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【第1章完結】碧眼の花と緋の刃  作者: 伊太利 ひなぎく
第1章

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第18話 前編《残された者たち①》


少し時間は遡り、遠征訓練2日目。

アンナとラルフの報告を受けたギルベルトは、他の4人を連れて熊が出現した現場にやって来ていた。

辺りをじっくりと見回すが、熊の姿は見当たらない。


「ベルクマン准尉、ここです」


ギルベルトは、ラルフがそう指差した崖をそっと覗き込んだ。


(植物が邪魔でよく見えねぇが……やっぱ、下まで相当高さがありそうだな)


そう思いながら、腕を組んでソニアとユリウスの状況を予測し始める。


(地図上での高さからして……ストレートに落ちたと仮定すると、2人ともアウト、だろうな)


そんな嫌な想像をしながら、ギルベルトは崖下の環境に注目する。


(ただ、こんだけ木だの草だのが生い茂ってりゃ、落下速度もある程度相殺されてるかもしれねぇ。何なら落下地点でクッションになってるってことも十分考えられる……まだ、希望はあるぜ)


そう判断した彼は、他の4人に向き直った。


「お前ら、一旦小屋まで戻んぞ。情報整理が必要だ」


ヴェルナーたちはコクリと頷き、5人は揃ってプレハブ小屋へと戻り始める。

小屋に辿り着いた5人は室内のテーブルを囲み、地図を広げた。


「再確認だが……大尉たちは2人揃って落ちたんだな?」

「は、はい」


アンナの返答に、ギルベルトは落下予想地点にマーカーを入れる。


「とりあえず……2人が無事だろうが死んでようが、一旦はここまで足を運ぶ必要があんな」


その言葉にアンナはサッと顔を青くし、ふらついてしまう。

そんな彼女を隣で支えつつ、シュテファンは口を開いた。


「准尉、もう少し言い方を考えていただけませんか?」

「……事実だろ。無事ならなる早で合流すべきだし、そうじゃねぇなら遺体の回収義務が──」

「ちょっと、准尉っ……!」


今にも泣き出しそうな様子のアンナを見たシュテファンは、思わずギルベルトの言葉を遮る。


「そう淡々と話されても、ベーゼさんはついていけませんよ……」

「あのな、こういう時こそ冷静にならねぇとだろ?考え得る可能性全部に備えるべきだ」

「それはそうですけど……」


シュテファンはそう言いつつ、ちらりとアンナに目を向ける。

涙を目いっぱいに溜めた彼女は、それがこぼれ落ちるのを何とか堪えようとしていた。

そんなアンナの背をシュテファンはそっと撫で、2人の様子にギルベルトは胸がちくりと痛む。


(間違ったことは言ってねぇんだが……)


そう思いつつも彼は口をつぐみ、視線を落とす。


(俺も、柄にもなく混乱してるらしいな)


ギルベルトは気まずそうに頭を掻くと、小さく息をついてから口を開いた。


「……(わり)ぃ。冷静になろうとし過ぎたわ。俺だって、気持ちはお前らと同じなんだぜ?自分の弟子と孫弟子が死んだなんざ、思いたくねぇよ」


そう言うと、シュテファンとアンナの頭を少し乱暴に撫でる。


「ま、あの大尉がそう簡単にくたばるわけねぇだろ。嬢ちゃんだって、ああ見えて相当タフだしな……きっと、向こうに向かってる途中で、『心配し過ぎだ』って言いながらひょっこり揃って顔見せるだろうぜ」


ニッと笑うギルベルトに、シュテファンとアンナは思わず顔を見合わせ、フッと笑う。


「……そうですね。あたしもそんな気がします」

「同感です」


そう言う2人の様子に少し安心したギルベルト。


(さて……いつもの癖でつい俺が取り仕切っちまったが、ここは──)


