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第三十三話 原点回帰

「とりあえず迷宮に行こう」


 少しの間、部屋でくつろいでいた俺たちだったが、暇になってきた。

 召喚した料理で腹も満たされ、馬車での疲れも取れた。

 他にすることもないし、行くしかなかろう。


「待ちなさい。行くなら準備をしないと。武器と防具を整えて、薬草も買わないといけないわね」

「武器か。みんなはどんなのが得意なんだ?」

「私は弓よ。でも矢は不足気味だわ」


 エロンが右手に大弓を召喚し、続けて矢を五本ほど召喚する。

 彼女が戦うところは見たことがないが、遠距離なら安全だろう。


「矢なら、この前の戦争で数万本確保してる。取り出してみるか」

「戦争って……私がいない間に何してたのよ」


 箱に触れ、試しに数十本召喚する。

 すると矢が勢いよく飛び、エレナの横を抜けて壁に突き刺さった。


「は、ハコヤ……?」

「ごっ、ごめん。動いてる矢を収納したからこうなったんだ」

「ごめんじゃないでしょ! 死ぬかと思ったわよ!」


 わざと外したのだが、いたずらが過ぎたようだ。

 エレナに何度も誤った後、壁に刺さった矢を抜く。

 なぜか鉄製の矢筒が都合よく箱に入っていたので、それに入れて渡した。


「エロンは何か使うのか?」

「私は創成魔法〜。壁とか作るの得意だよ〜」


 そう言って彼女が地面に触れると、土の壁が飛び出してきた。

 叩いてみると、まるで岩のように硬い。

 本体の防御力が皆無の俺たちにとって、壁はとても有用だ。

 足止めに使ったりできる上、無詠唱ならさらに応用が効くだろう。


「で、俺は箱だな」

「なんでも収納できる箱よね。私たち、いる意味ないんじゃないの?」

「そ、そんなことないぞ? 俺は奇襲とかに弱いし、収納するだけで敵を倒せるわけじゃない」


 エレナをなんとか納得させる。

 もし迷宮が狭かったら、空から落として潰すといったこともできなくなるからな。

 攻撃、そして防御の手段を持つメンバーがいるだけで心強い。


「何度でもやり直せるんだ。試しに行ってみよう」

「えいえいお〜!」

「大丈夫かしら」


 部屋から出て、すぐ後ろに見える迷宮を見上げる。

 自分たちの小屋を十個縦に重ねたくらいの高さだろうか。

 プリンを少し細くしたような、横に広い石造の建物だ。

 馬車が通れる大きさの入り口が中央にあった。


「誰もいないみたいだな」

「そうね。死んでも生き返るんだし、わざわざ管理する必要がないからかしら」

「楽しみ〜」

「まあ楽しんでもいいけど、本来は命がけの探索なんだ。なるべく気を引き締めて入ろう」

「はーい」


 相変わらず気楽そうなエロンだが、箱があればなんとかなるだろう。

 俺は仲間への被害を最小限にするつもりで、迷宮に足を踏み入れた。



****



 四角い通路が迷路のように入り組む、典型的なダンジョン。

 そこそこ緊張感のある戦いをして、エロンたちに迷宮の怖さを伝えるつもりだった。


「エレナ、外してもいいから慎重に狙うんだ」

「…………」


 目の前にゴブリンが転がっている。

 俺が収納し、天井から落として姿勢を崩させたものだ。

 動こうものなら再び収納し、頭から落とす作業を繰り返す。

 目を回しているゴブリンの横腹を、エレナの矢が突き抜けていった。


「あのねハコヤ……過保護って言葉、知ってる?」

「えっ」


 何も残さず消えて行ったゴブリンを退屈そうな表情で眺めたのち、エレナは俺に問う。

 わかっている、わかってはいるんだ。

 だが、誰よりも愛おしい二人を前にして、どうして心を鬼にすることができようか。


「いやぁ、実はゴブリンに擬態したドラゴンだったら怖いなと思って」

「そんなわけないでしょ……。別に遠くからでも撃てるわよ」

「相手が逆上して、隠し持っていた機関銃をこっちに……いや、なんでもない」

「一度部屋に戻るわよ。その箱を置いてきなさい」

「ええ……? 俺から箱をとったら何も残らないぞ?」


 子供のように駄々をこねてみるが、結局、箱の使用を禁じられた。

 なら俺はどうやって戦えばいいんだ。

 武術の経験なんてないし、魔法も使えない。

 なんの努力もせず、ずっと借り物の力で戦ってきた報いなのか?

