第三十四話 虎視眈々
第一層。
曲がり角のせいで死角が多く、迷いやすい層。
壁の松明が通路を薄く照らし、遠くにある二つの敵影を暴く。
大きさからして、おそらくゴブリンだろう。
「気をつけろ、ゴブリ――」
俺の言葉を遮るように二本の矢が飛び、暗がりから悲鳴が聞こえてくる。
エレナが射たゴブリンが即死したのは、これで十回目だ。
「あの、エレナ……」
「これで私の気持ちがわかったでしょう?」
「謝るから。謝るから勘弁してくれ」
まだ前回の探索を根に持っているらしい。
俺の出る幕もなく、百発百中で穿たれた魔物が片っ端から消えていく。
少なくとも死角の少ない直線上では、魔物に勝ち目はないだろう。
「エレナ、大人気ない〜」
「うっ、は、ハコヤが悪いのよ。次からは譲ってあげるわ」
「やった〜」
容姿が子供に近いためか、誰もエロンには敵わないらしい。
渋々と了承したエレナに、俺は心の中でガッツポーズを取る。
一分も経たないうちに次の敵が現れた。
最弱の魔物、スライム――別称、巨大わらび餅。
「私がやっていい?」
「いいわよ」
「行くね〜。ウォールスマッシュ!」
エロンが通路の側面に触れ、無詠唱に近い魔法を唱える。
数メートル先に魔法陣が出現し、土の壁が左から飛び出した。
ドゴンッ!
通路を塞ぐように発射された壁は、反対側の壁に激突してすごい音を立てた。
プチッという、気泡緩衝材を潰した時に出るような音が聞こえた気がした。
「えげつないわね……」
「これが本当の壁ドン……」
「えへへ〜、すごいでしょ〜」
エロンが味方で助かった。
不意打ちでもされれば、箱があっても対処しきれないだろう。
ドライアドはなるべく敵に回さないでおこう。
「でもエロン、道が塞がったんだが」
「戻すね〜」
再びエロンが通路に触れると、壁がするりと引っ込んだ。
なんというか、戦術の幅がものすごく広がる能力だな。
「よーし、次は俺の番だ」
「大丈夫なのかしら」
「弱い敵なら大丈夫だろ」
「ハコヤ、がんば〜」
RPGを初めてプレイするとき、序盤の雑魚敵とハラハラした戦闘が味わえる。
レベルが上がればただの作業になるので、楽しめるのは今のうちだ。
「ギィィィ!」
「うおっ」
ニヤニヤしながら曲がり角を曲がると、いきなりゴブリンが襲いかかってきた。
俺は即座に抜刀し、振り下ろされた棍棒を受け止める。
すごく、ドキドキした。
「ちょっ、ハコヤ⁉︎」
「大丈夫だ、勝てない相手じゃない」
一旦距離を取り、剣を構える。
この剣の名はエメラソード、青緑色の鋭い片手剣だ。
長めの包丁だと思って使えば、なんとか扱える気がする。
「ギシャッ!」
「甘い」
ゴブリンの突進をバックステップで回避する。
相手が体勢を崩したところで背後に回り、背中に剣を突き刺そうと振りかざす。
が、ゴブリンはすでに向き直っており、棍棒で防がれた。
回り込むのに時間を取り過ぎてしまったか。
「ギルゥゥ……」
「ふっ、やるじゃないか。仕方ない、これを使おう」
「ギッ……?」
俺は片手剣を両手でしっかりと持ち、ゴブリンを鋭く見据える。
その変化に、相手も明らかに戸惑っているようだ。
「今頃気づいたか。俺はずっと片手で戦ってたんだよ。手加減していたんだ」
「ゴブリンも片手で戦ってるわよ」
「パワーが二倍になった俺の斬撃を受けてみろ」
「ギィィ」
棍棒と剣が交差し、共に弾かれる。
そこで止まる俺ではない。
相手に攻撃の隙を与えないよう、連続で棍棒に斬りかかる。
「ガギィィィ!」
「どうした、そろそろ息が上がって来たか。はぁはぁ」
かれこれ十回叩きつけたはずだが、なかなかしぶとい。
やはり剣は、打撃よりも斬撃のためにデザインされた武器。
肉の部分を斬ることで、初めて真価を発揮するのだ。
「まずは足……いや、手首が効率的か」
剣道でいう小手。
棍棒をかわしざま、相手の左手首を素早く切り落とす。
「ギィィイッ⁉︎」
切り口から粒子のようなものが溢れ出し、ゴブリンが苦痛に顔を歪める。
間髪を入れず、俺は最速の一撃を繰り出した。
「突き!」
「グギィ……!」
心臓部を貫き、ひねってから剣を抜く。
ゴブリンはその場に崩れ落ち、やがて棍棒を残して消滅した。
「悪く思うなよ、これが戦いなんだ。君のことは忘れない」
俺は棍棒を拾い、しんみりとした気持ちになる。
箱がないと収納できないので、再び床に捨てた。
額の汗を拭ってエレナたちの方を見ると、すごく白けた空気だった。