そう考えながら、地図に目を落とすヴェルナーにちらりと視線を向けた。

その視線に気付いたヴェルナーは、何事かと顔を上げる。


「准尉、どうしたんすか?」


そう首を傾げるヴェルナーの目を、ギルベルトはまっすぐ見つめて口を開く。


「ヴェルナー。この件、お前が全面的に指揮取れ。良いな?」


その言葉に、ヴェルナーは思わず声を上げた。


「はいぃ!?俺が!?この状況っすよ!?」

「良い機会だろ。研修官教育の一環だ」

「ぐっ……そう言われると、承諾するしかないんすけど」


そう言いつつ、ヴェルナーはギルベルトに不安気な目を向ける。


「いきなり過ぎません?ちょっとくらい、准尉が手ぇ貸してくれたって──」

「ダメだ。こういうアクシデント下でも、しっかり動けてこその指導教官だからな。お前が考えて、お前が決めろ」

「……」


ヴェルナーは無言でじっと地図を眺める。


(そう言われても、どうすりゃ良いんだよ……)


しばらくそう考え込んでいたヴェルナー。


(だけど、こうしてる間にも、クロイツァー大尉たちが危険な状況に陥ってるかもだよな……一か八か、やるしかねー)


やがて意を決すると、マーカーを手に取る。

小屋から落下地点までの最短ルートに線を引き、ギルベルトに向き直った。


「このルートで、大尉とソニアちゃんの捜索・救助に向かうってのはどうっすかね?」

「あのな……お前に決定権があるんだ。俺は指示しねぇぞ」


ため息まじりにそう言うギルベルトの言葉に、ヴェルナーは気まずそうに頭を掻く。


「いや、それはそうなんすけど……この件、2人の命にも関わるじゃないっすか。准尉の方が圧倒的に現場経験豊富だし、ちょーっとだけ()()が欲しいなーと」


ヴェルナーの説明に腕を組むギルベルト。


(一応、こいつなりにやるべきことは整理してて、チーム内の役割分担もちゃんと把握してるってことか……)


そう納得すると、ニッと笑って口を開いた。


「ま、方向性としては間違っちゃいねぇな。ただ、最短ルートは避けとくのが吉だろうよ」

「え?でも、早い方が──」

「あの高さ、流石に大尉も嬢ちゃんも無傷って可能性は低い。2人もこっちに向かおうとしてると仮定して、足場の悪い最短ルートを通れると思うか?」


ギルベルトにそう遮られたヴェルナーは、ハッと気付いたように顔を上げる。


「た、確かに……それなら、平地に近いルートの方が途中合流できる可能性があるってことっすね」

「そういうことだ」


その言葉を受けて、ヴェルナーは地図にマーカーを引き直した。


「……このルートで行くっす」

「ま、それが妥当だな。3人も異論ねぇか?」


ラルフとシュテファン、アンナの3人もコクリと頷く。


「じゃ、早速出発ってことで──」


ドォン!!


そう言いかけたヴェルナーの言葉を遮るように、大きな雷鳴が辺りに響き渡った。

窓際に立っていたアンナはサッと顔を青くすると、慌てて窓の外を見やる。

空には暗雲が立ち込めており、時折稲妻が走るのが確認できた。


「嘘っ、このタイミングで!?ど、どうしよう……ソニアが──」

「ベーゼさん、落ち着いて……」


慌てふためくアンナを諭すように、シュテファンは彼女にそっと声をかける。

そんな2人の様子を横目に、ラルフはヴェルナーに向き直った。


「……ローデ少尉、どうする?」

「悪天候の中、無闇に動くのは危ないっすよね」


ヴェルナーは焦りの混じった声でそう言いつつ、ギルベルトに視線を向ける。


「とりあえず、天候が回復するまでは俺らもここで足止め……ってことっすか?」

「そうなるだろうな。クソッ、こんな時に……」


小さく舌打ちするギルベルトは、窓の外の空を見上げた。


(大尉も嬢ちゃんも、無事でいてくれよ……!)


