曹操帰還
呂布の軍略によって、退却を余儀なくされた曹操は盟友の斎北太守、鮑信の援助を受けて、東郡北部にある清亭城に帰還した。
「将軍。よくぞご無事で、まずはお喜び申し上げます」 荀彧が出迎え恭しく述べる。
「負け戦じゃ。ハハハ、呂布がこれほどまでに軍略に精通しているとはな。全く、甘くみておったわ!」
曹操は高笑いしながら甲冑を脱ぎ捨てる。
この曹操と言う男は絶望の中にいるときこそ明るさを失わない。何度失敗しても常に最善策を見付け、矢継ぎ早に実行していく、この洞察力と実行力、そして絶望を物ともしない楽観性は乱世を生き抜く最大の資質であると荀彧は見ていた。
「曹将軍。所詮、呂布などは乱世に咲いた徒花。ご安心召されませ。私に一計が御座います。」
「なんじゃ?」曹操は興味深そうに荀彧の話に耳を傾ける。
「長安の董卓と一時和睦するのです。そして呂布に謀叛の兆しありと付け加えるならば、董卓は呂布を切り捨てましょう」
「そんなことが出来るだろうか?」
「可能です。実は先日、知己の者から手紙が届いておりまして、董卓が洛陽に火を放ったとのこと。」
「まことか!」
「洛陽は長安と遠征軍とを結ぶ重要拠点。それを破壊すると言うことは、呂布軍の後方支援を放棄したと同じことです。」
「まさにその通りじゃ」
「そもそも漢王朝の後ろ楯が無ければ呂布は軍権を振るうことが出来ませぬ。孤立した呂布軍は、将軍が手を下さずとも、いずれ消滅するでしょう。将軍はその間に、青洲、徐州、冀州、北平、幽州などを併呑していけば宜しかろう。」
曹操は荀彧の見事な見通しに舌を巻いた。
「貴君はまさに我が張子房よ・・しかし、呂布と董卓は義理の親子でもある。そう上手く行くだろうか?」
「お任せ下さい。我が甥に荀攸と言うものが居ます。知恵が働き、弁も立つ男です。彼を使わしましょう」
「宜しく頼む!」曹操は荀彧の両手を握りしめ頭を垂れた。
荀彧が退室すると、曹操は一人呟くように言う。
「・・荀家の八龍とはよく言ったものよ。まこと畏るべきかな。」




