第二十八話 自軍無双
ギルド内は慌ただしく、そしてどんよりとしていた。
ようやく魔物の侵略を乗り切って祝杯をあげていたところに、この知らせだ。
疲労しきっていた都市側にとって、泣きっ面に蜂とはまさにこのことだろう。
トライ公国、それはガドン迷宮都市連合の二倍の国土を誇る豊かな国。
大公が国を治めているようだが、進軍はそいつの指示かもしれない。
攻めてくるなら容赦しないが、エレナは大丈夫だろうか。
きっと彼女にも事情があるのだろうし、直接聞きに行きたいところだな。
「ーーで、C区画には八万ほどの兵が迫ってきている模様です。交戦は昼頃になると思うので、それまで罠や物資の準備は済ませておきましょう。結果次第では他の区画に援軍として向かってもらうので、油断のないようお願いします」
ギルド内で、一人の受付嬢が作戦の説明をしている。
それを聞いているのは、防衛軍の隊長格や、高ランクの冒険者が多数。
俺は酒場の隅で、エロンと一緒に耳を傾けていた。
トライ公国に近いのはB、D、E区画だが、
それらを避けてC区画に向かってくる軍勢がいるらしい。
C区画は新魔帝国からくる魔物に備え、防衛兵が多めに配備されているので、
そこを叩いて他の区画に援軍に行かせない、ということだろうか。
「では皆さん、作戦開始です。なるべく敵は殺さないように。健闘を祈ります」
説明を終えた受付嬢の言葉に頷いた人々は、各自それぞれ行動に移る。
俺もこの都市、C区画に恩がある。
八万もの兵。普通なら絶望的だろう。
でも俺は、身命を賭して戦うつもりだ。
全員の身ぐるみを剥ぎ、武器と鎧が1セット五万円だとすると……四十億円、ふへへへ。
「ハコヤー、悪い顔してる」
「え? な、なんのことだろう、はは……」
ふくれっ面をしながら『じとー』と見てくるエロンに、俺はぎこちなく笑って顔をそらす。
こうしてみると、俺も感情豊かになったよなぁ。
戦を前にして緊張感が全くない俺だが、開けた平地において『箱』に敵う者はいない。
どんな奇襲も、目に見えてさえいれば意味をなさない。
どんな陣形も戦術も聞かない、まさに『最強の箱』。
ついでに公国に潜入し、貴族を人質にして大量の身代金をーー
「ハコヤー! めー!」
「じ、冗談だよ」
手を交差させてバツ印を作る少女を見て、さすがに罪悪感を感じた。
何が起こるかわからないし、とにかく都市を守ることを優先すべきだろう。
受付嬢に敵軍の情報を聞いたりして、俺は戦いに備えた。
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そして昼、退魔門とはまた別の門にて。
草原の上を歩いている蟻のような軍隊は、トライ公国より参られし八万の軍勢。
漆黒の鎧で全身を覆った兵は、ハルバードと呼ばれる槍と斧を合わせたような武器を所持している。
対して、こちらは防衛軍と冒険者の寄せ集めが一万人ほど。
数では圧倒的に不利であり、使える戦術も少ないだろう。
捨て身の特攻などもってのほかだ。
しかし、それでも皆が希望を捨てていないのは、高ランク冒険者の存在があってこそ。
迷宮で何度も修羅場を体験し、これでもかと鍛え上げられた数十人は、
一騎当千の実力を備えていると言っても誇張ではない。
進軍による足音の揺れが伝わってくるようになった時、敵軍がピタリと停止する。
見たところ数は減っていないので、罠はあまり役に立たなかったようだ。
手前の数十列は重装歩兵、後続には軽歩兵や弓兵が大半を占めている。
「カタパルト部隊、用意! 発射!」
こちらの隊長の合図により、重い矢が兵器によって放たれる。
敵兵の鎧に当たったものの、ぶあつい装甲を貫くには至らなかったようだ。
「矢が来るぞ! 全軍防御!」
誰かが叫んだ通り、遠くで弓を構えていた敵の弓兵部隊が一斉射撃を行う。
矢が雨のような密度で降ってくるのを見て、盾を構えたり、武器を構えたり、
事前に設置されていた小さな防壁に隠れたりする兵たち。
そして俺は、前線の隅っこで……
「収納」
ボソッと呟いた直後、幾千幾万もの矢は一瞬にして消える。
防御側は不思議そうな顔をしていたが、敵軍は明らかに動揺していた。
そんなはずはと矢が何度も放たれるが、結果は同じ。
どうやら矢が底を尽きたようで、射撃が止まった。
そして俺の箱には、一生かかって使い切れるかどうかという量の矢が収納されていた。
それも、慣性が保存された状態で。
「なんか知らんが、敵の弓兵は調子が悪いようだ! 歩兵部隊、突撃ィィ!」
敵軍が戸惑っている隙に、自軍がすごい勢いで走りだす。
切り込み隊長として、高ランクの冒険者たちが最前線を独走している。
とは言っても、あれは無謀な突撃ではない。
常人離れした実力があるからこそ、とれる選択なのだ。
例えば、J級冒険者のマレット。
召喚された超重量の馬鹿でかいハンマーを手に、敵軍を吹き飛ばす。
一振りと同時にここまで響く金属音が鳴り、弾かれた数十の重装歩兵同士が激突する。