心の中でそう祈るしかないギルベルトは、ポツポツと落ち始めた雨粒を恨めしそうに見つめるのだった。


雨が降り始めてしばらく経った頃、落ち着かない様子で室内をウロウロしているヴェルナー。


(クソッ、いつになったら止むんだよ。早く、2人のとこに向かいたいのに……!)


ザァァと絶え間なく打ちつける雨音が、彼の心の焦燥をさらに掻き立てる。

居ても立っても居られないヴェルナーは、ギルベルトに声をかけた。


「准尉っ!この状況で俺らにできることって、何かないっすか?」

「あえて言うなら……進行ルートの精査と、日数の算出くらいか?」

「手ぇ貸して──いや、アドバイスもらえます?」

「わかった」


ギルベルトはそう答えると、ヴェルナーと共にテーブルの上の地図を見ながらあれこれと話をし始める。


その一方で、シュテファンは窓際に座り込むやや憔悴した様子のアンナの隣に腰を下ろした。

膝を抱えて俯いていたアンナはふと顔を上げ、シュテファンと目を合わせる。


「クリューガーさん……」

「ベーゼさんが、お2人を心配に思う気持ちはよくわかります。僕もそうですから」

「ソニアたち、本当に大丈夫でしょうか?大怪我してるかもしれないのに、追い討ちでこの豪雨なんて……」


不安気に窓の外を見上げるアンナ。


(夏とはいっても、気温の低い山間地……外で長時間雨に降られたら、低体温症の恐れも捨てきれない。万が一、それに外傷も加わったら──)


どうしても、学業柄あれこれ悪いことばかり考えてしまう。

そんな彼女の肩に、シュテファンはそっと手を乗せた。


「大尉もソニアさんも、きっとどこかで一緒に雨宿りしてますよ。絶対に大丈夫です」

「そう、ですよね……」


そう言いつつもまだ不安を消し切れないアンナは、窓の外を見つめ続ける。

隣のシュテファンもそれに倣い、まだ止む気配のない雨空を見上げた。


そんな4人の様子を、ラルフは座り込んで荷物の整理をしながら部屋の隅の方からじっと眺めていた。


(大尉はともかく……ソニアちゃんに万が一のことがあったら、俺の首が文字通り飛びかねない)


そう考えながら、ラルフは他の4人に気付かれないほどに小さくため息をつく。


(シュヴァイガー大佐が何をしようとしてるのか、俺はちゃんと知らされてないけど……ソニアちゃんのことは『生かしたまま』って話だったからな)


そう頭を悩ませていると、不意に頭上から声が聞こえてくる。


「ラルフ、大丈夫か?」


驚いたラルフが顔を上げると、ギルベルトが心配そうな視線を向けて立っていた。


「あ、はい……その、大尉とソニアちゃんが心配で。例の熊がどこに行ったのかも気になりますし……」

「確か、3メートル級だったんだよな?遭遇しねぇのがベストだが……万が一のことも考えとくか」

「そうですね。仮に再遭遇するなら、できれば全員揃ってからにしてもらいたいですけど」


苦笑いするラルフに、ギルベルトも同意するようにうんうんと頷く。


「ま、目下の問題はこの天気だな」

「雲の感じからして、長くは降らないとは思いますけど……結構水量ありそうですね。土砂崩れとか崖崩れとか、そういう可能性は考慮しておいた方が良いかもしれませんよ」

「そうだな。とりあえず、ルート上である程度検討つけとくか」


ギルベルトはそう言うとテーブルの方へと戻っていき、何やらヴェルナーに話をし始める。

ラルフは少し考え込んだ後に立ち上がると、ギルベルトたちに声をかけた。


「俺、ちょっと外の状況確認してきます」

「よろしくっす!」

「気ぃ付けろよ」


コクリと頷いたラルフは小屋の外に出ると、軒の下からそっと辺りを見回す。


(まだしばらくは止みそうにないなぁ。俺としても、ソニアちゃんの安否は早く確認したいんだけど……)


