第二十四話 迷宮攻略
ピラミッドに近づくのは一ヶ月ぶりだ。
というか、ガドン迷宮都市に来て一ヶ月なのだが、エレナは元気にしているだろうか。
確かルシファーという名の騎士が使者をよこすとか言っていたが、
まさか俺が酒場で働いているとは夢にも思っていないだろう。
邪神からも音沙汰はなく、少し寂しい。
人類も一向に滅びていないようだが、何がしたいんだろう。
そんなことを考えながら、入り口付近を見渡す。
経験値二倍のイベントは終了したらしく、人の数が結構減った。
パーティーを探すのはさらに難しそうなので、一人で迷宮に入る。
以前俺が掘った空洞や、無断で回収した松明は元通りになっており、
おそらく『アップデート』されたのだろう。
人がいないことを確認し、迷宮の壁に穴を開ける。
気づかれないように入り口を小さくしたので、問題ないだろう。
ダンボール一個分の大きさだが、念のために石で閉じておいた。
新たに作られた通路は真っ暗だったので、松明を召喚する。
薄い光に照らされた、コンクリートのような灰色の壁は、
ここが本来立ち入れない場所であることを示しているのだろう。
いくら掘っても反対側に出れなかったので、次は下に掘ってみる。
谷から降りた時にも使った、少しずつ削っていく方法である。
この迷宮は下に向かって続いていると酒場で聞いたので、二階層まで一直線だ。
冒険もくそもないが、前回の無限ループを忘れたわけじゃないからな。
にしてもこの服、とても動きやすい。
エロンが『似合う〜』と言ってくれたが、自分でも気に入っている。
しかし、魔物ひしめく迷宮にふさわしいかと問われると、縦に首は振れない。
鎧もついでに買って貰えばよかった。
ところで、ずいぶん掘っている気がするんだが、次の層はまだだろうか。
床が綺麗に消滅する様は見てて心地良いが、同時に不安になってくる。
もし、いくら掘っても次の層にたどり着けなかったら。
二度と地上に戻れないんじゃないか、と。
不安を振り払い、あえて掘る速度を上げる。
その時はその時だ、今は掘っていればいい。
「あっ」
突然、まばゆい光が視界を白く塗りつぶす。
目を慣らしてから足元を見た時、俺は絶句した。
目下には一面の海が広がっており、近くに島のようなものがある。
今俺がいる高さは100メートルくらいだろうか。
「落ちてる……」
体は重力に逆らえず、俺は海に吸い込まれるような感覚で落ちていく。
思わず松明を手放してしまったが、かろうじてダンボールは持ったままだ。
めちゃくちゃ怖いが、俺にはどうしようもない。
考える暇すら与えられず、つま先が海水に触れる。
「ゴボッ……!」
水面を貫通した瞬間、形容できないほど乱雑で不愉快な耳が脳に響く。
痛みを代償として体が失速し、海の深いところでようやく静止した。
もっとも、静止している暇などない。
一刻も早く水面から出ないと。
骨まで染みる激痛をこらえながら、必死で泳ぐ。
ぼやけた視界でも、明るい方が水上であることくらいはわかっている。
しかし、俺はダンボールが手元にないことに気づく。
心臓が恐怖で凍りついたが、ここで溺れては元も子もない。
何も考えように、体を限界まで酷使する。
以前の俺ならすでに死んでいただろうが、身体能力は強化されている。
なんとか水から顔を出し、息を貪るように吸った。
「ぷはっ、ふぅ、はぁ、ふぅ」
目に入った天井は、一瞬青空と見間違うような色をした岩だった。
黒い小さな穴が空いているが、おそらく俺が落ちてきたところだろう。
俺は冷静さを取り戻しつつあったが、ダンボールを思い出して再び動揺する。
しかし、近くでのほほんと浮いていた箱を見て、力が抜けそうになるほど安心した。
無論、脱力している場合ではないので、バタ足で箱を回収しに行く。
もう絶対に離さないからな、相棒。
さて、今の俺は冷静でいてもいい状況なのだろうか。
C級迷宮、それもこんなにも深い階層で。
このエリアは、八階層の『海エリア』ではないだろうか。
塩を採取する冒険者がいるエリア。
二階三階をすっ飛ばしての八階層。
当然、魔物もスライムやゴブリンの比ではなくてーー
「ギャォォォォ!」
「やば……」
突然海から飛び出したのは、トビウオを巨大化したような魔物。
ひれが刃物のように鋭い、水棲のC級魔物と魔物図鑑に書いてあった。
迫ってくる大剣のような腹びれに切られたら、ひとたまりもないだろう。
「収納」
パッ!
こんな状況でも、箱はきちんと機能してくれた。
塩水に触れても濡れないことから、ただならぬ箱であることが伺える。
跡形もなく消えたトビウオは、『ソードフィン』という名目でリストに追加された。
しかし、海の中にいる魔物は見えづらい。
収納する暇もなく食べられたり、目視できない位置から一方的に攻撃されるとやばい。
海を丸々収納してもいいが、その後に俺の身がどうなるのかは、簡単に想像できる。
急いでその場から離れるために、前方の海水を少しだけ収納した。
水面に開いた穴のような空間は、周囲の水が勝手に埋めてくれる。
同時に水流が生み出され、俺は島がある方向に近づけるわけだ。
これを高速で繰り返し、途中で襲いかかってきた魔物もなんとか収納し、
ついに俺は海から脱出した。
砂浜を踏みしめ、砂の上に腰を下ろす。
靴が脱げていないのは奇跡だろう。
海水が冷たくて、とても不快だ。
びしょ濡れのズボンにも砂がついてしまうが、立つ気にはなれない。
目の前に広がる大海原はさておき、島の方にも目を向ける。
まさに南国の島といった感じで、ヤシの木などが密集していた。
長く続いている砂浜を見る限り、そこそこ大きな島なのだろう。
で、これからどうしようか。
迷宮に入ったはいいものの、その後のことを考えていなかった。
食料を探すのか、迷宮を攻略するのか、どうにかして脱出するのか。
女将さんには『暴れてきな』と言われたが、魔物を倒せばいいのだろうか。
多分倒せないので、収納イコール倒した、ということにしておこう。
しっかし、落下地点が海じゃなかった場合はどうなっていたことか。
仮にも地面が岩だったとしたら、骨が木っ端微塵になって即死していただろう。
俺が想像していたのは、掘った先が一階層のような通路であるケースだ。
天井から地面まで2メートル前後、これなら大したことはない。
迷宮の内部が巨大であることを知った以上、迂闊に地面を掘れなくなったが、
今は帰れるかどうかの心配をしたほうがいい。
やはり俺は、身の丈にあったA区画の迷宮に行くべきだったのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は太陽がないにもかかわらず明るい空を見上げる。
周囲を警戒しながら、髪と服が乾くのを待った。