 そもそも俺は支援職というか、街や拠点で冒険者をサポートするタイプの人間だ。

 料理以外で役に立てる気がしない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか部屋についていた。

 見れば、楽しそうにしていたエロンも、今は眠そうにあくびをしている。

 罪悪感が身に沁みるが、箱を奪うことは、俺の存在意義を奪うに等しい。

 ……どうしよう。


「ハコヤはどんな武器が得意なのかしら?」

「包丁、おたま、鍋の蓋」

「……本気?」

「ほ、本気本気」


 睨んでくるエレナに怯えていると、彼女は呆れたようにため息をつく。

 こんなことなら剣道でも習っておけばよかった。

 まあ、実戦であまり役に立つ気はしないのだが。


「後衛じゃなくていいの?」

「本当なら後衛がいいけど、何もできないからな。とりあえず前に出て、剣でも振った方がマシだろう」

「戦えるの?」

「うっ……だ、大丈夫。酒場で働いてた時、ずっと包丁で肉を切ってたから」

「迷宮の敵が動かない肉だとでも思ってるのかしら」

「やっぱり俺には箱しかないんだ!」


 絶望のあまり叫んでしまったが、箱なしで生きていける気がしない。

 この段ボール箱のありがたみを思い知ったのはいいが、このままじゃダメだという自覚もある。


「わかった、短剣で頑張ってみよう。時間はあるんだし、今から鍛えても遅くないさ」

「そうね。この中じゃ誰も剣なんて使えないし、やる価値はあると思うわ」

「箱、つまんない〜。仕事欲しいの〜」


 とうとう俺も、箱離れする日が来てしまったのか。

 その前に、箱から二本の剣を取り出す。

 流星の双剣(ツインメテオ)、一対の青い剣である。

 どこかの冒険者が持っていたのを収納して以来、料理包丁として重宝していた。

 軽く振ってみると、ブンと心地よい音がなる。


「厨房で一ヶ月近く使ってたからな。よく手に馴染む」

「ハコヤ、かっこいい〜!」

「とても包丁には見えないけど」


 危ないから、迷宮の外で振るのは控えるべきだろうか。

 うっかり腕を切り落としでもしたら怖い。

 まあ、その時はその時だ、ヒーラーでも探せばいい。


「あとは鎧だな。こんなのとか、こんなのとかしかないんだが」

「トライ公国兵の鎧じゃない……」


 漆黒のフルプレートアーマーを床にドスンと転がす。

 出そうと思えば軽く一万着は出せる。

 金に困ったら売ろうか。


「俺の筋力じゃとても着れないな。多分動けない」

「皮の鎧はどうかしら。軽いから移動が楽だし、敵の攻撃を避けたりもできるわ」

「賛成だが、今のところ持ってないな。エレナとエロンの分も一緒に買いに行くか。向かいに武器屋があった気がする」

「いいわね。お金は私が払うわ」

「ありがとう。ついでに剣の鞘も注文しよう」


 双剣だが、鞘を盗み忘れたようだ。

 エレナに収納してもらってもいいが、すぐに抜けるよう自分が持っていた方がいい。


「ハコヤ〜、私は鎧いらない」

「え、なんで?」

「メイド服があるから〜」

「まあ、エロンがいいならそれでいいか」


 部屋から出て徒歩数秒、剣と盾が並べられた小屋に行き着く。

 自分の小屋と比べて多少豪華で、それなりに広く見えた。

 奥からは金槌の音が聞こえてくるが、誰か鍛治をしているのだろうか。

 俺たちを迎えたのは、背の低い茶髪の少年だった。


「らっしゃせー。客ッスか?」

「そうよ。私と彼に合う、皮の鎧を探しているわ」

「お姉さんは弓使いみたいッスね。胸当てがいいかもしれないッス」

「それもそうね」


 人懐こい少年は壁まで小走りし、床に置いてある胸当てを指差しながら手招きする。

 確かにエレナの場合、弓の弦が胸に当たれば痛いだろうからな。

 ついでに心臓も守れるというわけか。


「これがしっくりくるわ」

「それは4800円ッス。アースドラゴンの皮でできた高級品ッスよ。なんでも土の加護が宿っていて、防御力が上がるとかいう噂ッス」

「安いわね」


 ワニの革製品のような、茶色の胸当てだ。