「ゴブリン相手に何やってるのよ」
「ハコヤ弱い〜」
「初戦闘だから仕方ないだろ。この剣、なんか使いにくいし」
やはり使い慣れた双剣が恋しい。
包丁とは程遠い形をした片手剣を見てつくづく思う。
「でも、もう慣れた。次からは真っ先に急所を狙う」
「だといいわね。期待しておくわ」
「期待してないだろ……」
気を取り直して歩き始める。
曲がり角で警戒を強めることで、なるべく奇襲を減らす。
スライムを蹴散らつつ、順調に迷宮を進んでいった。
小一時間ほどして、休憩を取る。
「ね〜。また迷った〜?」
「しっかりしなさいよハコヤ。もう二回も入り口まで戻ってるわよ。二度あることは三度あるというけど、なければいいわね」
壁にもたれる二人が俺に責めるような視線を向ける。
自分は方向音痴ではないはずなのだが。
「不吉なこと言うなよ……。やっぱり左に曲がるべきだったか」
第一層の大きさは知らないが、スタート地点に戻ってしまうとは思わなかった。
地図なんてないし、ひたすら歩くしかない。
「まあ、戦闘には慣れてきたし、いいんじゃないか?」
「慣れたには慣れたけど、歯ごたえがないのよね」
「物足りないよね〜」
これまでに遭遇した魔物はスライムとゴブリンのみ。
全員で戦うと、かえって効率が落ちるので、ローテーションで一人ずつ戦っている。
大体は一瞬で決着がつき、俺が時々ゴブリンに手こずるくらいか。
それでも十秒以内に終わり、初戦の高揚感を得ることは二度となかった。
先手必勝で、とりあえず剣を突き刺せば勝てる相手なのだ。
「もう少し迷宮について調べればよかったな。入り口の掲示板とかもスルーしちゃったし」
「さっと目を通したけど、大した情報は載ってなかったわ」
「他の生徒、いないのかな〜」
「そうね、とっくに次の階層に進んだのではないかしら」
一時間も迷うのは俺たちくらいってことか。
それとも、迷宮に住み込みで攻略しているのだろうか。
「まあ、俺が知っていることを説明しよう。迷宮は複数の層、つまりフロアで構成されており、このA級迷宮なら、第一層から第五層まであるらしい。奥に行くほど難しくなり、上下の階層は階段で繋がっていることが多いそうだ」
「はいはい質問〜。帰るときはどうするの?」
「普通に来た道を引き返すこともできるが、各フロアのどこかにある帰還魔法陣に乗れば、一瞬で入り口に戻ることができる」
「じゃあ行きは毎回初めからってこと〜?」
「そういうことだ」
とはいえ、帰還魔法陣があるだけでヌルゲーだろう。
死んだら人生終わりの迷宮で、往復をせずに済むということは、リスクが半分になるということだ。
A区画なら死んで帰ればいい話だが、それでは訓練にならない。
「なら、第五層まで踏破すれば攻略ということ?」
「具体的には、最下層のボスを倒せば攻略完了って感じか。もし上に登るなら最上層だ」
「報酬はあるわよね」
「さあ……。ボスのドロップアイテムは高く売れるそうだし、宝箱とかもあるかもな」
「A区画の迷宮は、命の保証がある代わりにドロップ率が激減するって言ってなかったかしら?」
「……ゼロじゃないだけありがたく思おうか」
誤魔化すように立ち上がり、探索を再開する。
が、エレナに引き止められた。
「ど、どうしたんだ?」
「そっちは来た道でしょ」
「あ、ああ、そうだっけ」
危ない危ない、また入り口に戻るところだった。
向きを変えて進み直す。
すぐに通路が分岐したので、右に進む。
なのに二人は左に進んだ。
失敬な。
悔しいことに、通路の雰囲気が変わった。
今までに来たことのない場所、つまりゴールに近いのかもしれない。
壁や床から人口っぽさが減って行き、洞窟のような場所になりつつある。
松明は相変わらず通路を照らし続けていた。
「ん? 奥に何かいるな」
少し先にひらけた空間があり、中央に黒い犬が座っていた。
それほど強くなさそうで、日本のペットショップにいてもおかしくない大きさだ。
「ダークリボルバーよ。A級魔物の中では――」
「レトリバーじゃない?」
「……こほん、ダークレトリバーよ。A級魔物の中では上位に君臨し、一匹でゴブリン三匹分の戦闘力を誇るわ。攻撃力は低いけど、足が速いから軽装備の冒険者にとって天敵ね」
ゴブリン三匹か。
上位とか君臨とか言ってるけど、要するにゴブリン三匹の弱さだろう。
そこそこ珍しく、毛皮がそこそこ売れると魔物図鑑で読んだことがある。
「誰が戦おうか」
