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【第1章完結】碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利 ひなぎく
第1章

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第19話 前編《遭難と日常の間①》


遠征訓練5日目の朝。

1人早々に目を覚ましたソニアは、自身の荷物を静かにまとめていた。

ふと手を止めて、包帯で巻かれた右足首にじっと目を向ける。


(腫れも引いたし、痛みもない……これなら出発できるわね)


そっと包帯の上から患部に触れながらそう考えていると、背後から声をかけられる。


「ソニア、随分と早いな」


振り返ると、ユリウスが小さく欠伸をしながら身体を起こしているのが目に入った。

ソニアはサッと一礼して口を開く。


「おはようございます。一昨日と昨日とゆっくりし過ぎたせいか、早く目が覚めてしまって」


ソニアが申し訳なさそうにそう言うと、ユリウスは腕を伸ばして彼女の頭を優しく撫でた。


「気にするな。体調はもう大丈夫そうだが……足はどうだ?」

「えっと……足場の悪い所だとちょっと不安ですけど、普通に歩く分には問題ないと思います」


少し考え込みながらそう答えるソニア。

ユリウスは彼女の足首の具合を確認してから、枕元に置かれた地図を広げる。


「となると、やはりなるべく平地を移動する方が良いだろうな」

「すみません、遠回りになってしまって……」


申し訳なさそうにそう言うソニアに、ユリウスは小さく首を横に振った。


「いや……無理に最短ルートを選んで、後から動けなくなる方が問題だ。向こう側は、野営できる場所もほとんどなさそうだからな」


腕を組みながら、地面に置いた地図をじっと確認するユリウス。


(距離を考えると、2晩ほど野営する必要があるかもしれない。候補地点はある程度目星をつけたが……)


そう考えつつ、ギルベルトたち5人に思いを馳せる。


(ラルフとベーゼに何もなかったと仮定して、あいつら5人も、俺たちの落下地点に向かっている可能性が高い。どこかで合流できそうなルートを選ぶべきだろうな)


そう判断したユリウスは、無言で地図上にマーカーを引く。

ソニアはそんな彼の手元をじっと眺めた。


「このルートで進むんですか?」

「そのつもりだ。上手くいけば、途中でギルベルトたちと合流できる可能性がある」

「あ、なるほど……」


その瞬間ソニアの表情が僅かに曇り、ユリウスは彼女の肩にポンと優しく手を置く。


「あまり心配するな。ラルフもベーゼも無事なはずだ」

「そう、ですよね……」


不安気なソニアの様子に(その目で確認するまでは安心できないか……)と心情を察しつつ、入り口の方へと目を向ける。

外からは明るい光が差し込んでおり、出発するにあたって、何ら問題はないだろうとユリウスは判断した。


「朝飯を食ったら出るぞ。荷物の整理は済んだな?」

「はい」


そう頷くソニアにレーションを手渡し、ユリウスたちは並んで朝食を済ませる。

素早く後片付けを済ませると、揃って立ち上がって入り口へと向かった。


横穴の外に出ると、その眩しさにソニアは思わず手庇する。

早朝にもかかわらず既に気温は高めで、(道中の水分補給には気を付けないとね)と素早く水のボトルの残量を確認した。

その横で、ユリウスはぐるりと辺りを見回しつつ口を開く。


「とりあえずは俺が前を歩くが……もし何かあれば、すぐに声をかけろ。良いな?」

「承知しました」


コクリと頷いたソニアを確認したユリウスは、前に向き直ると地図を広げながらルートを辿り始める。

ソニアも遅れを取らぬよう、しっかりとその後に続いた。


ちらちらとソニアの様子を都度確認していたユリウスだったが、1時間半ほど歩いたところで足を止めて振り返る。

彼と目が合ったソニアは、小首を傾げつつ立ち止まった。


「クロイツァー大尉?」

「いや……思いのほか、しっかりついて来ているようだと思ってな。痛みはないか?」

「いえ、今のところはありません。むしろ、この暑さの方が強敵な気がしますね」


そう言いながらソニアは上を見上げる。

木々の隙間からはさんさんと日光が降り注いでおり、ソニアの額に一筋の汗が伝う。

その様子に、ユリウスは腕を組んで考え込んだ。


(なるべく日陰を通るルートではあるんだが……荷物もあるしな。どこかで一旦休憩するか)


手元の地図に目を向け(水も補給した方が良いとして……)と考えながら、ルートの周辺で休息地を確認するユリウス。

地図の1点を指差しつつ、ソニアに声をかける。


「ソニア、ここまで歩けそうか?」

「はい、もちろんです」

「よし。なら、一気に休憩地点まで進むぞ」


ユリウスの言葉にソニアはコクリと頷き、そのまま彼の後を追うのだった。



───────

────

──


更に1時間半ほど歩くと、2人はひらけた場所に辿り着く。

ユリウスが荷物を下ろすのを確認したソニアはそれに倣い、辺りをキョロキョロと見回した。


「確かに、ここなら休憩するのにもってこいですね」


目の前にはそれなりに大きな滝と滝壺、そこから続く広めの川がある。

川を挟んだ両側には草原が広がっており、そよそよと穏やかに風になびいていた。

川から少し離れたところには大きな木々がいくつか生えており、ちょうど良い木陰ができている。


ソニアはそっと川辺にしゃがみ込むと、右手を水の中に浸した。


(冷たくて気持ち良い……それに、流水なら飲料水としても使えそうね)


