第二十五話 あの二人
〜ストレス注意〜
軽いノリが好きな方は二話分飛ばしてください。(二十七話からどうぞ)
俺は一時間、肉を食べたりエロン像を彫ったりして過ごした。
我ながら素晴らしい出来で、ぜひエロンに見せてあげたい。
まあ、遊びはこの辺までにしておこう。
十分休めたし、体も乾いたので、ズボンの砂を払いながら立ちあがる。
俺が座っていた間、襲ってきた魔物は四匹。
そのうちの三匹は、マンゴリラと呼ばれるオレンジ色のゴリラ。
3メートルを超える大きさで、口から出したマンゴーを投擲してくる。
当然、俺はゴリラが玉切れになるまで投げさせて、直接襲ってきた時に本体を収納した。
ゴリラが投げたマンゴーは、地球産のマンゴーとほとんど変わらなかった。
外は赤っぽく、中は完熟したオレンジ色で、味はとても甘い。
種無しだったことには驚いたが、食べやすいので問題なかろう。
ゴリラの口から出たのを見ていなければ、もっと美味しく食べられたと思うが。
もう一匹は、図鑑に載っていなかったカニのような魔物。
大きさはズワイガニの二十倍ほどで、巨体の割に素早く動いていた。
なんというか、迫力があって怖かったので、すぐに収納した。
無性にカニを食べたくなってきたが、落としただけで死ぬかはわからないしな。
とにかく、この森は危険だということだ。
俺はヤシの木をたくさん収納し、目を凝らして魔物を探す。
カニやゴリラ、ワニや蛇を収納していき、島がどんどん安全になっていく。
そしてあっけなく、島にあった全ての木と魔物が消えた。
うろたえる数人の冒険者は、そのままにしてある。
なんか……本当にあっけなかったな。
不意打ちさえなければ、俺は文字通り無敵だ。
少しやりすぎた気もするが、安全のためには致し方なかろう。
砂しか残っていない島を見渡すと、中央に高い塔を見つけた。
おそらく、あそこから八階層に降りてくるのだろう。
ならば下り階段もあるはずなので、探すべきだな。
気温は地上より高めだったが、我慢できないほどでもない。
日傘代わりのダンボールをかぶり、砂浜を歩きまわる。
最初に見つけたのは、砂に埋まったクリスタル。
水色の巨大な結晶で、触れると回復するらしい。
一度手で触ってみると、体に活気を注ぎ込まれるような感覚で、
海水に飛び込んた時に受けた傷が、あっという間に癒えていく。
おかげで探索が楽になった。
次に見つけたのは、下の階に続いているのであろう階段。
ずっと砂浜にいても仕方ないので、入ることにした。
松明で照らされた階段を降りること数分、通路タイプの空間に到着する。
石の壁、床、天井……手抜きなのか否か、一階層とほとんど変わらない。
一階層同じく、通路が折り曲がっていて視界が悪いので、俺の箱と相性が悪い。
が、前方さえ注意していれば大丈夫だろう。
「ガルル!」
「なっ」
突然、曲がり角から大狼が飛び出してきた。
危うく噛みつかれそうになるが、とっさに収納する。
「危ねぇ……死ぬかと思った」
まさか、魔物に待ち伏せされているとは思わなかった。
というか俺、油断しすぎだろ。
前方だけ注意するのではなく、上と下と横、そして壁で死角になっているところも警戒する。
次から曲がり角は、角の部分を収納して様子を見ることにした。
稀にとはいえ、魔物が隠れていることがあったので、容赦なく収納する。
あれはC級魔物のストークウルフ、気配察知に優れた魔物で、奇襲に長けている。
要するに、俺の天敵だ。
そのまま順調に進み、俺は再び油断していた。
すると突然、天井からギロチンが落ちてくる。
ダンボール箱が手前にあったので、とっさに腕を引いて難を逃れた。
もし反応が遅れたり、頭の真上に落ちていた場合、死んでいたかもしれない。
本当に学習しないな、俺。
こんな時、エレナがいたらどんな反応をするだろうか。
目の前を見ると、ギロチンを受けてなお、形を崩さないダンボール箱。
とりあえず刃を収納し、箱も回収して歩き始める。
「…………」
何もなかったようなことになっているが、俺って死にかけてたよな。
一歩間違えたら即死の状況で、なぜ俺は平然としていられるんだ?