そう思いながら壁にもたれかかり、雨空をじっと見上げる。


挿絵(By みてみん)


「俺はまだ、ここで終わるわけにはいかないんだ」


小さくポツリと呟くラルフ。

しばらくそのまま物思いに耽っていると、突然小屋の扉が開く。

彼は素早く身体を起こして、何事もないかのように取り繕った。

入り口から顔を覗かせたヴェルナーは、彼に声をかける。


「サヴォイア曹長、どんな感じっすか?」

「この降り方じゃ、今日は出発できないかも。明日、明るくなってからの判断になるだろうね」

「マジか……ソニアちゃんが心細い思いしてたら嫌なんすけど」


本心でそう思っているのであろうヴェルナーの言葉に、ラルフは何となくモヤモヤとした気持ちになってしまう。


(ここの部隊って、揃いも揃って甘いよねぇ……下っ端なんて、いざって時には上に切られる存在なのにさ)


そう考えながら、ハインツの普段からの態度を思い返す。


(……感情なんて不要だ。俺はただ、大佐の命令を遂行する機械のままでいれば良い)


ラルフは自分に言い聞かせるように、その言葉をしっかりと頭の中で反芻する。

「本当に?」と自分に問いかけるような思考が一瞬脳内に浮かび上がるが、フルフルと軽く頭を横に振ってそれを押し除ける。

小さく息をつくと、笑顔を貼り付けてからヴェルナーに向き直った。


「まあ、そこは心配ないんじゃないかな?大尉が一緒なわけだしさ。あの人がソニアちゃんを不安がらせるようなこと、するわけないでしょ?」

「確かにそうっすね」


ヴェルナーは納得したような少し悔しそうな表情を浮かべる。


「俺も、研修官クリアしたら弟子取れるし……ソニアちゃんみたいな可愛い子、来てくんねーかなー」


そう呟くヴェルナーの頭に、彼の背後から現れた手刀がクリーンヒットする。


「痛ってー!!」


頭を抑えるヴェルナーの後ろには、呆れ顔のギルベルトが立っていた。


「お前な、この状況でそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ?」

「た、ただの冗談っすよ……場を和ませようと思って──」

「いや、全然和んでないよ?」


そう苦笑いするラルフに、ギルベルトが声をかける。


「ラルフ、入ってこい。あんまし外に出てんのも危ねぇぞ」

「了解です」


ラルフはギルベルトたちに続いて小屋に戻り、5人は今後の予定について相談し始めるのだった。



───────

────

──


翌朝、遠征訓練3日目。

外の様子を確認しようと早めに起きたヴェルナーは、吊り布の仕切りの向こうでゴソゴソと物音がしていることに気付く。

まだ眠っているギルベルトたち3人をチラリと確認すると、小声で布の向こうに声をかけた。


「アンナちゃん?大丈夫か?」


その言葉に物音がぴたりと止み、そのすぐ後に小さく仕切り布が開く。


「すみません……うるさかったですかね?」

「大丈夫大丈夫。俺は外の確認しようと思っただけだし、他の皆はまだ寝てるしな」

「あっ……それなんですけど、天気はもう回復したみたいですよ?さっき、ちらっと見てきました」


アンナの返答に、ヴェルナーは少し目を丸くする。


「アンナちゃん、めちゃくちゃ行動早くねーか?」

「だって、ソニアたちのことが心配で……」


俯き気味にそう言うアンナの後ろに、ヴェルナーは目を向けた。

既に彼女の荷物は綺麗にまとめられ、出発準備が整えられている。


(そうだよな。ソニアちゃんの親友なんだもんな……)


そうアンナの心情を察したヴェルナーは、ニッと笑うとアンナと向き直る。


「んじゃ、さっさと3人起こして出発すっか」

「……っ!はい!」


アンナの表情がパッと明るくなり、それを確認したヴェルナーはギルベルトたちを叩き起こす。

5人は揃って再度外の様子を確認すると、素早く朝食を済ませてプレハブ小屋を後にするのだった。

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