第20話 中編《山影の決戦②》
ソニアとユリウスと合流すべく、山中を歩き続けていたヴェルナーたち5人。
そんな中、殿を歩いていたギルベルトがふと足を止めた。
その前を歩くシュテファンが声をかける。
「ベルクマン准尉、どうかされました?」
「……」
ギルベルトは無言のまま、展開していた探知魔術に意識を集中させる。
(……魔力だ)
探知した魔力の反応はかなり強く、ギルベルトは眉をひそめた。
(俺の知らねぇ魔力反応だな……ひょっとして、嬢ちゃん狙いの教会派の連中が忍び込んだか?)
ふと、ギルベルトはそこであることに気付く。
(……いや、ちょっと待て。魔力はともかく、この術式展開の癖は……まさか!)
バッと顔を上げ、叫ぶように先頭を歩くヴェルナーに声をかけた。
「ヴェルナー、止まれ!」
その言葉にヴェルナーは驚いたように足を止め、素早く振り返る。
「な、何すか!?」
「大尉っぽい魔力を探知した。こっからは、一旦俺が指揮取んぞ」
「っ!?了解っす!」
その言葉にギルベルトは魔力の反応があった方へと走り出し、他の4人もそれに続く。
「魔力を探知したってことは……ひょっとして戦闘中ですか!?ど、どうしましょう……!」
「ベーゼさん、落ち着いて……とりあえず、今はクロイツァー大尉たちとの合流して状況を把握するのが最優先です!」
焦った様子のアンナに、シュテファンは努めて冷静に声をかける。
その後ろを走るヴェルナーは、少し考え込んでからギルベルトに視線を向けた。
「ベルクマン准尉、相手の魔力は?」
その言葉に、ギルベルトは一瞬言い淀んでから口を開く。
「それが、1人分の魔力しか探知できねぇんだ」
「えっ?それって……ソニアちゃんは!?まさか……!」
ヴェルナーの言葉に、ラルフはサッと顔を青くする。
(ソニアちゃんに何かあったら、俺は確実に処分される。でも、今俺がいなくなったら、あいつは……!)
そんなラルフを余所に、ギルベルトは叫ぶ。
「それを早いとこ確かめねぇとだろ!お前ら、急ぐぞ!」
ギルベルトたちは最悪のケースを一瞬頭の中によぎらせながらも、山林を脇目も振らずに駆け抜けた。
(魔力は1人分だが、ユリウスじゃねぇ。嬢ちゃんとも違う。だが、魔術を使ってんのはユリウスでほぼ間違いねぇ……どうなってやがる!?)
ギルベルトはもつれそうになる脚を必死で動かして、反応地点へと急ぐ。
その瞬間、彼は一際大きな魔力の反応を探知した。
(今の魔力は……間違いねぇ、ユリウスだ!近いぞ!)
そう思うと同時に視界が開け、ギルベルトたちは川岸へと出る。
息を切らせるギルベルトの目に飛び込んできたのは、倒れるソニアの前に立ちはだかるユリウスと、彼に鋭い爪を振り下ろそうとしている巨大な熊だった。
「……っ!?」
ギルベルトは瞬時に魔力を練り上げる。
(術式構築……雷属性──とにかく、威力と速さに全振りするしかねぇっ……!)