「ハコヤでいいんじゃないかしら。私もエロンも遠距離攻撃だから、ゴブリンを倒すのと変わらないのよ」
「わかった」
確かにいい経験になりそうだ。
基本は剣で受け止め、なるべく攻撃を受けないように立ち回ろう。
噛み付かれて狂犬病にでもなったら目も当てられないからな。
「アオーン!」
「げっ、気づかれた」
犬の耳に忍び足は効果がなかったらしく、相手は戦闘態勢に入る。
こちらも剣を構え、相手よりも先に駆け出す。
「突き!」
真っ正面から剣を突き出す。
が、ダークレトリバーは横に飛んだ。
渾身の一撃をいとも簡単にかわされ、俺はカウンターに対処するので精一杯だった。
顔面まで迫った犬は、とっさに横に構えた剣に噛み付く。
その獰猛な気迫に、俺は冷や汗を流しながらもなんとか振り落とす。
「ガルルル!」
「くっ……」
相手は俺と同じ速攻型だろう。
とにかく相手より先に致命傷を与えることを考えるため、反射神経が勝敗を決める。
幸い、この世界に来て筋力や動体視力などが上昇している気がする。
プレイヤースキル皆無の人がレベルでごり押ししていると考えればしっくり来た。
「ハコヤ、大丈夫かしら?」
「まだいけるっ」
後ろから聞こえて来たエレナの声に返答する。
話す余裕があるうちは大丈夫だろう。
ダークレトリバーから目を離さないまま、攻撃の機会を伺う。
相手はおそらく防御力が低く、ゴブリンのように武器も身につけていない。
回避に特化した敵には、点攻撃の刺突より線攻撃の斬撃の方が有効だろう。
「ここだ!」
「ガルッ⁉︎」
片手剣のリーチの長さを利用し、相手の牙を牽制するように、隙の少ない斬撃を数度繰り出す。
突きと比べて威力は落ちるものの、剣先が確実にダークレトリバーを捉え始めた。
不意打ちさえ注意すれば、それほど苦労する相手ではないはずだ。
ダークレトリバーは剣を警戒してか、攻撃の頻度を緩める。
カウンターを狙いに来たのかもしれない。
「小賢しい。が、その手には乗らない」
腕を伸ばし、剣先を相手の目前にちらつかせる。
刃は鋭く、小振りでも傷を負わせることができると踏んでの作戦。
豪快に振ろうものなら相手の思う壺だ。
ここは確実に仕留めることを考えないと。
しびれを切らしたのか、ダークレトリバーが剣を避けるように跳ねて飛びかかって来た。
どうする。
無理やり攻撃するべきか?
堅実に防御でいくべきか?
――その一瞬の逡巡が仇となった。
「ぐっ!」
体当たりを受け、よろめきながら後ずさる。
それでも敵から目を離さない。
すぐさま追撃にかかろうとするダークレトリバー。
跳んだ瞬間を見計らい、両手で剣を前に構える。
ほんの一瞬で照準を合わせ、踏ん張った。
「ガル……⁉︎」
大きく開いた相手の口が剣先を飲み込む。
空中にいたダークレトリバーは避けることもできず、そのまま突っ込んでくる。
剣先が脊髄を貫いて突き出ると同時、魔物の牙は俺の手に触れるギリギリのところで止まった。
魔物は風に吹かれた霧のように消散し、剣にかかっていた重みが嘘のように消えた。
「か、勝った……」
俺は剣を下ろし、膝をついてため息を漏らす。
「ハコヤ〜、おめでとう〜」
「少しヒヤリとさせられたわ。心配させないでほしいわね」
後ろからエレナとエロンが駆け寄ってきた。
さらに心の緊張が解けた気がする。
「ふぅ、俺にしてはよくやったと思うな」
「少なくとも、なんの修練も積んでない人が倒せるような相手ではないわね」
「ハコヤはもっと強くなるよ〜」
「そうだな。もっと経験を積みたい」
戦いの高揚感、そして緊張感。
好んで感じたいわけでもないが、嫌いじゃない。
そんなことを思いながら奥に進もうとしたその時、エロンに腕を引っ張られた。
「どうしたんだ?」
「あのね、魔力が揺れてるの。気をつけて」
いつになく真剣な表情を浮かべているエロンに、俺はゴクリと唾を飲む。
やがて、目の前に粒子のようなものが現れ始める。
まるでホタルの群れを見ているようだ。
「聞いたことがあるわ。魔物が生まれる瞬間、空気中の魔力が可視化されるって」
「ってことは、また魔物が?」
「そうなるわね。でも、少し大きすぎないかしら……」
「え……」
粒子が密集していき、自分の背丈以上の大きさの何かをかたどる。
光が収まり、現れたのは黒い魔物。
「グシュゥゥゥ……」
その規格外の牙が並ぶ口元から、白い煙が漏れ出す。
野生の狼を五倍大きく、十倍凶暴にしたような存在。
――C級魔物、ブレイズウルフ。




