第三十二話 一件落着
それは連休初日の朝、学園の授業から解放されて散歩していた頃。
少年の前で何かが飛び立ち、彼の青い髪が震える。
「人が……飛んでる……」
思わず声をこぼしてしまう少年。
目を細めて観察すると、先頭にいる少女には見覚えがあった。
ミリー・ブラックネル、先代都市長の娘にして、加速魔法の天才。
若いながらも、学園では一、二を争う実力者。
方向からして、学園に向かっているようである。
休みだというのに、迷宮で鍛錬するつもりなのだうか。
「やれやれ、僕も負けてられないね」
「えー。お兄ちゃん、魚釣り行くのやめるのー?」
少年の裾を握っていた妹が、残念そうに兄を見上げる。
「うん、約束破っちゃってごめん。この竿よろしく」
「はいは〜い。お兄ちゃんかっこいいよ〜」
「ありがとう。この休みに猛特訓して、もう誰にも落ちこぼれなんて言われなくなってみせるさ」
「ってお兄ちゃん、毎日が猛特訓見たいじゃん。寝る間も惜しんで魔法の鍛錬してるのに」
「なんの成果もないんだよね……。でも、僕は両親の思いを引き継ぎたいんだ。諦めず、試し続けることに意味がある」
「頭いいんだし、学者を目指したり、弟子でも作ればいいのに。はっきり言ってお兄ちゃん、魔法の才能ないよ」
「妹よ、僕の弟子として毎晩寝ずに鍛錬してくれるかい?」
「い、いってらっしゃ〜い。私は養殖池で魚釣ってくるね」
「頼むよ。給食がない今、昼飯と夕飯は君にかかっているんだ」
「兄さんも迷宮で稼いでくればいいのに」
「入学費の借金を返済するので精一杯なんだよ。敵も強くて倒せないし」
「お兄ちゃんが弱いだけでしょ。ま、頑張ってね」
「頑張るよ」
少し変化の加わった、いつものやり取りを終えた少年は、妹と別れて学園に向かう。
その瞳には、燃え尽きることのない気概が宿っていた。
****
俺たちが着陸したのは、校門らしき場所の前。
後ろの二人は、立つことすらままならぬほど目を回していた。
エロンに至っては、尻餅をつきながら泡を吹いている。
「空の旅はいかがでして?」
「まるで鳥になったような気分だった。貴重な体験だな」
「死ぬかと思ったわよ!」
「あれぇ、ここは天国ですかぁ〜?」
多種多様な返答に苦笑いを浮かべていたミリーさんだが、なぜか突然、青ざめた顔をする。
「こらーっ! ミリー、周りの人の迷惑になるから飛んじゃダメって、何度言ったらわかるのっ!」
声が聞こえてきた方を向くと、理由はすぐにわかった。
門から駆け寄ってきたのは、尖った耳を持つ白髪の幼女。
彼女はおそらく、成長が遅いハーフエルフで、見た目より長い年月を生きているのだろう。
てかなんでジャージ着てんだよ。
ぶかぶかだし。
「う、わたくしとしたことが。休みだと知って浮かれていたのかもしれませんわ」
「まったくっ。誰かが魔族と勘違いしたら大変なことになるから、街中で飛ぶのはやめなさいっ」
生活指導か何かだろうか。
休日も門番の仕事とは、お勤めご苦労様である。
にしても、よく弾む声だ。
「おやっ? その三人は誰かなっ?」
「新入生だそうですわ」
「連休初日ピッタリに入学とは珍しいねっ」
エルフ幼女は俺のことを興味深そうに見つめる。
いや、俺じゃなくて俺の段ボール箱だった。
これは渡せないな。
「まあいいねっ。ミリー、受付まで案内してあげてっ」
「このミリー・ブラックネル、しかと承りましたわ」
「歩いてねっ」
「も、もう飛びませんわよ」
ミリーさんは見るからにがっかりしていた。
どうやら飛ぶ気満々だったらしい。
なんにせよ、俺たちはミリーさんについていくだけだ。
「学園長、珍しく嬉しそうでしたわね」
「あの人、学園長だったのか。連休だからじゃないか?」
「いえ、こういう時は決まって物騒なことが起きますの。以前は古代竜の襲来でしたわね」
「聞かなかったことにしよう」
そんな話を交わしながら、学園を観察する。
年季の入った石造りの校舎と、草木と花々に囲まれた噴水。
青空を小さな鳥がゆっくりと横切り、次第に大きくなってゆく。
嫌な予感がしたので、きっちり収納しておいた。
『古代竜パストエンプレス×1』
俺は胸いっぱい新鮮な空気を吸い、 天を仰ぐ。
……今日もいい天気だな。
****
「ははーっ。トライ公国の使者から話は伺っております。エレナ様とハコヤ様でいらっしゃいますね?」
建物に入るなり、受付係の男性が土下座で出迎えてくれた。
相手に最大の敬意を示す、世界共通の身体言語である。
「ロゴス先生、どうしましたの?」
「ミリー! この方はトライ公国の公女様なんですよ、無礼を働けば首が飛びます!」
「し、知りませんでしたわ! これまでの非礼をお許しくださいませ!」
その反応を見て、エレナは困った顔をする。
「別に無礼も何も、大げさに対応される方が無礼に思えるわ。もっと普通に接してほしいのだけれど」
「あっそう。なら普通に対応させてもらうぜ」
「ロゴス先生ッ!」
頭のネジがぶっ飛んだ先生だな。
振り回されているミリーさんが気の毒に思えてくる。