ゆうに200キログラムは超えるであろう鎧をまとった兵が飛ぶのを見て、敵軍はますます混乱した。
それらを避けて側面から攻め入ろうと回り込む部隊は、俺が『待ってました』とばかりに立ちふさがる。
周囲の仲間が怯えるのをよそに、前に出た俺が浅い溝を掘った。
足元が兜で死角になっていた重装歩兵は、突然足場がずれたために転倒する。
後ろにいた兵も巻き添えになり、面白いように衝突する。
なんとか起き上がり、進軍を開始した兵だったが、前面に立つ俺を見て、一人の兵が前に出た。
「我が名はエトス! トライ公国第十八部隊率いる『鉄壁のエトス』である!」
「俺は……ガドン都市連合C区画第四十八部隊に配属されし二等兵、『消滅のハコヤ』だ」
何言ってんだ俺ぇぇぇ……。
すらりと出てきた謎の肩書きを口走ってしまったが、手遅れだ。
二等兵と聞いて沈黙する敵将エトスだったが、やがて斧槍をこちらに向ける。
「いざ、尋常に勝負! ハァァァ!」
「収納」
「へ?」
振り下ろされたハルバードが消え、エトスは空振りした。
武器が消えたことにより、彼は間抜けな声を出す。
兜の下で慌てている表情が簡単に想像できるような反応だ。
「な、何を……」
「収納」
「きゃっ」
鎧と服を剥いで下着姿にすると……そいつは女だった。
俺は目を疑ったが、硬直していると平手打ちを食らわされた。
「ひ、卑怯者! こっち見るなぁ!」
「す、すまない」
地面でうずくまっている敵将を見て、俺は放置することにした。
他の重装歩兵の鎧を剥ぎ取っていき、部隊を丸ごと無力化する。
「俺の鎧がぁぁぁ!」「逃げろぉぉぉ!」「部隊撤退!」「母ちゃぁぁぁん!」
丸腰で素っ裸になった敵兵は、我に返ったように逃げ出した。
その場に取り残されたのは、エトスただ一人。
「君は逃げないのか?」
「何を言う。敵に捕まった女兵士は辱めを受けるのがお約束だろう。さあ、早く私をめちゃくちゃにーー」
「なら放置プレイだ」
「……そ、それはそれでアリだな」
関わりたくなかったので、無視して前線に進む。
どうやらこちらが優勢らしく、重装歩兵も半数以上が無力化されている。
しばらくすると、兵たちが動きを止め、将軍らしき人物が前に出た。
金色の鎧で身を固め、身の丈を優に超える大きさの斧を持っている。
「私はトライ公国『黒の軍』将軍、アーサー・バクソン! 一騎打ちを所望します!」
「僕、『破壊神のマレット』が相手をしよう!」
「バトルスタート! いきます!」
将軍とマレットの武器が交差した瞬間、破裂音が響き渡った。
次元が違う、大地を揺るがすような音。
斧と槌、初っ端から全力で振るう二人は、どちらも打ち負けていない。
「なかなかの手練れみたいだねっ……!」
「そちらこそ、私と正面から戦える相手は数えるほどしかいませんよ!」
巧妙な駆け引きというより、パワーとスタミナを競い合うような戦い。
その圧倒的な力は、下手な小細工などいとも簡単にねじ伏せるだろう。
周囲が呆然としてその様子を遠目で見ていると、ついに均衡が崩れ始めた。
押され始めたのはーーマレットの方だった。
「どうしました? さすがに疲れてきましたかっ!」
「ふふ、ハンマーは空気抵抗が大きいからね。これ、木製だし」
「戦に言い訳はありませんよ。勝ち負けがあるだけです」
「それもそうだねっ……!」
話しながらも、手は一切緩めない二人。
とうとうマレットが後ろに飛ばされるが、なんとか受身を取ったようだ。
「そろそろ降参しますか?」
「降参なんて、命をかけてる冒険者の名折れだよ。仕方ない、諸刃の剣の出番だ」
「奥の手ですか。いいでしょう、それすらもねじ伏せて勝利してみせます」
二人は力を溜めているのか、武器を構えて目を閉じる。
やがてマレットが動き出し、将軍も反応する。
「テンパーセント・フルスイング!」
「いきます! アンチマテリアルアックス!」
ものすごい勢いで迫る二つの武器。
しかし、結果は単純で、一方的だった。
『ドコォォン!』という音とともに、将軍がぶっ飛ぶ。
遥か高く、雲を突き抜け、青空の彼方へ場外ホームラン。
「いたた、全治に一週間くらいかかるかな。当分迷宮は無理かも」
ハンマーを地面に落とし、手をぶらりと下げて苦笑いを浮かべるマレット。
公国最強と名高かったらしい将軍を地平線の向こうまで飛ばされ、
トライ公国軍の士気は下がるに留まらず、完全に敗走ムードとなっていた。
「将軍がやられたぞ! 全軍撤退!」「言われなくてもぉぉ!」「怖ええ! 破壊神だぁぁ!」
一斉に逃げていく敵兵を見て、雄叫びをあげる都市軍。
C区画での戦争は、あっけなく終わった。
あのマレットという冒険者、只者じゃないな。
それはともかく、俺は敵軍の後をつける。
谷で走っていた俺にとって、これくらいはどうということもない。
直接お偉いさんに会って、話をつけようじゃないか。
無様に逃げる敗軍の背中を見ながら、俺はこっそりと尾行した。