そう判断すると素早く荷物から空き容器を取り出し、水を汲み始める。

それを確認したユリウスは、適当な枝を拾い集めると炎魔術を使って焚き火を起こした。

水の入った容器を抱えて戻ってくるソニアに、携帯鍋を差し出す。


「使え」

「ありがとうございます」


そう礼を言いながら、ソニアは鍋を受け取る。


(ずっと大尉と2人だったせいかしら。随分と、連携がスムーズになったような気がするわ)


そう考えるソニアは、鍋に水を移し替えて煮沸消毒を始めた。


ユリウスは、ソニアの隣で鍋を覗き込みつつ(しばらく時間がかかるな)と考える。

ふと川の浅瀬の方に目を向けると、水の中にキラキラと光るものが動いていることに気付いた。

ゴソゴソと荷物を漁り始めたユリウスの様子に、ソニアは首を傾げる。


「大尉、どうかされました?」

「……食料調達だ」


荷物から少し大きめの網を取り出しながらそう告げるユリウス。

ソニアは、立ち上がって川の方へと向かう彼を追いかける。

川辺にしゃがみ込んでじっと川の中を観察するユリウスの隣で、彼女もそれに倣った。

水中では、何匹もの魚がスイスイと気持ち良さそうに泳いでいる。


「結構いますね。これ、全部食べられる魚なんでしょうか……」

「その辺りは、まず捕ってから選別すべきだろうな」


ユリウスはそう言うと網を川の中に沈め始めた。


挿絵(By みてみん)


ソニアは荷物の中から素早く魚を入れる容器を見つけると、網の様子を興味津々に眺めながら容器の中に川の水を入れる。


ユリウスは、引き上げた網の中から何匹かの魚を手早くソニアの持ってきた容器の中に移していく。

残りの魚をそのまま川に返す様子を、ソニアは少し目を丸くして眺めた。


「大尉、随分と手慣れてませんか?」

「まあ、この程度は子供の頃に散々覚えたからな……」

「えっと?」


その言葉に小首を傾げるソニア。

そんな彼女の様子に、ユリウスは(そういえば……)と考え込む。


(自分のことなんざ、碌に話したこともなかったか)


そう思いつつ、ユリウスは口を開く。


「俺は、中等教育学校に入るまでは田舎にいたんだ。そのおかげで、子供の遊び場といえばこんな自然の中くらいしかなくてな」

「そうだったんですか……?訛りもありませんし、ずっとツェントルムにお住まいなのかと思ってました」


少し驚いた様子のソニアに、ユリウスは思わずフッと笑ってしまう。


「父方の親族は、ほとんどツェントルム内に住んでいるからな。昔から定期的に行き来していたからか、田舎訛りはそこまで身に付かなかった」


そう言うと、ソニアをじっと見つめる。


「ソニアはずっと中央区内なんだろう?」

「あ、はい。父の仕事の都合もあって、中央司令本部からはあまり離れられなくて……」


彼女の説明に、ユリウスは納得したような表情を浮かべた。


(確かに、メーゲンブルク中将の立場では緊急招集の可能性もあるか……)


そう考える彼を横目に、ソニアは言葉を続ける。


「外泊するのも初めてなんですけど……実は、ツェントルム外に出るのも今回の遠征が初めてなんですよね」

「は!?そうだったのか?」


驚くユリウスの様子に、ソニアは何となく気まずく思いながら首を縦に振る。

「なるほど……」と呟いたユリウスは、腕を組んで少し考え込んでから口を開く。


「すまないな。初めての遠出が、トラブル続きになってしまった」


しばしの沈黙が流れ、ソニアは小さく首を横に振った。


「いえ、大丈夫です。それに私、こうやって山の中を歩くのも初めてで……こういう機会なんて滅多にありませんし、何だかんだで楽しく感じるんですよね」


穏やかに微笑みながらそう告げるソニア。

そんな彼女の様子に、ユリウスもつい顔をほころばせる。


「全く、お前は……一応、これもれっきとした訓練なんだぞ?」


ユリウスの言葉に、ソニアは一瞬しまった……とでも言いたげにバツの悪そうな表情を浮かべた。


「そうでした。すみません、変なことを言ってしまって……」

「気にするな。訓練を楽しめるというのは、悪いことじゃない」

「……」


ソニアは急に無言になってしまい、ユリウスは何事かと首を傾げる。

そんな彼に、ソニアはおずおずと口を開く。


「でも、大尉は楽しんでる場合じゃないですよね。すみません、私1人で呑気なことを……」


彼女からの予想外の言葉に、ユリウスは思わず一瞬目を見開いた。


(確かに、自分には色々と責任がある以上ソニアの言う通りではあるが……)