 見た目はいいのだが、少年の売り文句がすごく胡散臭い。


「これにするわ。次はハコヤの鎧ね」

「なるべく軽いのがいいな。俺、力弱いから」

「お兄さんは剣士ッスか。二刀流は機敏さが重要ッスからね、これなんてどうスか」


 少年は自分の首から何かを外し、こちらに渡してくる。

 円形の首飾りで、七つの宝石が等間隔で嵌められていた。


「バリアタリスマン、父ちゃんが冒険者の頃に使ってたらしい魔道具ッス。致命傷を七回まで防いでくれるみたいッスよ。バリアが発動するたびに宝石が一つずつ割れていくんスけど、一時間につき一個、元に戻るッス」

「父ちゃん? そんな大切なもの、俺に売っていいのか?」

「いいッスよ。父ちゃんも、人に使ってもらった方が道具も喜ぶだろうって言ってたッス」

「そうか……なら買おうかな」


 要するに、即死するような攻撃を七回受けても大丈夫というわけか。

 これがあれば、どんな奇襲も即死トラップも、七回まで安全が保障されるということだ。

 普通は死んだらそこで終わりのはずが、残機七つで挑戦できるのだ。

 ……これ、ぶっ壊れ性能じゃないのか?


「いくらだ?」

「1億円くらいッスかね」

「買わせる気ないだろ」


 本当に効果があるのか不安になってきたが、もし嘘なら店に殴り込みに行けばいい。

 エレナに目配せすると、彼女は冒険者カードをひらひらと揺らし、残念そうに首を振る。

 公女の私財をもってしても足りない金額なのか。


「今は9000万円しか持ち合わせていないわ」

「君も大概だな……」


 エレナの冒険者カードがブラックカードに見えてきた。

 まあ、お金が足りないなら物々交換といこうか。


「ちょっと外までついてきてくれ。金の代わりになるものがある」

「いいッスよ。鑑定スキル持ってるんで、自分の目は誤魔化せないッスよ」


 本物だと証明してくれるなら好都合だ。

 箱を取りに部屋まで戻り、丁度いいスペースを探す。

 目当てのものを召喚すると、地面に複数の影がさした。



 ドゴォォォォォ!


「エメラ魔水晶、合計約2000キロだ」

「な……まじッスか……」


 いつの日か収納した峡谷から採掘した、エメラ魔水晶。

 その緑色の水晶は、武器や防具を作るのにはもってこいだ。

 実はそこそこ希少な金属らしく、中級から上級の冒険者たちも愛用している。

 この量なら、鍛治師にとって垂涎モノだろう。


「なんじゃ今の音は! 隕石か⁉︎」

「と、父ちゃん!」


 武器屋から金槌片手に飛び出してきたのは、屈強な中年の男。

 前に広がる光景を見た途端、目の色を変える。


「エメラ魔水晶、それもかなり高純度のものじゃ……! そこにある塊を売るだけでも、人が一生遊んで暮らせるくらいの価値があるの」

「すごいッスね……本物ッス……」


 水晶に触れた男と少年が深々と頷く。

 やはり価値のあるものだったらしいが、俺にとっては無用の長物だ。

 頭上に召喚して敵を潰すくらいの用度しか思いつかないからな。


「これを持ってきたのは誰じゃ?」

「俺だ。彼のペンダントと交換できたらと思ってな。全部合わせて1億円くらいの価値があるといいが」

「お釣りがくるぐらいじゃよ! 頼むから譲ってくれんか! なんなら店のもんを全部タダで持って行ってもいいぞ!」

「契約成立だ」

「うほぉぉぉぉぉっ! 感謝するぞ少年!」


 俺たちはがっしりと握手を交わし、差し出されたペンダントを首にかける。

 父ちゃんといえば雄叫びと共に、ものすごい筋力で水晶を持ち上げていた。

 一つ500kgくらいあるはずなのだが、さすがは元冒険者だ。


 そのあと俺は双剣の鞘を注文した。

 二日もすれば完成するということなので、ひとまず替えの剣を用意する。


「行くか」

「そうね」

「おー!」


 例えるなら、RPGの『ゲームスタート』を押す気分だろうか。

 箱を手放し、剣を装備して初めて、迷宮の入り口に立てた気がした。

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