素早く熊の身体に向けて右手をかざすと、一気に魔術を展開した。
とてつもない轟音と共に、雷光が熊に向けて猛スピードで駆け抜ける。
熊は避ける間もなく直撃を喰らい、ぐらりとその巨体を大きく揺らした。
「ユリウスっ!!」
「……っ!?ギルベルト!」
ギルベルトは素早く2人に駆け寄ると、ダメ押しでもう一度熊に魔術を喰らわせる。
怯んだ隙に、ソニアを抱えたユリウスと共に一旦熊と距離を取った。
「お前、怪我は!?」
「俺は問題ない。だが、ソニアが……」
気を失ったままのソニアを確認したギルベルトは、アンナに目配せをする。
彼女は素早く辺りを見回し、退避できそうな安全地帯を見つけると、ユリウスの元へと駆け寄った。
「大尉、ソニアはあたしが」
「……すまない、頼む」
アンナはソニアを担ぐと、少し離れた岩陰へと足早に向かっていく。
ユリウスたちはそれを横目で見送りつつ、熊に向き直った。
「あれが、例の熊だな?」
ギルベルトの言葉にユリウスは小さく頷く。
「そうだ。俺とソニアは、完全に獲物だと認識されている」
それを聞いたヴェルナーは、狼狽えたように声を上げる。
「えっ!?じゃあ、ここで逃げてもほぼ確実に追いかけてくるってことっすか……?」
「おそらくな」
「となると、やるしかねぇってことか」
ギルベルトたちは、一斉に熊に向き直った。
熊は急に現れたギルベルトたちを警戒しているのか、付かず離れずのところを右往左往している。
(ああいう野生動物は、基本的に弱いヤツから狙う……嬢ちゃんも獲物認定されてる以上は、あっちで2人にしとくのは危ねぇな)
そう判断したギルベルトは、シュテファンに声をかける。
「シュテファン、お前狙撃装備持って来てるか?」
「はい。ただ、訓練用装備なので、威力はあまり当てにしないでもらえると……」
「よし。んじゃ、シュテファンは嬢ちゃんたちの護衛兼狙撃手で動いてくれ」
「了解です!」
シュテファンは素早くアンナの後を追いかけていく。
そんな彼の背中を見送りつつ、ギルベルトは熊に向き直る。
(あの巨体、たぶん訓練用の装備じゃ基本通らねぇよな。となると、魔術メインになるんだろうが……)
熊の動きに警戒しながら、引き続き討伐作戦を思案するギルベルト。
ユリウスにちらりと目を向けると、彼は思惑を察して口を開いた。
「シースナイフは刃渡りが足りなかった。中級魔術も跳ね除けられる……が、上級魔術なら通る」
「マジかよ。攻撃手段限られ過ぎだろ」
「そうなると、ひたすらに頭を狙うしかなさそうですね」
ラルフの言葉に、ユリウスとギルベルト、ヴェルナーは顔を見合わせて頷く。
4人は瞬時に陣形を組むと、熊に向き直った。
一方のアンナは、ソニアの処置にあたっていた。
(頭部に軽い裂傷。この左腕の傷は……岩場に掠ったのかな?ちょっと抉られてるけど、そこまで深くはないみたいね。これなら、持ち合わせのもので何とかなりそう)
傷口を浄水で洗い流してガーゼをあてると、丁寧に包帯を巻いていく。
そんな彼女に、シュテファンは狙撃銃を構えつつ声をかける。
「ソニアさん、大丈夫ですか?」
「はい。幸い怪我は軽いみたいです」
「良かった……」
そう返事をしながら、シュテファンはスコープを覗き込む。
(さてと。なら、僕もこっちに集中できそうだな)
スコープ越しに、じっと熊の動きを追う。
が、熊は止まることなくユリウスたち4人に攻撃を仕掛けていく。
(ある程度動きを止めてもらわないと、こっちとしても撃てないんだけど……あれ?)
そう思いながら、シュテファンはユリウスたち4人の陣形にふと違和感を覚える。
(大尉が囮役?火力を考えれば、准尉と2人で前に出るのがセオリー……)
そこまで考えたシュテファンは、ちらりと一瞬ソニアに目を向けた。
(あの熊相手に大尉は無傷、ソニアさんも軽傷──)
2人の状況から、シュテファンは1つの仮説を打ち立てる。
(つまり、大尉はソニアさんを守るために魔力を使い果たしたってことか……!なら、今度は僕が大尉を支える番だ)
シュテファンは熊への一点集中から、囮役のユリウスの露払いをメインに切り替える。
(熊は意識するな。大尉の動きに合わせるんだ……)
集中してスコープを覗き込み、ユリウスへの熊の攻撃1発1発を正確に撃ち落としていく。
引き金が空撃ちし、スコープを覗いたまま素早く新たな銃弾を装填する。
(焦るな……絶対に、大尉がチャンスを作ってくれる。それまでは、ひたすら待つ……!)
が、怯むことなく執拗に攻撃を続ける熊。
(集中しろ……!もし外したら、大尉が──)
動き回る熊を撃つ度に、少しずつ集中力が削がれていくのが自分でもよくわかった。
(あまり、時間はかけられない……)と思った瞬間、ピタリと熊の動きが止まる。
(……っ!今だっ!!)
