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【第1章完結】碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利 ひなぎく
第1章

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第20話 後編《山影の決戦③》


「……ごめんなさい」


小さくなって正座するソニアは、そう謝罪しながら目の前のアンナを見上げる。

アンナは怒ったような表情で、ソニアをじっと見据えていた。


「無事だったから良かったものの……あたし、止めたよね?何で、勝手に参戦しちゃうのよ!」

「だ、だって……」


肩をすくめて俯くソニアをフォローすべく、その隣に正座させられていたユリウスが口を開く。


「ベーゼ、あまり怒らないでやってくれ。実際のところ、ソニア無しじゃあの熊は倒せなかったんだ」


言い訳するユリウスをアンナはギロリと睨みつけ、低く声を発する。


「お言葉ですが……小さな怪我が命取りになることもあるんです。そのくらい、クロイツァー大尉だってわかってますよね?」


その言葉に反論できず、黙りこくるユリウス。


(俺も、以前同じようなことをソニアに言ったな)


そう思い返しながら、気まずそうに頰を掻いた。

そんな3人の様子を肩を震わせながら遠巻きに眺めていたギルベルトは、やれやれとアンナに歩み寄る。


「そのくらいにしといてやんな」

「ベルクマン准尉までっ!?」

「いや、気持ちはわかるんだけどよ……」


そう言いつつ、ちらりと川辺に視線を向けるギルベルト。

その視線の先ではヴェルナーとラルフ、シュテファンの3人が熊の解体作業の準備を進めていた。


「そろそろ、あっちにも手ぇ貸してやりてぇんだわ。アンナは、嬢ちゃんと火の番しててくれっか?」

「……わかりました」


アンナが渋々引き下がると、小さくため息をつきながらユリウスは立ち上がる。

そんな彼にソニアは声をかけた。


「私もお手伝いしますよ?」

「いや……ソニアとベーゼには荷が重いだろう。ここで休んでいろ」

「……わかりました」


少し不満気にそう答えるソニアの頭に、ユリウスはポンッと軽く手を置いてから、ギルベルトと共に川辺へと足早に向かう。

そんな2人を見送るソニアの隣に、アンナもため息をつきつつ座り込んだ。


「全く、大尉も准尉も……クリューガーさん以外、一応全員怪我人なの、わかってるのかなぁ」


そう言いながら、アンナはじっと川辺を見つめる。


(まあ、重傷ってほどの怪我じゃないし、ちゃんと処置はしたんだけど……でも、本音を言えば、もうちょっと大人しくしてて欲しいんだよねぇ)


