第二十七話 C区画戦
あらすじ:迷宮からなんとか脱出した直後、都市が魔物に襲われていると聞いて走り出したハコヤ。
「カタパルト、準備!」
「隊長、弾切れです!」
「なんだと!? くっ、補給完了まで弓と歩兵で持ちこたえるしかない!」
門にたどり着いた時に見えた光景は、この世のものとは思えなかった。
黒い煙が魔物をかたどり、次々とこちらに向かってくる。
一体一体は弱いのだが、何しろ数が数だった。
草原が一面、黒い影に覆い尽くされている。
そんな中、いつの日かのおっさんを見つけた。
疲れていたためか検問なしで通してくれた、あのおっさんだ。
「おっさん、久しぶり」
「む? 誰だお前?」
「…………」
「援軍か? なら、歩兵部隊か弓兵部隊に加わってくれ。なんならカタパルトの補給を手伝ってくれてもいい」
俺のことを覚えてないようだが、無理もない。
この非常事態だし、彼も必死なのだろう。
「歩兵部隊に行くよ」
「その服装で大丈夫か? 剣はいらないのか?」
「俺には箱があるからな」
わざわざ歩兵部隊に入らなくてもいいのだが、せめて気分だけは兵士でいよう。
あの煙、魔物だろうか、それとも魔法だろうか。
ちらほらと普通の魔物も混じっているようだが。
「まあいい、今は猫の手も借りたい状況だ。B区画の戦闘が陽動と知ったばかりで、戦力と物資がピンチなんだ」
「だそうだな。あの数はなんなんだ?」
「わからない。いくら倒しても湧いてくるから、兵士たちのも士気も地獄の底まで下がっている」
「まあ、大丈夫だ。俺が来たからには大丈夫だ」
時間が惜しいので、箱を構えて対象を見据える。
地面にかかる黒い霧をすくい取るようなイメージ。
「収納!」
パッ!!!
ダンボール箱は俺の期待に応え、黒かった草原を元に戻す。
リストには『暗黒魔力兵A』が追加されていたが、結局何者なんだ?
「おお、なぜかは知らないが敵が消えた! 今のうちに補給に集中しろ!」
「いえ、隊長! 煙が……!」
草原を指差す兵士に、何事かと目を向けた隊長と俺。
そこには消えたはずの霧が、再び立ち込めていた。
「もう一回収納!」
「ま、また消えた! 今のうちに補給をーー」
「いえ、隊長! また煙が!」
「なら、もう一回収納!」
「ま、また消えた? 今のうちに補給をーー」
「いえっ、隊長! またまた煙が!」
「も、もう一回!」
「ま、ま、また消えたぞ! 今のうちに補給をーー」
「い、いえ、隊長! ま、また煙が……」
なんだこれは。完全に無限ループじゃないか。
五十回続けたあたりで、俺たちは無言になった。
「隊長……どうなってるんでしょうね」
「緊張と安心がなんども入れ替わって、逆に疲れてくるな」
「収納、収納、収納、しつこい……」
仕方ないので、俺はホワイトウルフの唐揚げを食べながら、霧を収納し続ける。
しばらくすると、門から増援の兵士たちが来た。
「第三部隊、B区画より帰還いたしました……が、敵はどこでしょうか?」
「「「…………」」」
皆は一斉に草原を指差す。
現れては消える煙を見て、増援の兵士は複雑な表情を浮かべた。
何が起こっているかわからないだろ?
安心しろ、隊長も俺も同じだ。
しかし、いつまで続ければいいんだ?
何というか、拍子抜けだ。
迷宮の中で緊張していた分、より一層に。
シリアスな表情で何かをブツブツ呟いていた自分が馬鹿みたいだ。
隊長は、増援部隊を他の門に回した。
三箇所から侵略を受けているそうだが、この門ほどひどくはないようだ。
と言っても、俺が収納し続けるせいで、この門が一番安全になっている気がする。
あ、煙が……消えた?
「今度こそ消えたな。今のうちに補給をーー」
「隊長、とっくに補給は完了していますよ」
「「…………」」
俺たちが反応に困っていると、遠くからただならぬ気配が漂ってきた。
なにやら黒い影が、すごい速度で迫ってきている。
目を凝らして見ると、ツノが生えた青年のようだ。
銀色の瞳、まさか魔王か?
