第13話・試験に向けて
夜、寝る前にあの時のことを何度か思い返した。
アスカが学院生の木剣を弾いた瞬間のことだ。受けて、流して、返す——その一連の動きは鮮やかだった。相手が体勢を立て直す間もなかった。力任せなだけではなく、相手を倒すという結果を得るまでの間に幾つもの技術があるのだと感じた。あれが剛だとしたら、自分が今やっている素振りとは、まだずいぶん遠いところにある気がした。
翌日から、鍛錬の中身が変わった。
素振りは続けた。ただ、アスカが教える内容が具体的になってきた。
「腰の高さが違う。もっと落とせ」
「足の歩幅が違う。それじゃあ突くだけで倒れる」
「重心の移動の仕方が悪い。威力が出ないぞ」
一つ直せば次の課題が出てきて、直してもまた次が出てきた。終わりが見えない気もしたが、アスカもその都度教えてくれて不思議と嫌ではなかった。
ある朝、いつもの素振りを終えたあと、アスカがソラの木剣を黙って取り上げた。
「見ていろ」
一歩引いて、構えた。木剣を頭上に持ち上げ、刃先を上に向ける。息を吸った。
ーーバシッ。
息を吐くのと同時に鋭い一撃が空気を割った。風圧が一瞬遅れてソラの頬を打った。音が違った。横に薙ぐ時とは明らかに違う、圧縮したような音だった。
「剛の型の肝となる振り方は縦斬りだ」
アスカは構えを解かずに続けた。
「横ではなく上から下へ、全体重と感情を乗せて叩き込む。当たった時の威力が最も出る軌道がこれだ」
もう一度、振った。またあの音がした。
「ただし」
木剣を下ろした。
「剛は体ができていない奴が使っても意味がない。腕だけで振っても腰が入っていなくても弾かれる。全身を一本の軸にして、その軸ごと落とす感覚がないと、どれだけ力があっても型にならない」
「全身を軸に…」
「お前は今、上半身、特に腕だけで振ろうとしている。腰から下が遊んでいる状態だ」
ソラは自分の足元を見た。言われてみると確かに、踏ん張っているつもりではあったが地面を掴んでいない感じがしていた。
「それともう一つ、この型は攻撃するだけが能ではない。受けるところも肝心となる」
アスカが構え直した。
「打ってこい」
ソラが何かを言う前に、アスカが言った。
一瞬迷ってからソラは踏み込んだ。
ーーザッ。
「──この速さなら!」素早く横に回り込み、木剣を振るった。しかしアスカはあっさりとそれを受け、刃が合わさったと同時にソラの力が逃げた——と感じた次の瞬間にはアスカの木剣が迫ってきていた。
ーーバシッ。
肩口に当たった。痛みよりも衝撃が先に来て、ソラはよろめいた。
「受け流してから即座に返す。その一連が剛だ」
アスカはソラが体勢を戻すのを待ってから続けた。
「相手の力を利用して、自分の一撃に上乗せする。だから剛は純粋な力勝負じゃない。タイミングが全てだ」
「タイミング、ですか」
「受けた瞬間に返す。一瞬でも遅れれば相手の次の一手がくる。早すぎれば受けが甘くなる」
ソラは肩を押さえながら、今の一連の動きを頭の中で再生した。受けた瞬間に返ってきた。ほとんど時間がなかった。
「それ、今の俺にできますか」
「出来るわけないだろ?」
即答だった。
「だから今は受けることだけをやる。返すのはその後だ」
ソラは木剣を構え直した。
「……もう一回、お願いします」
アスカは何も言わずに構えた。
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その日の鍛錬が終わった頃には、日が傾いていた。
ソラは全身に疲労を抱えながら訓練場を出た。リゼアも隣を歩いていた。体幹の鍛錬に加えて魔法の練習も続けているらしく、いつもより顔に疲れが見えていた。
「体調、大丈夫?」
「平気」
強がっているのか短く返してきたが、足取りは明らかに重かった。ソラはそれ以上は聞かなかった。
市場の近くの大通りを抜けて路地を歩いていると、前方からぱたぱたと駆けてくる音がした。
「あっ、ソラー!リゼアー!」
ミオだった。相変わらず落ち着きなく二人を見つけるなり猛ダッシュで近付いてきた。
「良かった、ちょうどよかった!今日暇?暇だよね?いや!暇に違いない!」
「暇ではないけど…」
「入学試験ってさ、筆記もあるじゃん?色んな街のこととか魔法の基礎知識とか出るからさ、もしかしたら二人とも筆記のテスト勉強してないんじゃないかなって思って」
ソラは言葉に詰まった。
「やばいな……してない」
「やっぱり!うちで教えてあげるよ、ご飯も出すし、ちゃちゃ丸も待ってるよ!」
断る理由がなかった。
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「------------]
l〜CLOSED〜l
L------------」
扉に閉店を知らせる看板が掲げられたにゃごすちんの店内、三人は勉強を始めた。
テーブルの上に紙と羽根ペンが広げられて、ミオが向かいに座った。茶色の猫が一匹、ソラの膝の上に乗ってきた。どかそうとしたら爪を立てられた。
「魔法の基礎で絶対出るのが、系統魔法の種類ね」
ミオが紙に書きながら言った。
「攻撃、防御、探知、強化の四つ。それぞれ何に適しているか、どんな特性があるか。こういうのは丸暗記かな〜」
「ぜっ、全然わかんないな…」
ソラはリゼアを見た。この間のアスカとの手合わせを思い出していた。
「この前リゼアがアスカ先輩に使ってたあれは何になるんだ?」
「この中だと攻撃じゃない?風で相手を攻撃してるのに、探知ではないでしょ」
リゼアは目も合わせず呆れ気味に言った。ソラはいらない事言ったかなと少し気まずくなった。
「あっ、あと魔法の発動原理!詠唱が必要なのかとか、エーテル消費量の計算方法とか。剣術組はそこまで細かくは出ないけど、それくらいは押さえておかないと」
「エーテル…消費量な……」
「ソラ、もしかして魔法の知識ほぼゼロ?」
「……ゼロではないよ」
「ゼロよ」
リゼアが横から言った。膝の上に白い猫をのせて、顎を撫でながら。
「ちょっと酷くない?」
「事実でしょ」
ミオがくすくす笑いながら、教本をめくった。
「じゃあ最初から、ゆっくり解説してくね。焦らなくても試験まで時間あるからがんばろ!」
ソラは羽根ペンを持ち直した。膝の上の猫がごろごろと鳴いた。店内はゆっくりと時間が流れていた。