もう一度アンナが深くため息をつくと、ソニアが申し訳なさそうに口を開く。


「ごめんね、アンナ……」

「もう良いよ。大尉のこと、助けたかったんでしょ?」

「……うん」


そう答えるソニアの背中を、アンナはポンポンと叩いた。


「まあでも、ホントにあんたたちって良い師弟だよね。羨ましいわ」

「そうかしら?」

「そうだよ。さっきも息ピッタリだったじゃん」


ニコッと笑ってそう言うアンナに、ソニアは照れ臭そうに頰を掻く。

そんな彼女を微笑ましく思いつつ、アンナは川辺に向かったユリウスへと目を向けた。


「それにしても、大尉って意外と紳士なんだねぇ……まさか、解体作業であたしたちに気を遣ってくれるなんて思ってなかったもん」

「大尉のこと、ちょっとは見直してくれた?」


ソニアの言葉に、アンナは一瞬目を丸くした後にケラケラと笑う。


「見直した見直した!もう鬼教官なんて言わないって」

「絶対よ?」

「うん、約束する」


アンナの返答に、ソニアは満足気に微笑むのだった。


一方のユリウスたちは、食料確保のために熊の解体作業を進めていた。


「うへぇ……デカい分、皮剥ぐのも一苦労っすよ」


疲れたようにそう言うヴェルナーに、ラルフは苦笑いでツッコミを入れる。


「いや、大変なのはこの後でしょ」

「5人がかりでも、結構時間かかりそうですよね」


そう話すシュテファンたちを余所に、ユリウスとギルベルトは内臓の処理を始める。


「……ユリウス、準備良いな?」

「ああ」


2人は器用にナイフを使い、熊の腹を切り開いていく。

次の瞬間、ユリウスとギルベルトは揃って眉をひそめた。


「なあ……こいつ、妙に胃が膨れてねぇか?」

「同感だ」


2人は顔を見合わせると、真剣な表情でコクリと頷く。

そのまま胃にナイフを入れると、中に詰まっていたものに目を見開いた。


「これは……」


ユリウスはそう呟くと、熊の胃の中に入っていた細長い繊維の束を摘んで取り出す。

じっとその束を観察すると、ポツリと口を開く。


「動物の体毛じゃないな……間違いなく、人毛だ」

「つーことは、この白い破片は人骨と──これは歯か?」


2人の様子がおかしいことに気付いたヴェルナーたち3人は、ユリウスたちの手元を覗き込んで声を上げる。


「なっ……!?た、大尉、これって──」

「ヴェルナー、あまり騒ぐな」


ユリウスはそうヴェルナーの言葉を遮りつつ、チラリとソニアたちの方へと視線を向ける。

ソニアとアンナはこちらの様子には気付いていないようで、ホッと息をついた。

そのまま熊に視線を戻すと、胃の内容物をじっと見つめながら考え込む。


(こいつ、人の味を覚えていたのか……どおりで、異様なまでに俺やソニアに執着していたわけだ。とはいえ──)


そう考えながら、ユリウスは口を開く。


「この辺り一帯は、軍の所有地だ。ここしばらくは、俺たち以外の入山許可は出ていないはずなんだが……」


そう呟くユリウスに、シュテファンが首を傾げる。


「ということは……まさか、勝手に誰かが入り込んでたってことですか?」


その言葉に、ラルフは一瞬表情を硬直させた。

そんな彼の様子に気付かないまま、ユリウスとギルベルトは内容物の確認を進めていく。


「消化具合からして、食われたのは数日から1週間ほど前か」

「だな。どこのどいつかわかるモンでも残ってりゃ……ん?」


ギルベルトはふと、どろどろに溶けた粘液の底から、金属の鈍い光がのぞいているのに気付いた。


(何だ、これ……)


それを指先で摘み上げると、手近にあった布で軽く付着物を拭う。

少しくすんだ金色の小さなバッジ──

ギルベルトは、その形状に見覚えがあった。


「大尉……こいつ、テオリム教会の関係者だ」

「は!?」


驚きの声を上げるユリウスに、ギルベルトはバッジを見せる。


「テオリム教のエンブレム……」


ポツリとそう呟いたユリウスは、瞬時に辺りを警戒し始める。

そんな彼に、ギルベルトは声をかけた。


「とりあえず、大尉は嬢ちゃんのそばにいてやれ。こっちは俺らで進めとく」

「わかった」


そう答えるやいなや、ユリウスはソニアたちの待つ安全地帯へと駆けていく。

ギルベルトは素早く探知魔術を周囲に展開させ、青い顔をしているヴェルナーたちに向き直った。


「状況、説明しなくてもわかったな?」

「う、うっす……」


少し震えた声でそう頷くヴェルナー。

その横でシュテファンは顎に手を当てて考え込む。


「でも、何でこんなところに教会関係者が?」

「さあね……」


冷静にそう答えながらも、ラルフの心臓はバクバクと心拍数を上げ、背中に冷や汗が伝う。


(先週の後処理の時に熊が出たって話は聞いてたけど、1人行方不明になってたなんて聞いてない……!)


