは思った。
それからも差し入れは続いた。二度目はほんのり甘い謎の液体だった。三度目は色は普通だったが口に含んだ瞬間に舌が痺れた。四度目はリゼアに先に飲ませようとしたら「先に飲んでいいわよ」と即座に返ってきた。
ミオは毎回「おかしいなあ」と首を傾げた。
五度目、ソラは受け取る前に水筒の蓋をそっと開けて匂いを嗅いだ。
「こら〜!ソラ!それは失礼でしょ!」
「前科があるから仕方ないだろ」
匂いはしない。飲んでみたら至ってシンプルな水だった。やっと飲めた。
「お、普通の冷たい水だ。美味しい」
ミオが「よかったあ!」と無邪気に言った。そもそも普通と言われて喜ぶ意味がよくわからなかったが、ソラはもう深くは考えないことにした。
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日が落ちた訓練場にソラは一人で稽古をしていた。
アスカはもう引き上げていた。他の利用者も夕飯の時間が近いのか、ぱらぱらと帰り始めていた。リゼアは先に戻ると言っていた。
静かになった。遠くで誰かが剣を打ち合う音が聞こえたが、すぐに止まった。
ソラは木剣を手に取った。構えた。
ーーザッ。
重心。腰。全身を一本の軸にして、その軸ごと落とす。
アスカに言われた言葉を口の中で繰り返しながら振った。体が覚えてきた部分と、まだ頭で考えながらやっている部分が混ざっている。足が先に動く癖もまだ残っている。「感情を乗せる」と言われた部分に関しては未だよくわからなかった。
もう一度。
ーーザッ。
「何だいそれは?全くなってないね!」
声がした。
ソラは振り返った。
訓練場の端、柵の近くに少年が立っていた。ソラと同じくらいの年頃だ。髪は明るい茶色で、仕立ての良い上着を着ていた。村では見たことのないような生地の質感だった。手に木剣は持っておらず、ただ腕を組んでこちらを眺めていた。
「誰だ」
「通りかかっただけさ」
少年は柵に寄りかかった。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらソラの木剣を指した。
「その構え、独学かい?」
「そうだ」
「あーあ、やっぱり」
「なんで」
「形が汚ったないよねぇ、ちゃんと師匠に習ったことのある人間の構えじゃないもの」
断言だった。小馬鹿にしているような声と表情が気になった。
「学院を受けるんだろう?聞いたよ、村から来た旅人が受験するってさ」
「そうだ」
「村出身の人間が独学で、学院の試験を受ける」
少年は口の端を上げた。笑っているのか、呆れているのか。
「あっはっは!面白いよね!そんな奴が受かるわけもないのにさ!落ちたらどうする気!?」
ソラは少し間を置いた。
「落ちないさ」
「……へえ」
少年はソラをしばらく見た。それから小さく息を吐いた。
「そうだ、さっき誰だって聞いてたね。僕の名前はローライト。ツヅキ・ローライト」
「ソラだ」
「知ってる。有名だからね、下賎な村の人間が恥も知らずに学院を受けようとしてるってさ」
ローライトは柵から体を離した。踵を返しかけて、一度だけ振り返った。
「試験、楽しみにしてるよ。村の人間がどこまでやれるか」
相も変わらず小馬鹿にしたように言うと、ローライトは歩いて行った。
足音が遠ざかっていった。ソラは振り返らずにそれを聞いていた。
しばらく、何も言わなかった。
ーーザッ。
もう一度振った。一撃の重さがいつもより増していたような気がした。
ソラは木剣を持つ手を握りしめた。
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翌日の鍛錬の帰り道、ミオが試験の話をした。
「そういえば、試験まであと二週間くらいだよ?大丈夫そ?」
「いや…」
「筆記の勉強、ちゃんとできてる?エーテルの計算、もう一回やっておいた方がいいと思う」
「わかった、出来るようになるまでやるよ」
「ソラ、お勉強の時の返事だけはいいんだけどなぁ〜」
そう言ったミオの隣でリゼアが目を瞑って二回ほど頷いていたのをソラは見逃さなかった。
──ぐぬぬぬ…
ソラは小さく唇を噛み締めたのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
今回は学院の試験までの繋ぎのお話でした。
相変わらずのミオの謎水、実はそもそもの容器側に問題があったり…?隠れ設定がありますw
次回は6月20日土曜日6:00更新予定です!
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