「入学費は全額払われてるし、貴重な魔道具まで提供してもらったからな。もう一人いる見たいだが、お前らの連れなら問題ねぇ。ミリー、寮に案内してやれ。これが部屋の鍵だ」
「わかりましたわ。もしトライ公国の兵士がおいでになられましたら、真っ先に先生の首を突き出しますので、そのつもりで」
「うっ、お前は相変わらず冗談きついぜ。まあ、この学園は生徒の自主性を育むことを理念としてんだ。一瞬の判断が命取りになる迷宮で、他人の指示なしに動けないやつは生きていけねぇからな」
「聞こえはいいですが、あなたは働きたくないだですわよね」
「おいおい、働いたら負け……いっ、いやぁ、俺はいつも真面目に働いてるぜ? なんせ給料もらってんだからな、昼寝とかするわけねーだろ」
「ええ、存じておりますわ。あとで学園長に告げ口させてもらいますの」
「やべっ、ミリィィィ! 待て、誤解だ、話を聞いてくれ!」
こいつ、俺をこのまま大人にして堕落させたような人間だな。
思わず自分の姿を重ね合わせてしまった。
「皆様、何をなさっておられるのです? 寮はこちらですわよ」
「お、おう」「え、ええ」「は〜い」
かなりアバウトな入学手続きを終え、俺は拍子抜けしたままミリーさんに続く。
てっきり入学試験とか、そういうのがあるのかと思ったのだが。
校舎から出ると、ミリーさんは高い塔のある方角に向かった。
やはり休日であるためか、人が少ない。
なかなかのピクニック日和だというのに。
迷宮に潜っているか、実家に帰っているかのどちらかだろう。
しばらくすると、迷宮のそばに複数の丸太小屋が建っていた。
ミリーさんは迷宮入り口のすぐ隣にある小屋の鍵を開け、中を紹介する。
「ここが迷宮に最も近い部屋になりますわ。最低限の家具は置いてありますけど、他に必要なものがあれば、近くにある家具屋でお買い求めくださいませ」
「ベットが二つ、衣装棚が一つ、ランプが一つ、台所付きってところか。トイレはないのか?」
「用を足す際は、迷宮でお願いしますわ」
「……わかった」
大丈夫だ、慣れている。
旅をするときは誰だってそうだし、俺は即席のトイレを作れるので問題ない。
家具も、これまで盗……収納してきたものがたくさんあるが、必須というわけじゃないしな。
「ご飯は、迷宮から拾ってくればいいのか?」
「それも可能ですけれど、近くに『ファイナルファストフード』という料理店がありますの。寮の生徒は無料で食べれるので、一度訪れてみるといいですわ」
箱の中に食料はあるのだが、いつまで持つかわからないし、店の名前も気になる。
いずれ味見に向かうとしよう。
「他に質問はありまして?」
「えっと、たくさんあるんだが。そもそも、学園では何をすればいいんだ?」
「ご自由に。自主性を育むため、あえて何も言いませんわ」
「君もかよ……」
「さて、わたくすは迷宮で鍛錬しなければなりませんわ。では、ハコヤ、エレナ、エロン、楽しい学園生活を!」
引き止める暇も、礼を言う暇もなく、ミリーさんは部屋から飛び出していった。
取り残された俺は、二人に向き直る。
そろそろ仲直りした方が良いだろう。
話を切り出すタイミングを見計らい、口を開く。
「「あ、あのっ!」」
エレナと声が重なる。
「いや、先に話してくれ」
「あ、あなたこそ、何か言いたいことがあるんじゃない?」
「まあ、そうなんだが」
迷っている場合ではない。
俺は腹を決めて真剣に向き合うことにした。
「エレナ、君への気持ちは何があっても変わらない。こんな俺でもよければ、いや、こんな俺だからこそ一緒にいて欲しい」
「私も大人気なかったわ、ごめんなさい。こんな欲深い女、あなたにはふさわしくないかもしれないわね」
「そんなことっ……!」
「大丈夫よハコヤ、この指輪にかけて、無理やりでもあなたを振り向かせてあげる。友人からやり直しよ」
「エレナ……」
まったく、俺にはもったいないくらいの美少女だ。
俺は左手の薬指についてある金色の指輪に触れる。
いつの間にかついていた、婚約指輪のようなもの。
エレナとお揃いだ。
「あの〜」
「ど、どうしたエロン?」
「どうしたじゃないよ〜。私はどうなるの〜?」
エロンはドライアドの亜種らしいが、胸を除けば見た目は幼い。
妹のように接してきたつもりだが、向こうは真剣らしいのだ。
それでエレナと対立し、ここに至るというわけである。
やはり俺はエレナ一筋なのだ。
ん? いや、ミリーさんはノーカウントだって。
「エロン、俺は君が思うほど立派な人間じゃない。あと五年もすれば幻滅するはずだ」
「そんなこと言わないでよ〜」
「……それでも俺のことを想い続けてくれたなら、その、まあ、あれだ。よろしく」
「やっぱりハコヤくん、大好きー!」
「うおっ」
突然抱きつかれ、俺は戸惑う。
やはりエロンのことも好きだし、こんないたいけな少女を誰が拒めるだろうか。
恐る恐るエレナの方に目を向けると、彼女は溜息を吐きながらも笑っていた。
「でもエロンちゃん、そろそろ離れなさい」
「むー、エレナは私のライバル。でも、友達〜」
渋々離れたエロンを見て、俺は一安心する。
一件落着、といったところか。




