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行軍開始

初平元年10月

連合軍の本拠地である酸棗(さんそう)に向けて行軍が開始された。

呂布は大将軍府の長使である荀爽(じゅんそう)に兵糧の調達と武器、武具の配備を任せ、万全の状態で軍を動かしている。荀爽は極めて有能な男で、若き頃より大儒として名を馳せながらも董卓に厚遇され、司空にまで出世するが、己の思想との矛盾に悩み病に臥せっていた所を呂布に見いだされ、新たな生命を得たとも言える。彼は敵勢力の中心地でもある潁川(えいせん)郡の名士でもあり、豫州では荀爽の影響力は未だに大きく、我が軍の軍略に幅を持たせるはずである。

孫子曰く《城を攻めるは下策、人の心を攻めるは上策》と言う。

盧植と荀爽と言う大名士を大将軍府の幹部に任命した時点で、連合軍に対し、巨大な優位性が生まれたと言えるだろう。

しかし・・


「奉先よ。盧植を軍令違反にかこつけて殺せ」

実を言うと、俺は董卓からこのような密命を受けている。

董卓が己に対立する文官達を呂布軍幹部として採用することを認めたのはこのような裏の事情がある。

遠征中の処刑であれば、董卓への悪名にはならないし、政権の動揺も防げる。まあ李儒辺りが考えた策略であろう。

俺はこれを逆手に取ることで、反董卓の朝臣たちを自軍の幕僚とすることが出来たのだ。

もっとも、董卓の腹心の部下でもある華雄や樊稠も盧植殺害の密命を受けているはずである。

俺が侍従中郎(大将軍秘書官)に任命した張要(ちょうよう)は、古くからの友人であり、人柄が良く全方位に顔が利くので、今のところ董卓派の武将たちを何とか上手く丸め込んでくれてはいるが、限界もあるだろう。

全軍の三分の一は董卓派が握っている。内部対立が先鋭化すれば、軍が崩壊してしまう可能性もある。

「元直殿、如何にしたら良かろうかの」

俺は参軍の陳宮を呼び出し、軍略を練ろうと考えた。

すると陳宮は「連合軍との戦いを通して軍の内部を結束させ、都と距離を置き、独自の王国を建立するのです」と途轍もない策略をぶち上げた。






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