第18話 後編《残された者たち②》
遠征訓練4日目、ソニアたちの捜索に出発した翌日。
ヴェルナーは地図を片手に、焦った様子で口を開いていた。
「クソッ、こっちのルートもダメなのかよ……!」
地図上にバツ印を追加するヴェルナー。
(他に迂回ルートは──)
そう考えながら、素早く周りの地形を確認する。
前日にプレハブ小屋を発ったヴェルナーたち5人は、予定ルート上に土砂崩れを発見。
その後迂回するも、そちらも大雨のせいで足場が悪くなっており進めず、更に別ルートを選ばざるを得ない状況に陥っていた。
その日は予定の半分も進めないまま夜を迎えてしまい、ヴェルナーは何とか遅れを取り戻そうと必死だったのだ。
地図と睨み合っている彼の肩を、ギルベルトはポンッと叩く。
「ヴェルナー、もうちょい落ち着け」
「いや、でも……!ただでさえ遅れてるのに、これ以上時間をかけるわけには──」
「あのな……」
ギルベルトはヴェルナーの言葉を遮ると、彼の目をじっと見つめて口を開く。
「大尉と嬢ちゃんの状況確認が最優先なのは確かだ。その部分はお前が正しい。けど、正しいだけじゃダメだってのはわかるか?」
「えっと?どういうことっすか……?」
ヴェルナーはそう言って怪訝な表情を浮かべた。
そんな彼の様子に、ギルベルトは小さく息を漏らす。
(こいつ、やっぱ周りをちゃんと見る余裕がねぇな……)
そう判断したギルベルトは、そのままちらりと後ろに視線を向けた。
ヴェルナーも首を傾げながらそれに倣う。
そんな彼の目に飛び込んできたは、少し疲れた様子のアンナと、彼女を軽く支えながら歩くシュテファン。
そして、アンナの荷物も抱えながら、最後尾で周りの警戒を続けるラルフの姿だった。
そこでヴェルナーはハッと気付いたように表情を変え、それを確認したギルベルトは口を開く。
「今度の遠征演習についてくんだろ?万が一嬢ちゃんに何かあったら、お前が今みたいに捜索に出る可能性だってある。そん時は、学生たちも同行させることになるんだ。周りのこともきっちり見てやらねぇと……お前、死傷者出すぞ」
ギルベルトの言葉に、ヴェルナーは少し顔を青ざめさせた。
(確かに、ベルクマン准尉の言う通りだ。クロイツァー大尉たちさえ見つければって思ってたけど……そっか、そうだよな……)
そう考えながら、申し訳なさそうに頭を掻く。
「すんません。大尉とソニアちゃんのことばっか考えてて……他の皆のこと、見えてなかったっす」
「理解したんならそれで良い。んで?この状況、どうするよ?」
「えっと……」
ヴェルナーは逸る気持ちを抑えながら、頭の中でやるべきことを整理し始める。
(今、優先度が高いのは迂回ルートの選定と──皆の休憩だな)
そう判断すると、再度地図を広げた。
彼は現在地の周りをザッと確認すると、1点を指差してギルベルトに声をかける。
「ここで一旦休憩する、ってのはどうっすかね?地形的にも雨の影響は少なそうな気ぃしますし、他の迂回ルートからも近いですし……」
「まあ、悪くないんじゃねぇの?お前がそう決めたんなら、俺らは従うのみだ」
ニッと笑ってそう言うギルベルトに、少し安心感を覚えるヴェルナー。
そのまま全員に声をかけると、休憩地点までゆっくりと進んでいくのだった。
20分ほど歩いた先で、5人は足を止める。
「よし、とりあえずここでちょっと休憩にするっす」
ヴェルナーの言葉に、アンナは即座にその場に座り込んだ。
「はぁ、はぁっ……つ、疲れた……山の中歩くのって、こんなにキツいんですね……」
「今日は足場も悪かったからね、そりゃ余計に疲れるよ」
そう言いながらラルフは荷物をアンナに手渡し、「すみません……」と彼女はそれを受け取る。
「とりあえず、皆さん水分補給忘れないようにしてくださいね」
シュテファンの声かけに、5人は揃って水のボトルに口を付けた。
20分ほどその場で休んだところで、ヴェルナーが立ち上がってギルベルトに声をかける。
「准尉、俺ちょっと迂回ルート確認してくるっす」
そう言って歩き出そうとした彼の首根っこを、ギルベルトは素早く掴んだ。
「おい、1人で行くんじゃねぇよ」
「いやでも、皆休憩した方が──」
「バカか。お前に何かあった時に気付けねぇだろうが……俺も付き合う」
「あっ、すんません……」
気まずそうに頭を掻くヴェルナーにため息をつきつつ、ギルベルトは立ち上がる。
