50 サヨナラは言ったはず 前編
……完全に意識が飛んでいた。身体が弾け飛んだと感じた瞬間、意識を失っていた。
そして意識を失っていたんだと認識した事が、彼をしばし安堵させるーー痛い思いをしないで済んだのだと
「ぐあっ! 何で……? 左腕が」
スフィダンテのコクピットで智也が左腕の異変に気付いた。
目を凝らすと、耐Gスーツの肩口から袖口までがバリバリに引き裂かれており、その間から覗く自分の二の腕からおびただしい量の血が滴り落ちているではないか。
「いたたた! これはシャレにならん」
アレスの雷による放電攻撃は終わったのだろう。そして放電の際スフィダンテに起きた短絡による破裂自壊も、修復が終わっているのであろう。
身体が弾け飛ぶ痛みは何とか気絶する事で回避出来たが、何故に自分の左腕が裂けて血がほとばしっているのかが理解出来ない智也。
だが、その疑問を解消しようとしてのんびり思案に暮れる暇は無い。筋肉が裂けているだけなのか骨までイッているのかも分からないほど傷は深く、気楽に耐えられるような痛みではないのだ。
「緊急治療キット、緊急治療キット! 」
身体をひねりシートの裏から緊急治療キットを取り出すも、まともな救急治療措置などレクチャーを受けていない。
傷口の状態を冷静に確認する勇気などある訳が無く、生地がボロボロになった耐Gスーツの肩口から肘にかけて圧迫用テープでぐるぐる巻きにした。
「ポータル、状況を教えろ! レポート! 」
苦悶の表情を浮かべながらモニター画面を凝視する。目の前に広がる光景……ヘラの倉庫内は真っ黒に煤けており、スフィダンテが放った電撃の凄まじさがそこから見て取れる。
『報告、報告! アレスの雷放電完了から四分三十秒経過。短絡による本体被害の修復は完了している』
「俺は何でケガをしている? 血が出てリアルに痛いぞ! 」
『回答、スフィダンテ本体装備ではなく、外部取り付けモニターから引き込み線を通じてコクピット内に電気が流れ込んだ模様。犀潟智也被災の要因と推察する』
ーーなるほど、だから俺も感電したのか
肩口に麻酔注射を打ちながらポータルの報告に耳を傾ける智也だが、その後に続く報告で、自分が気絶している間に戦局が劇的に動いた事に驚き腰を浮かす。
『アレスの雷によりヘラの電気系統は全てブラックアウト、最下層の火薬庫で電気火災が発生して誘爆後に下層壊滅。深海九千メートルクラスの水圧に耐える重力バランスが崩壊し始め、ヘラの各フロアで圧壊が始まっている』
「作戦成功だ! それで……それでエリーズは? 操縦フロアとプレイヤー・ウィールは? 」
『圧壊からすぐに直上水面に緊急浮上したと思われる。今現在、ヘラに対して巡空艦神州および海自と米艦隊の安保条約軍が、無差別飽和攻撃を敢行中』
無差別飽和攻撃とは、時間あたりや一度の攻撃に対して想定された敵の防御能力、それを超える攻撃を加える軍事用語で、短時間の戦力集中を意味する。
神州や護衛艦隊に対して撃ち込まれたり、ミサイル迎撃に射出される巨大水圧弾の数を上回る攻撃を行えば、ヘラ本体に百パーセントの打撃を与えられる事になる。
つまり、スフィダンテの作戦が成功したおかげで、ヘラは巨大な水の塊の水圧に耐えられなくなり、深海から水面へと顔を出した。再び潜って逃げる可能性は薄いと踏んだ神州側が、ここぞとばかりに全面攻撃に出たのだ。
確かに、未だ下層側にいるスフィダンテからでも、ヘラ本体のきしむ悲鳴以外に激しい爆破の衝撃と鈍い音が上から聴こえて来る。
「スフィダンテ……スフィダンテ、上の階に行くぞ! エリーズを助けるんだ! 」
操縦桿を握り立ち上がるスフィダンテ
中央の大きなエレベーターホールに歩みを進めた時、突如ポータルが驚きの報告を智也に告げる。
『報告、報告! リバティ・ギア・ヘラの契約者エリーズ・ド・アレクサンドリーヌ・ブルボンからポータル経由での通信有り! 犀潟智也を呼び出している』
「えっ、回線をオープンにしろ! 」
ーー互いの了承さえあれば、ポータルを使って会話する事も出来るのか
左手の甲にあるスフィダンテの紋章を見つめながら、智也はエリーズの言葉を待つ。
『……トモヤ……君の目の前に重力エレベーターを出す。妾のもとに……来てくれ……力を借りたい……助けて欲しいのだ……』
今にも命の灯火が消えそうな途切れ途切れの声。精一杯振り絞るエリーズのかすれた声が、智也の胸の奥をギュッと締め付ける。
……エリーズ、無事でいてくれ……
彼女を助けたい一心で重力エレベーターの輪に入ったスフィダンテ
ゆっくりと上昇を始めるそのサークルの中で、智也は悲痛な表情を浮かべながら天井を凝視していた。