ハインツからの説明を思い返しながら、ちらりと熊に視線を向ける。


(そもそも、こんなデカくて獰猛だって話も寝耳に水だし、ましてや人を食ってたなんて──)


そこまで考えると、ラルフはふと俯いてしまう。


(わかってはいたけど……本当に俺は、シュヴァイガー大佐の替えの利く駒でしかないんだなぁ)


ぎゅっと胸が締め付けられつつも、悟られてはならないと素早く顔に仮面を貼り付けて口を開く。


「これからどうするんです?怪我人も多いですし……流石に、今日これからは動けませんよね?」


そう問われたギルベルトは、腕を組んで考え込む。


「どっちにしろ、食料確保は必須だからな。さっさとこいつを解体して、向こうで順番に見張り立てるくらいしか手はねぇだろうよ」

「それじゃあ、早く作業進めてしまいましょう」

「だな」


ギルベルトたち4人は、協力して熊の解体を急ぐのだった。


一方、ソニアたちの元に戻ってきたユリウスは、簡単に状況を説明していた。


「──あのバッジからして、教会関係者が少なくとも1人、この山に入り込んでいたのは確かだ」

「そんな……」


青い顔をするソニアの手を、アンナはギュッと握りしめる。


「大丈夫。皆一緒なんだから」

「アンナ……」


ソニアは不安気な表情を浮かべつつ、アンナの手を握り返すと、ユリウスに向き直った。


「これからどうするんですか?」

「今日は一晩ここで明かすとして……明日からは、急ぎでプレハブ小屋まで戻ろうかとは考えている。教会関係者が潜んでいる可能性がある以上、なるべく早急にここから立ち去りたいからな」


ユリウスの説明に、アンナは腕を組んで考え込む。


「確かにそうですね。怪我人だらけってことを考えると……小屋までは3日くらいですか?」

「でも、そうなると、元々の予定通りに帰還するのは難しいですよね?大丈夫なんでしょうか……」


首を傾げるソニアに、ユリウスは小さくため息をつきつつ口を開く。


「問題大有りだ。発電機が壊されていた以上、小屋の通信設備も使い物にならない。俺たちが予定通りに戻らなければ、本部の方で騒ぎになる可能性もある」

「それなら、何とか2日で小屋まで戻って下山する形が1番良さそうですね」


ソニアの言葉に、ユリウスはコクリと頷く。


「とはいえ、急いで怪我人が増えても本末転倒だ。慎重に、可能な限り最短ルートを通るぞ」

「じゃ、とりあえず地図の確認からですねー」


アンナはそう言うと地図を広げ、ソニアとユリウスも並んでそれを覗き込むのだった。



───────

────

──


その夜。

夕食を終えた7人は、焚き火を囲みながら話し合いに臨んでいた。

ユリウスは地図にマーカーを引きつつ口を開く。


「これでルートは決まったな。後決めるべきは……」

「今夜の見張り担当だな。どうするよ?」


腕を組んでそう言うギルベルト。

アンナが少し遠慮がちに手を挙げる。


「あのぉ……よければ、あたしが引き受けますよ?怪我も無いですし、魔力もまだ全然余裕ありますし」

「アンナが?まあ、別に構わねぇけど……となると、嬢ちゃんがペアの方が良いか?」


ギルベルトに視線を向けられたソニアは一瞬考え込む。


(ちょっと身体が怠い気がするし、休みたかったんだけど……でも、アンナが見張りならそうなるわよね)


そう判断すると、顔を上げてギルベルトに向き直る。


「はい、承知いたしま──」


その時、ソニアの言葉を遮るように、シュテファンが挙手して口を開いた。


「僕がやりますよ」

「えっ?」


ソニアは驚いたようにシュテファンの方へと振り向く。

彼はにっこりと笑ってソニアに声をかけた。


「ソニアさん、怪我もありますし疲れてるんじゃありません?」

「否定はしませんけど、でも──」

「僕はベーゼさんと同じく無傷ですし、体力も魔力も全然残ってますから。明日からまた歩き詰めってことを考えると、休まれた方が良いと思いますよ?」


その言葉にユリウスとギルベルトは顔を見合わせる。


「……シュテファンの言うことも一理あるな」

「一理っつーか、むしろ十理くらいありそうだな。アンナ、シュテファンとペアで良いか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」