シュテファンは即座に狙いを定めると、迷うことなく引き金を引く。
その瞬間、断末魔のような熊の咆哮によって、辺り一帯の空気が震えた。
ユリウスの目の前の熊は、左目から血を流しながら激しく仰け反る。
「流石はシュテファンだぜ!」
ギルベルトはユリウスの首根っこを掴み、素早く熊から僅かに距離を取る。
その場で暴れ始めた熊の動きを注視しつつ、魔力を練り上げ始めた。
(今はまだダメだ、こいつの動きが読めねぇ……)
ギルベルトがチラリと後ろを振り返ると、息を切らせたヴェルナーとラルフの姿が目に入る。
(あいつらの体力と魔力も、限界に近ぇな)
隣のユリウスの服にもあちこち血が滲んでおり、これ以上の長期戦は危険だと判断する。
(この1発で、決めるしかねぇ…!)
痛みにのたうち回る熊の動きが落ち着く一瞬を狙い、待つ。
その数秒が何分にも感じられ、ギルベルトの心の中に焦りが広がり始めた。
ふと熊は動きを止め、その巨体を低く落とす。
(今だ!術式構築……氷属性。貫通型──)
ギルベルトは一気に魔術の展開にかかる。
熊の足元に素早く術式を構築した瞬間、熊が大地を蹴った。
「は!?」
熊はまっすぐにギルベルトの方へと突進してくる。
(動きを読み間違えた……!?)
ギルベルトは咄嗟に魔術の展開を解除し、前方に障壁魔術を展開する。
が、熊の巨体は完全に展開し終わるより前に障壁に突っ込む。
その衝撃で、ギルベルトの身体は勢いよく吹き飛ばされ、20メートルほど先の地面に滑るように叩きつけられた。
「准尉っ!!」
ヴェルナーは慌ててギルベルトの元に駆け寄る。
「だ、大丈夫っすか!?」
「何とかな……クソッ、こんな時にやっちまった……!」
右脚を押さえながらそう答えるギルベルト。
ズボンの右側全面にじわじわと血が滲んでいき、ヴェルナーは顔を青ざめさせる。
(嘘だろ!?准尉が動けねーなら、誰があの熊倒すんだよ……!)
バッと熊の方に向き直るヴェルナー。
ユリウスとラルフで何とか熊に対抗しようと試みているが、決定打がない状態ではどうにもならないことは明らかだった。
(考えろ、俺……大尉は魔力切れ。でも、俺もサヴォイア曹長も貫通性の高い魔術は苦手……)
そう考えながら、ヴェルナーはチラリとギルベルトに目を向ける。
(准尉もこの怪我じゃ動けねぇ。どうしろっつーんだ!?)
その瞬間、衝撃音と共にラルフが川の対岸へと投げ出されるのが見えた。
ただ1人熊の前に立つユリウスも、疲労の色を隠せない。
(クソッ……!こうなったら、俺が何とかするしか──)
ヴェルナーが地面を蹴ろうとするより先に、金色になびく髪がヴェルナーの横を駆け抜けた。
「えっ……?」
彼は戸惑いつつも、素早く前方に目を向ける。
見知ったその後ろ姿は、まっすぐにユリウスの元へと走り寄った。
「クロイツァー大尉っ……!」
その声にユリウスは目を見開いて振り返る。
「ソニア!?お前、何故──」
「大尉、手を!」
ユリウスは伸ばされたソニアの手を迷いなく取り、ソニアは瞬時にその手に意識を集中させた。
彼女の魔力は、枯渇していたユリウスの身体に一気に流れ込む。
熊は大きく前脚を振り上げ、鋭い爪を振り下ろす。
その瞬間、辺りに衝撃音が響き渡った。
「大尉!」
「ソニアちゃん……!」
同時に声を上げたギルベルトとヴェルナー。
舞い上がった土煙に隠れて、熊の姿もソニアたちの姿も確認できない。
(嘘だろ?まさか、2人まで……!?)