そう考え込みつつも、ソニアに向き直る。


「案外、この状況も悪くはないな」

「えっ?」

「俺が言うのも何だが……キャンプみたいじゃないか?」


ニッとやや悪戯っぽい表情でそう言うユリウスに、ソニアは小さく吹き出してしまう。


「ふふっ、大尉がそんなことおっしゃるなんて……意外です」

「この状況をネガティブに考えるのも悪手だろう。それなら、お前のように楽しんでみる方が吉だと思うぞ?」


そう言いながら、ユリウスは再度川に沈めた網を引き上げて魚の選別をする。

ソニアはその手元をじっと眺め、口を開いた。


「こういうのって、覚えておいた方が良いんですか?」

「流石に無理にとは言わないが……食えるものが増えれば、いざという時の生存率が上がるのは確かだな」

「なるほど……」


ソニアは容器の中に入った魚に目を向け、(なら、後で調理する前にスケッチでも取っておこうかしら)と考えるのだった。


しばらくしてある程度の魚を捕り終えたソニアたちは、容器を抱えて焚き火の方へと戻る。


(この量だと、今日1日分には十分なりそうね)


そう判断したソニアは、魚のスケッチを簡単に済ませると、器用に素手で魚の下処理を始めた。

そんな彼女の様子を、ユリウスは少し驚いたように目を丸くして見つめる。


「お前、つぼ抜きができるのか?」

「あ、はい。この方がナイフを汚さずに済みますし……」


ソニアはそう言いつつ、取り除いたエラや内臓等にじっと目を向けた。


「時間があれば、内臓なんかも燻製にできるんですけどね」


そう苦笑いするソニアの様子に、ユリウスは思わず感心してしまう。


(こいつ……料理というよりは、そもそも調理が得意なんだな)


そう考えるユリウスは、ソニアが処理した魚を手に取り、川の水でサッと洗う。

魚を焼くために適当な枝に刺し、焚き火の側に並べようとした彼を、ソニアは止めた。


「大尉、少し待っていただけますか?」


その言葉にユリウスは小首を傾げる。


「構わないが……どうした?」

「さっき、向こうの藪に香草が生えてるのを見つけまして。それをお腹に詰めたら、臭みも取れるかなぁと」


そう言って薮の方に視線を向けるソニアに、ユリウスは少し呆気に取られつつ口を開いた。


「……お前、意外なところでサバイバル適性があるな」

「えっ?そうでしょうか?」


そう首を傾げるソニアを伴って、ユリウスは少し離れた藪に生えている香草を摘みに向かう。

その香草を2人で魚の腹に詰めると、ソニアはゴソゴソと荷物を漁り始めた。


(今度は何だ?)


そう思いながらじっと彼女を見つめるユリウスを余所に、ソニアは小さな缶を取り出した。

蓋を開けると、中には所々に塊のある白い小さな粒が入っている。


「ひょっとして……塩か?」

「はい。クラウゼ先生から、『この時期だと汗をかくから、塩分補給が必要になるかもしれない』と伺ったんです。料理にも使えるだろうと思って、少し多めに持って来たんですよね」


そう言いながら、ソニアは香草を詰めた魚の表面に塩を振りかけていく。

そんな彼女を、ユリウスは感心したような表情で見守る。


(本当に、思いのほか頼りになるんだな)


ユリウスはそう思いつつ、塩の振られた魚を焚き火の周りに並べた。

並べ終わった魚を満足げに見つめるソニアは、ふと首を傾げる。


「後は焼き上がりを待つだけですけど……焚き火だと、どのくらい焼けば良いんでしょうか?」

「……1時間弱といったところだろうな」


顎に手を当てつつそう言うユリウスの言葉に、ソニアは「えっ?」と声を上げる。


「そんなにかかるんですか?」

「焚き火はそこまで火力もないからな。それに、下手に火を強くすると焦げて食べられなくなるぞ」

「せっかく下拵えしたのに、焦げるのは困ります……」

「なら、大人しく待っていろ。わかったな?」


コクリと頷いて、徐々に焼けていく魚をじっと見つめるソニア。

そんな彼女の様子を、ユリウスは何となく微笑ましく思うのだった。


小1時間が経ち、ソニアとユリウスは焼けた魚に揃って齧り付く。

その美味しさに、ソニアは思わず笑みを浮かべた。


「焚き火って、こんなに香ばしく焼き上がるんですね」

「普通は、もう少し川魚独特の臭いがするものなんだが……お前が見つけた香草のおかげだろう」


ユリウスはそう言いながら、ソニアをじっと見つめる。

その視線を受けたソニアは小首を傾げた。


「大尉?」

「いや……万が一作戦中に遭難しても、ソニアがいれば不味いレーションばかりにはならなさそうだと思ってな」


そう言ってフッと笑うユリウスに、ソニアは何となく気恥ずかしくなってしまう。


「でも、その前に大尉に食べられるものを見つけていただかないと……」

「それくらいなら、お安いご用だ」

「じゃあ、大尉が調達担当で私が調理担当ですね」


ソニアとユリウスはそんな話をしながら、今まさに遭難中だということをすっかり忘れているかのように、顔を見合わせて笑うのだった。

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