アンナがそう答えると、ギルベルトはパンッと軽く手を叩く。


「よし。んじゃ、決まりだな。他の奴らはさっさと寝ろよー」


それを合図に、ソニアたちは各自寝床の支度をして布団に潜り込む。

隣でゴソゴソと荷物を整理しているアンナに、ソニアは声をかけた。


「ごめんね、任せちゃって……」

「気にしないの!こういうのは、体力有り余ってる人が担当すべきなんだから。ほら、ソニアは寝な?不安かもしれないけど……ちゃんと、あたしが見張ってるから。安心して」


ニッと笑ってそう言うアンナに、思わずソニアもフッと笑ってしまう。


「うん、ありがとう。おやすみ、アンナ」

「おやすみ、ソニア」


ソニアはよほど疲れていたのか、目を閉じるとすぐに寝息を立て始める。

そんな彼女を微笑ましく思いつつ、アンナは抜き足差し足でシュテファンのところへ向かう。


「すみません、お待たせしました」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


2人は並んで座ると、それぞれ左右に探知魔術を展開した。


挿絵(By みてみん)


アンナはじっと探知範囲の様子を探る。


「……反応ないですね。クリューガーさん、どうですか?」

「こっちもです。このまま一晩、何もなければ良いんですけど……」


小さくため息をつくシュテファン。

アンナもうんうんとそれに同意しつつ、「そういえば……」と口を開いた。


「クリューガーさんって、めちゃくちゃ狙撃上手いんですね。ビックリしました」

「そうですか?ありがとうございます」


シュテファンは少し照れ臭そうに頭を掻きつつ続ける。


「僕、この部隊に引き抜かれたきっかけが狙撃(これ)だったんですよね。入隊後の初期訓練時に、たまたま大尉もいらっしゃってて……その後すぐに声をかけられたんです」

「そうだったんですね。ひょっとして、この部隊って全員大尉の引き抜きなんですか?」


アンナの問いに、シュテファンは顎に手を当ててユリウスやギルベルトから聞いた話を思い返す。


「ローデ少尉と僕はそうですね。まあ、ソニアさんも似たようなものですけど……」

「あれ?ベルクマン准尉とサヴォイア曹長は違うんですか?」

「准尉は自分から挙手したんですよ、クロイツァー大尉とは元々師弟関係ですし。曹長は──確か、准尉の推薦だったはずです」


その話を聞いたアンナは、少し俯いて考え込む。


「ベーゼさん?」

「あ、いえ……大尉って、優秀な人を見抜く目があるんだなーと思ったので。この人数で、あの熊に勝てちゃうなんて」

「あれはほぼ大尉とソニアさんの功績ですね。流石の連携プレイ──」

「そんなことないですよ」


アンナの言葉に、シュテファンは思わず言葉を切った。


「えっ……?」

「だって、クリューガーさんもずっと頑張ってたじゃないですか。あの狙撃がなかったら、ソニアが起きる前に大尉はやられちゃってたかもですよ?」

「まあ、それはあり得たかもしれませんけど……」


少し呆気に取られるシュテファンを余所に、アンナは続ける。


「それに、あんなに何度も正確に弾を当てるのって、技術もそうですけど、すっごい集中力とか気力がないと無理じゃないですか」


そこまで言うと、アンナはニッと笑う。


「だからあたし、今回の勝利への最大の貢献者はクリューガーさんだと思うんですよねー」

「ベーゼさん……」


思わぬアンナからの言葉に、シュテファンはフッと微笑んだ。


「ありがとうございます」

「え?お礼を言われるようなこと、あたし言ってないですよ?むしろ、あたしの方がお礼言わなきゃですよね。結果的に助けてもらったわけですし……ありがとうございました」


ペコリと軽く頭を下げるアンナ。

そんな彼女の様子に、シュテファンは何となくくすぐったい気持ちになってしまう。


「……ベーゼさんって、面白い方ですね」

「へ?そうですかね?」

「そうですよ。さ、ちゃんと見張りしましょう」


シュテファンは照れ臭さを誤魔化すようにそう言うと、前に向き直る。

アンナも「はーい!」と返事をし、他の5人が安心して休めるよう、2人は並んでしっかりと周りを警戒するのだった。

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