不安に駆られるヴェルナー。
その横で、ギルベルトは冷静にソニアたちが立っていた方を見つめている。
(障壁魔術……ユリウスの術式だ。なるほどな。魔力の判別がつかなかったのは、そういうことか)
そう判断したギルベルトは、ヴェルナーに即座に指示を出す。
「ヴェルナー。ラルフを回収しにいくぞ」
「えっ……?でも、大尉が──」
「嬢ちゃんがいるから大丈夫だ。そもそも、この状態の俺らじゃ足手纏いにしかなんねぇよ」
「……了解っす」
簡易的に止血処理を施すと、大回りで対岸へと急ぐギルベルトとヴェルナー。
ギルベルトはちらりと土煙に目を向ける。
(……頼んだぞ、ユリウス。嬢ちゃん)
やがて薄っすらと2人の影が見え始めたその瞬間、再び熊の咆哮が耳を裂いた。
前脚に何本もの氷槍を刺す熊は、その場に立ち止まって血飛沫を撒き散らしながら暴れる。
が、頭部を狙うには、動きが激し過ぎた。
(これでも足りない……もう1度、畳み掛ける必要があるな)
ユリウスは強くソニアの手を握りしめる。
「ソニア、まだいけるか!?」
「はい!」
ちらりと熊の後方にある川に目を向けるソニア。
(そうだわ!)
思いついたように、バッとユリウスを見上げた。
「大尉、あの熊をもう少しあの場に留めておけますか?」
「わかった!」
ユリウスは魔力を練り上げると、拘束魔術を展開する。
それを確認したソニアは、ユリウスの身体を自身の魔力で満たす。
次の瞬間、するりと繋いだ手を離し、熊の左眼側を通って川の方へと駆け出した。
「おい!ソニア──」
「大尉は、そのまま待機お願いします!」
川に辿り着いたソニアは水に両手を浸す。
その様子に、ユリウスはハッと気付いたように表情を変えると、素早く熊に向き直った。
そんな彼をチラリと見やりつつ、ソニアは川の水に魔力を流す。
(魔術は、根本的には自然現象への介入のようなもの……川の水もその流れも、自然現象の1つだわ。それなら……!)
そう考えると、そのままの体勢で術式を組み始めるソニア。
(術式構築……無属性。操作型──)
魔力を極限まで練り上げると、川の中で術式を展開した。
川の水はうねるようにその流れを変え、熊の足元へと流れ込む。
そこから這い上がるように、大量の川の水は熊の体にまとわりついた。
立ち上がったソニアは再び素早く術式を構築する。
(術式構築……氷属性。拘束型──!)
一気に魔術を展開させると川の水は瞬時に凍りつき、その頑丈さに熊は身体の自由を奪われた。
次の瞬間、大きな衝撃音と共に熊の絶叫が響き渡る。
その眉間にはユリウスが衝撃波で加速させた鋭い氷槍がまっすぐに貫いていた。
少しの間動いていた熊はやがて完全に動きを止め、それを確認したユリウスはソニアに目配せする。
ソニアが魔術を解除すると氷が一気に溶け、まるで何事もなかったかのように水は川の流れに合流して流れていく。
熊が倒れるのと同時にソニアもその場にへたり込む。
息を整えるように肩を上下させる彼女に、ユリウスは慌てて駆け寄った。
「ソニア、大丈夫か!?」
「はい……ちょっと疲れちゃいましたけど、大丈夫です」
息を切らせながらもニコリと笑うソニアに、ユリウスは肩の力が抜ける。
思わずその隣にしゃがみ込むと、彼女の頭をくしゃっと撫でた。
「……よくやった」
「ありがとうございます」
そこまで言ったソニアは瞬時に表情を変える。
「た、大尉っ……!?」
緊張が解けたせいか、ようやくユリウスが血塗れになっていることに気がつく。
「大変っ!早くアンナに診てもらいましょう!」
慌てて立ち上がってユリウスの腕を引くソニア。
そんな彼女の様子に、ユリウスは何だかおかしくなって小さく吹き出してしまう。
「笑ってる場合じゃないですっ……!」
「いや、すまない……だが、ほとんどは熊の返り血だぞ?」
「ほとんど、って……」
ソニアは呆れたように眉をひそめたが、目の奥はどこか安堵に満ちていた。
「やっぱり大尉も怪我してるんじゃないですか……ほら、行きますよ」
「わかったわかった」
ユリウスは笑いながら立ち上がると、ソニアと並んでアンナたちの待機する安全地帯へと向かうのだった。