「お前ら3人はここから動くなよ、良いな?」
アンナたち3人はコクコクと頷き、それを確認したギルベルトとヴェルナーは地図を持ってその場を離れた。
「迂回ルート、いくつかあんのな。どこから回るよ?」
「とりあえずは、近いところからじゃないすか?」
そう言って、2人は迂回ルートの候補を順に回り始める。
大雨の影響は思いのほか大きく、使えないルートもかなり多かった。
最後のルートを確認したヴェルナーは深く肩で息をつく。
「どのルートにするか、悩みどころっすね……」
「おー悩め悩め。どこを選ぶかで俺らの生存率も変わってくるからよ、しっかり考えな」
「ぐっ、めちゃくちゃ責任重大じゃないっすか……」
思わず表情を固くするヴェルナーに、ギルベルトは思わず苦笑いする。
「大尉は、お前の歳からずーっとそれを背負ってんだぞ?」
その言葉に、ヴェルナーはハッと表情を変えた。
「あっ……今まであんまり意識したことなかったっすけど、確かにそうなるんすね」
ヴェルナーはそう言いながら、ユリウスの経歴をざっくりと振り返る。
(あの人、3年目で大尉になって、他より1年早く指導教官資格も取って……しかも独立部隊まで持ったんだもんな。どれも異例のことだって、当時も本部内で騒がれてたっけ)
ユリウスの有能さを改めて実感しつつ、つい今の自分と比べてしまうヴェルナー。
「そう考えると、俺ってダメダメじゃないっすかね……?」
劣等感をあらわにするヴェルナーの言葉に、ギルベルトは小さくため息をつく。
「あのな……そもそも、大尉と比べんの自体が間違いだからな?俺も指導教官歴は長い方だけどよ。あんな優秀なやつ、そうそういねぇぞ」
「いやでも、ソニアちゃんだって凄い子じゃないっすか」
「そこは否定しねぇが……まあ、嬢ちゃんの場合は規格外だろ。別枠扱いしとけ」
そう言いながら、ギルベルトはヴェルナーの頭を軽く小突いた。
「大体、ヴェルナーだって士官養成課程をストレートでクリアできる実力はあるんだ。それだけでもできるやつなんだし、あんま卑屈になんなよ」
「いや、そう言われても……」
自信無さ気なヴェルナーに、ギルベルトは少し考え込んでから口を開く。
「別に、誰かと比べる必要はねぇ。指導教官だって、指導方針は人それぞれだ。その辺は、大尉見てりゃわかんだろ?」
「まあ、確かにそうっすね……」
そう言いつつ苦笑いするヴェルナー。
(大尉の場合は、ちょーっと極端な気もするけどな)
そんなことを考える彼の背を、ギルベルトはバンバンと強めに叩いた。
「安全確保だの何だの、必要最低限を押さえるのは前提として……あんまし深く考えずに、お前はお前のスタイルでやってけば良いんじゃねぇか?」
「俺のスタイル……」
ヴェルナーはポツリとそう呟くと、ギルベルトの言葉を自分の中でもう一度しっかりと反芻する。
少し吹っ切れたような気持ちになった彼は、ニッと笑ってギルベルトに向き直った。
「そうっすね!よし……んじゃ、迂回ルートは皆の意見を聞いた上で、俺が決めるってことにします!」
「ったく、お前は相変わらずだな。ま、臨時隊長の方針には逆らわねぇよ」
そう言ったギルベルトたちは、休憩地点まで戻っていく。
3人と合流したヴェルナーは、各迂回ルートの状況や特徴を一通り説明した。
「──って感じなんすけど……何か意見とか質問とかあれば、遠慮なく」
「えっと……じゃあ、あたしから1つ質問良いですか?」
遠慮がちに手を上げたアンナに、ヴェルナーはコクリと頷く。
「もちろん!何なに?」
「行きと帰りって、同じルートを通るんですかね?」
「えーっと……そのはず、だけど……」
少し自信無さ気にそう言いつつ、ギルベルトに視線を送るヴェルナー。
その視線を受けたギルベルトは、やれやれと小さく息をつく。
「まあ、原則としてはそうだな。行きでそのルートの安全確認ができるからよ」
その言葉に、アンナは少し考え込んでから口を開いた。
「それなら、斜面の多い──特に、行きに登り坂の多いルートは避けるべきだと思います」
アンナの言葉にラルフは首を傾げる。
「でも、帰りは下りでしょ?それなら、そこまで大変じゃないような気が──」
「そこが問題なんです」
アンナはラルフの言葉を遮ってはっきりとそう告げると、姿勢を正して座り直す。