「俺様の魔法を無効化したやつは誰だーッ!」
「「…………」」
目の前で急停止した魔族は、突然叫びだす。
隊長とその部下は、君子危うきに近寄らずといった感じで離れていった。
「君は誰だ?」
「俺様は大魔王ガンマ。信長の大望というゲームに触発され、たまには外出しようということで国を滅ぼしに来たのだが、俺様の魔法が突然消え始めてな。召喚タイプのG級暗黒魔法なのだが、何か知らないか?」
「たぶん俺のせいだ」
「貴様か! どれだけ魔力を浪費したかわかっているのか! ただで済むとーー」
「収納」
憤慨する魔王を即座に消し、二度と草原に黒い霧が現れることはなかった。
めでたしめでたし。
強すぎる力は……虚しいものだな。
しばらく待っていても、再び何かが襲ってくる様子はなかった。
仕方ないので、俺は冒険者ギルドに戻る。
やることがないので、酒場で料理を手伝うことにした。
****
「ハコヤー、もう大丈夫だって〜。避難してた人も家に帰ったよー」
「それは良かった」
何度か料理を作った後、俺は厨房で休憩していた。
酒場の方からは賑やかな声が聞こえてきており、危機が去ってお祭りムードといった感じだ。
もう夜だし、早く寝ればいいのに。
「迷宮、どうだったー?」
「あれはダメだな。命がいくつあっても足りない」
「……ひょっとして初めて〜?」
「ああ、初めてだ」
そう答えると、エロンはきょとんとした顔でこちらを見る。
なんだ? 何かおかしいことでも言ったか?
「A区画じゃなくてC区画?」
「ああ」
「ダメだよ〜、飛ばさずにA区画の迷宮から始めないと」
俺もそう思っていたところだ。
二度とピラミッドなんて行くもんか。
「わかった、そうする。でも、エロンと会えなくなるのは寂しいな」
「大丈夫、私もついていく〜! A区画の迷宮なら、おばあちゃんも許可してくれると思う」
「いいのか?」
「うん!」
そう尋ねると、彼女は首を大きく縦に振った。
少し心配だが、A区画なら大丈夫だろう。
C区画以外の都市は訪れたことがないので、楽しみだ。
「待ちな」
「へ? 女将さん?」
急に女将さんが現れたかと思うと、俺はエロンから離れたところまで引っ張られる。
やはり、まずかったのだろうか。
「アンタにね、話さなくちゃいけないことがあるんだ」
「話? エロンのことか?」
そう聞くと、女将さんは真剣な顔で深々と頷く。
何か事情があるようだ。
「アンタ、エロンのことは好きかい?」
「へっ? そ、その……好きかもな」
照れくさくなったので、頬をかきながら視線をそらす。
まあ、人として好きなので間違ってはいない。
「彼女が何者であっても、好きでいてくれるかい?」
「それって……ああ、当たり前だ」
この言い方、つまりはそういうことだろう。
大丈夫、もし魔族だったとしても、魔物だったとしても、嫌いになることはない。
曇りのない目が、女将さんの瞳に反射して映る。
やがて、女将さんは口を開いた。
「エロンはね、あたしが冒険者だったころ、森で拾った赤ん坊なんだよ」
「…………」
驚いた。あの『ゆるふわ』な雰囲気は、確かに森に似ている。
俗に言う森ガールか。
「最初は捨て子かと思ったんだけどね、枯れた植物を復活させたり、パンから麦を生やしたり、胸が異様に大きかったり……いろいろ普通じゃない子だって気づいたのさ」
女将さん、最後のはちょっと、違わないか?
「調べてみて、ドライアドという精霊の亜種だとわかったんだよ。精霊族ってのは滅多に人前に姿を現さないもんだから、不思議でねぇ」
「精霊……か」
子供のように無邪気なのも、心を見透かすような目も、精霊だからだろうか。
容姿は人間と大差ないが、精霊と言われたらしっくりくる気がする。
「この話を聞いて、アンタはーー」
「何も変わらないさ。エロンはエロン、それだけだ」
「……安心したよ。あたしの目に狂いはなかったようだね」
俺の答えに満足したか、女将さんは顔をほころばせる。
それほどエロンのことを大切に思っているのだろう。
「さ、もう夜遅いんだし、若者はさっさと寝な。あとはあたしがやっとくよ」
「うん、ありがとう」
何故かニヤニヤしている女将さんと料理人たちをよそに、エロンと寝床に向かう。
やはり、一か月も過ごしたであろう、この酒場はなんだか落ち着く。
「ハコヤ、おやすみ。大好きだよ〜」
「お、おやすみ……」
胸が高鳴り、鼓動が聞こえているのではないかと心配になった。
照れくさいというか、恥ずかしい。
でも、この時が一番心地よかった。
ずっと続いて欲しいとも思った。
少女のようでもあり、母のようでもある彼女と寝る、この時が。
****
そして次の日、とんでもない情報が酒場に入る。
それは青天の霹靂のようで、あまりにも唐突だった。
ーートライ公国より合計二十万の兵が、迷宮都市に進軍中。