死ぬのが……怖くないのか?
その場で立ち止まり、俺は考える。
今までは、いつ死んでもいいと思っていた。
とりあえず生きていただけで、死を覚悟した上での悪あがきだった。
食料が手に入り、気が緩んだのだろうか。
俺の生きる意味は、食料の収集だったのか。
それを失い、死ねない理由がなくなったから、こうなったのだろうか。
振り返れば、今までいろんなことがあり、いろんな人と出会った。
エレナのことを思い出すと、彼女が恋しくなる。
エロンのことを思い出すと、早く帰りたくなる。
「エレナ……エロン……」
俺はハッとした。
なんだかんだで親しかった二人。
一人になった今だからこそ、その大きさがよくわかる。
俺にとって、どんな存在だったのか。
多分、俺はツンデレなんだと思う。
初めは相手を邪険に扱うが、途中で嫌いじゃなくなり、最後に好きになる。
特にエレナなんて、いなくなってから恋心が芽生えてしまうというオチだ。
いや、初めから好きだったのかもしれないが、認めたくなかったのだろう。
結局は好意の裏返しで、言動も心もツンツンしているが、
本人がいなくなった途端、デレデレしたくてたまらなくなるという病気だ。
なんだか恥ずかしいことを考えてしまったが、俺はふと思う。
もしここで死んだら、二度と二人に会えなくなる……
「い、いやだ……そんなのいやだ」
二人の顔を思い浮かべるほど、その想いは強くなり、無表情が崩れていく。
笑顔を思い出すと、足が震え、涙がにじむ。
こんなに身近にあった、死ねない理由。
それに気づいた途端、死ぬのが異様に怖くなった。
死にたくない、死にたくない。
そこから一歩も動けなくなるくらい、足がすくむ。
ギロチンを思い出すだけで、心臓が潰れそうなほど力んでしまう。
「グルルル」
「……ッ! うわぁぁぁぁ!!」
すぐ近くまで迫っていた狼を見て、俺は過剰に反応する。
死に物狂いで狼を収納した、その時。
「ガルルッ!!」
「がはっ!」
完全に見落としていた、背後。
背中に強烈な体当たりをされ、数メートル先まで吹き飛ばされた。
痛みを我慢しながら敵を収納しようとするが、箱が手元を離れていたことに気づく。
急いで取りに行こうとするが……
「動か……ない?」
体が鉛のように重く、筋肉が言うことを聞かない。
きっと本に書いてあった、ストークウルフの威圧スキルだろう。
相手の体力が低くなるほど、動きを鈍らせるスキル。
なんとか後方を見ると、狼が息を荒げながらこちらを見下ろしていた。
「ガルルルルルル」
「嘘……だろ?」
ああ、なぜ一人で迷宮に入ってしまったのだろうか。
箱がないと、何もできない男なのか、俺は。
狼が体に覆い被さり、口を開いて頭に噛み付こうとする。
それでも、許されるなら、もう一度。
会いたい。
「死んで……たまるかぁぁぁぁ!!」
「ガルッ!?」
感情が爆発した。
狼の腹を、かかとで力一杯蹴り上げる。
威圧スキルの効果が途切れた瞬間、狼の左目を二本の指で突き刺した。
「ガルルルルル……!」
狼が悶え苦しんでいる間に、俺は箱に向かって歩き出す。
あと少しでダンボールに手が届きそうだというその時ーー
「アオォォォォン!」
「くっ!」
再び威圧が発動されたのか、体が地面に崩れ落ちる。
手を伸ばして、あと数センチのところなのに。
まるで、箱が数キロ先にあるように感じた。
「ガルルル! ガルッ!」
「くそ、くそったれ……」
視界がかすみ、意識が朦朧とする。
今にも届きそうな手は、しかし決して届かない。
怒り狂った狼が、俺に噛み付こうとしているのがわかる。
最後に脳裏をよぎるのは、二人の少女の笑顔と、悲しそうな顔と、泣き崩れる顔。
くそ。
くそくそくそ、くそっ!
くそったれええええええ!!!!




