表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/46

第二十六話 九死一生

 俺のアイテムボックスは、なんでも収納できる。

 石も、谷も、幼女も、どんなものでも。

 問答無用で閉じ込められる、最強の力。


 でも、これは綱渡りのようなものだ。

 箱を失えば、一気に凡人まで転落する。

 あまつさえ、それが格上の魔物の目の前でとなると、人生が終わる。

 今の俺がまさに、その状況だ。


 いくら願っても覆らない、絶対的な死。

 せっかく生きる理由が見つかったというのに。

 どうして、こんな時に限って。

 もし誰かが、そばにいてくれたら……


 パンッ!


「キャゥゥゥン!」


 突然、はじけるような音が鳴ると同時に、狼が俺から飛び退く。

 それは奇跡か、偶然か、故意か。

 何が起こったのか理解できなかった。


「…………!」


 なんでもいい、生き残る可能性をくれたなら。

 俺は再び箱に手を伸ばす。

 軽くなった体で、ようやく触れることができた。


「収納ォォォ!」


 赤く腫れた目で背後の狼を睨み、叫び声とともに収納する。

 敵は瞬く間に消え、松明で照らされた薄暗い廊下には、何一つ残らなかった。


 俺は這いずりながら壁にもたれかかり、周囲を見渡す。

 やはり、誰もいない。


「誰か……誰かいるのか?」


 聞いてみるが、返事はなかった。

 しかし、遠くで女性の笑い声が聞こえたような。

 具体的には『クスクス、いや〜、弱点はあの箱でしたか。邪神様に報告……しないほうが面白いかな〜』といったような声が微かに聞こえた気がしたが、空耳だろう。


 不気味だとは思ったが、今は感謝すべきだ。

 周囲を警戒しながら、来た道を戻る。

 数秒おきに背後を振り返り、狼が忍び寄っていないことを確認した。


 死ぬのがとても怖い。

 でも、歩かないと迷宮からは出られない。

 もう一度地上に出たいから、俺は歩く。


 曲がり角、天井、壁を一部収納し、奇襲と罠を無効化していく。

 あまりやりすぎると通路が崩れるかもしれないので、ほどほどにだ。


 再び魔物に遭遇した時、初めて本当の『恐怖』を感じた気がした。

 狼の獰猛な、ギラギラと燃えるような瞳。

 冒険者は、あんなものを毎日相手にしているのか、と。

 自分の幼稚さと鈍さを改めて思い知らされる。

 久しぶりの『感情』で、頭が混乱してしまう。


 しかし、取り戻した恐怖心が俺の神経を限界まで研ぎ澄ませてくれた。

 収納、収納、収納。

 いつも以上に箱を強く抱きながら、絶対に離さないようにする。

 今の俺にとって、この箱は命と同じくらい必要不可欠なものだ。


 そしてついに、八階層へと続く上り階段にたどり着く。

 前までなら油断していただろうが、俺は階段に魔物が隠れていることを想定して上る。

 一歩、一歩、慎重に。

 石橋を叩いて渡るように。


 数分、あるいは数十分。

 階段の奥に光が見える。

 警戒しながら顔を出すと、青空と砂の島が目に映る。


「ここまで……これた」


 気が緩みかけるが、砂の中から魔物が現れる可能性もある。

 俺は石のブロックで召喚と収納を繰り返し、その上を器用に歩いて行った。

 やがて、とうとう見つけた転移魔法陣。

 砂の上では分かりにくいが、光を放っている。


 各層に一つしかないその魔法陣は、一瞬で入り口まで送ってくれる。

 足を踏み入れると眩い光に包まれ、視界が歪んでいく……



 気づくと、俺は迷宮の前にいた。

 昼の空の下、少数の冒険者たちが交錯する。

 ピラミッドを見上げ、ようやく生還したことを悟った。


「やった……」


 喜びの声も疲れのあまり、かすれてしまう。

 その場で大の字になって寝転ぶ。

 緊張の後の安心感は、格別だ。


「おい、そこのガキ! 今の状況わかってんのか!?」

「え?」


 近くにいた冒険者が、俺に怒声を浴びせる。

 八つ当たりなどではなく、差し迫った様子だった。


「のんきに寝てる場合じゃねぇ、魔物が街に攻めてきてるんだ! 前線に出るか後方支援に回れ! それができないなら家に隠れておとなしくしておけ!」


 そう言い残した冒険者は駆け足で去っていく。

 平手打ちをくらったような気分だった。

 いつ、誰が、迷宮の外が安全だと決めつけた?

 完全に油断していた自分が、情けなくて仕方がなかった。


「そうだ、エロン……!」


 酒場が心配になった俺は、冒険者ギルドに向かって全力で走る。

 入口をくぐると、そこには大勢の人がいた。


 指示を受けた冒険者は、言われた通りの場所に向かう。

 避難しに来た市民たちは、地下室や酒場に誘導される。

 そんな様子を見ながら、俺は酒場の厨房に入っていった。


「エロン!」

「あ、ハコヤー! おかえり〜」


 直後、今にも料理を運ぼうとしていたエロンに出くわした。

 俺の顔を見ると、顔を太陽のように輝かせる。

 いつも通りの様子で安心した。


「って、避難しなきゃダメだろ。なんで他のみんなも料理してるんだ?」

「えっとねー」


 エロンが言葉に詰まっていると、女将さんがこちらに歩み寄る。

 その顔は引き締まっており、プロの顔だった。


「非常事態だからこそだよ。防衛軍や冒険者が食い止めているけど、万が一ってこともあるからね。避難しに来た人たちに振る舞ったり、保存のきく料理を作ったりしてるんだよ」

「なるほど……」


 弟子たちに目を向けると、彼らは一斉にウインクする。

 かっこいい、と素直に思った。


「君たち、最高に輝いてるよ!」

「「「光栄です、師匠!」」」


 連携も取れていて素晴らしい。

 俺にはもったいないくらいの弟子たちだ。


「アンタも手伝うかい?」

「ふむ……」


 このまま料理してもいいが、今こうしている間にも、兵士が一人、また一人怪我をしているのだろう。

 俺はダンボール箱を見て、決意する。

 それは、力を持った者の責務。


「女将さん、他にやるべきことがあるんだ。俺にしかできないことが」

「そうかい。さっさとおいき」

「ハコヤ、がんばれー!」


 何も言わずに送り出してくれたみんなに感謝しながら、俺は大通りに飛び出す。

 店はほとんど閉まっており、戦場に赴くものや、物資を運ぶ者がいる。

 と言っても様々な方向に向かっており、俺はどこに行けばいいのか迷った。

 仕方なくギルドに戻り、将軍っぽい受付嬢に指示を仰ぐ。


「俺はどこに行けばいい!」

「冒険者ですか? ランクは?」

「Aランクだ」

「んー、救護班がいいですね」


 ち、違う。俺は戦える!

 Aランクとはいえ、あの邪神をも収納して見せた男なんだ。


「そうじゃなくて、今一番苦戦しているところは?」

「退魔門ですね。クール新魔帝国、最終魔峡谷に面している門です。無限に復活する軍勢が……」

「行ってくる!」

「あ、ちょっと! Aランクじゃ無理ですよ!」


 受付嬢の制止を振りほどき、退魔門とやらに向かう。

 記憶をたぐり寄せて、俺が都市に来た時の方向を思い出す。

 ドラゴンと戦っていたおっさんたちがいた、あの場所だ。


 迷宮から出たばかりで疲れているのだが、そんなことも言ってられない。

 俺はC区画の危機を救うため、体に鞭を打って走り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