「良いですか?下りの方が、重心の関係でバランスを崩しやすいんです。落ちないように嫌でもブレーキをかけながら動く分、関節や筋肉にも負担がかかりますし……」
普段とは打って変わって真剣な表情で話すアンナに、他の4人はつい圧倒されてしまう。
「それに、大尉とソニアの状態も現状不明です。もし、どちらか……もしくは両者を支えながら歩く必要があるなら、下り道が続くとあたしたちの負傷のリスクも大幅に上がります」
「確かに、言われてみりゃそうだな」
ハッと気付いたようにギルベルトがそう言うと、アンナはコクリと頷いて続ける。
「仮に誰かが負傷したとして、薬にも限りがあります。なので、わざわざ高リスクを冒してまで、斜面の多いルートを選ぶ必要はないと思うんですよね」
そう言い切ったアンナに、シュテファンは感心したように声をかけた。
「ベーゼさん、看護学部なだけありますね。医療的観点は流石に盲点でしたよ」
その言葉に、ヴェルナーもうんうんと頷きつつ口を開く。
「シュテファンに同感だな。んじゃ、これと……後はこっちの2ルートも外しとくか」
そう言いながら、地図上の迂回ルートにバツ印を付けていくヴェルナー。
その様子を眺めていたシュテファンは、残りのルートをいくつか指差した。
「お2人の状態を考慮する、という点なら岩場の多いルートも外した方が良いかもですね」
「そうだね。後は、食料とか水の確保のしやすいルートにした方が安全なんじゃないかな?行って戻る分、時間もかかるだろうしさ」
「確かにそうだな。それなら──」
5人はあれこれと意見を言い合い、進むべきルートを模索していく。
しばらく話し合った結果、川に近い平地を中心に進むルートで意見が一致した。
「よし……これなら比較的歩きやすいし、いざって時に水も確保しやすいな」
ヴェルナーの言葉にラルフはコクリと頷く。
「そうだね。もう出発する?それとも、もうちょっと休んでく?」
彼はちらりとアンナに視線を向けつつ、ヴェルナーに伺いを立てる。
悩み始めたヴェルナーの様子に、アンナは慌てて口を開いた。
「あのっ……!あたし、もう十分休憩したんで!皆さんが大丈夫そうなら、早く出発しません?」
「ベーゼさん、本当に大丈夫です?」
シュテファンの念押しに、アンナはコクコクと首を縦に振る。
その様子に小さくため息をつきながら、ギルベルトはヴェルナーに向き直った。
「……だってよ。どうする?」
「うーん、それならとりあえず一旦出発ってことにしますけど……」
そこまで言うと、ヴェルナーはアンナにまっすぐ視線を向ける。
「アンナちゃん、キツくなったらすぐ声かけるって約束してくれるか?」
「わかりました」
アンナの言葉にヴェルナーは立ち上がり、他の4人もそれに倣う。
荷物を背負いながら、ソニアに思いを馳せるアンナ。
(あたしが1番体力無いのは自覚してるけど……でも、今は早くソニアたちと合流するのが最優先だもん。へばってらんないわよ)
そう気合を入れると、アンナは前に向き直った。
隣のシュテファンはそんな彼女を少し心配そうに見つめつつ、ヴェルナーたちの後に続く。
(この状況……早いとこ大尉たちを見つけないと、こっちもジリジリ削られてくなぁ。となると──)
そう判断したシュテファンは、前を歩くヴェルナーに声をかける。
「ローデ少尉」
その声にヴェルナーはくるりと振り返り、何事かと首を傾げた。
「シュテファン、どうした?」
「ある程度進んだら、探知魔術を展開しながら進んだ方が良いかと思いまして。大尉たちが近くにいれば、早めに気付けるかもしれません」
シュテファンからの提案に、ギルベルトは腕を組む。
(状況的に、なるべく魔力を温存しておくべきではあるが──)
そう考え込みながら、ヴェルナーに視線を向ける。
「確かに、目視だけで探すよりはマシだな。ヴェルナー、それで良いか?」
「もちろんっす」
そう言いつつ、ヴェルナーは地図を広げ直す。
「今この辺だから……この辺りまで進んでから展開するのが良さそうっすかね」
彼は現在地からルートの中間地点辺りまで指を滑らせ、それを覗き込むギルベルトはうんうんと頷く。
「ま、それが良いだろうよ。お前ら、大尉と嬢ちゃんの魔力は判別できるな?」
その言葉に、全員がコクリと首を縦に振る。
5人はまず、中間地点を目指して歩き始めるのだった。




