第二十三話 酒場仕事
酒場での生活は、想像以上に楽しかった。
厨房で他の料理人と食材について語り合ったり、様々な調理法を試したり、
ストーブを強化したり、新たな器具を石材から生み出したり。
腹が減った時は、自分の料理を自分で食べる。
客が少ない時は掃除をして、エロンとたわいのない話をして。
自由時間の時は、ギルドの書斎で魔物図鑑などを読み漁る。
夜は酒場が忙しくなるので、昼の間に作って収納しておく。
それでも間に合わないくらいので、どれだけ酒場が繁盛しているかわかる。
そしてどっと疲れた後、エロンの部屋で泥のように眠る。
床で寝ようとしたが、エロンが一緒に寝ると言って聞かなかった。
女将さんは時給1000円もの給料をくれると言ったが、
やはり振り込めなかったようで、代わりに生肉をもらうことにした。
このアイデアから、俺は物々交換という素晴らしい方法を思いついた。
ギルドの受付ではなく、こういった店に直接売ればいい。
代わりに肉、武器、本、といった店の商品を貰うのだ。
今は肉だけで構わないが、いずれ必要になるかもしれない。
「ふふ〜」
厨房の中、隣にエロンがピンクのアホ毛を揺らしながら立っていた。
俺が料理しているのを見ながらニヤニヤしている。
「どうした? 気持ち悪いな」
「なんかねー、料理してる時のハコヤ、すっごく生き生きしてる〜。かっこいいよー!」
エロンはこういう人柄だ。
純粋で、思ったことをストレートに口にする。
それが嘘偽りのない本心だとわかっているので、なんだか照れる。
そして自分で気づかないことまで言ってくれるので、少し考えさせられる。
「……はいはい。ほら、野菜炒めだ。冷めないうちに持っていけ」
「行ってきまーす!」
お盆に料理と飲み物、そして食器を乗せると、彼女は客に届けに行った。
次の注文がくるまで、俺は新しい料理を考える。
やはり、魚料理が足りないな。
せっかく囲炉裏があるんだし、和風っぽい料理も作ろうか。
七輪を作って焼き魚、というのもいいだろう。
ないと思っていたサラダ油も、まれにアブラナスライムがドロップするらしいので、
それらを使った西洋料理を高級料理として作ってみるのもいいな。
そんな感じで試行錯誤を重ねていると、酒場の客に大好評だったようで、
供給が追いつかなくなったため、値上げする羽目になった。
他の区画からも客が訪れるようになり、ギルドから冗談半分の苦情が来たりもした。
仕方ないので酒場の壁を一部消し、石を使った頑丈な部屋を追加する。
いつもの癖で神殿のような形にしてしまい、かなり話題を呼んだ。
職人が『ぜひ弟子に!』と押しかけてきたそうだが、女将さんが追い返してくれた。
さすがに要人やお金持ちの商人は追い返せなかったらしく、
ジロジロ見られたり、媚びを売られたりした。
もっとお金がもらえる仕事のオファーもあったが、女将さんに恩があるので断った。
俺が欲しいのはお金じゃなくて食料だからな。
まあ、いろいろコネが出来たので、今後有利になるかもしれない。
しかし、どうせならずっと酒場で働いていたいな。
一ヶ月が経とうとしていた頃、酒場はまさに大繁盛の一言だった。
俺が得意なフランス料理から、和洋折衷料理やアメリカンな料理もメニューに加わった。
厨房も魔改造し、味と効率を天秤にかけた絶妙なバランスの設計だ。
調理器具も、石と木だけで手動のチョッパーなどを作ってみた。
どれもこれも、全てはダンボール箱のおかげだ。
他の料理人にも、俺のありとあらゆる技術と知識を叩き込んだ。
新しい器具の使い方や、多種多様な調理方法、そして客のニーズへの応えかた。
料理を食べるのは俺たちではなく客なので、彼らから聞くのが一番だ。
エロンや他の子にアンケートをとらせたり、注文された品の情報を記録する係もできた。
庶民のための酒場だからこそ、気楽にこういうことができる。
料理人の中には魔法が使える者もいて、料理の幅がさらに広がった。
例えば『減速魔法』、分子や場の速度を擬似的に下げる魔法で、
場の温度を下げたり、重力を消したりできる。
石の容器を作って氷を効率良く作らせたり、アイスクリームなども教えてみる。
氷の生産速度が上がったことで、料理のレパートリーがかなり広がった。
中でも冷やし中華などの麺類が人気で、初めは包丁で切っていたのだが、
石で無理やりパスタマシンを製造したことにより、楽に作れるようになった。
他にも『加速魔法』で砂糖っぽい粒を浮かばせながら加熱して綿菓子を作らせてみたが、
砂糖が向いていなかったのか、たまにしか成功しなかった。
しかし、練習次第では店の主力商品となるだろう。
マイケルくん、期待してるよ。
こういったこともあり、
いつの間にか『C区画の食聖』という二つ名が冒険者カードに追加されていた。
いつも厨房に引きこもっているためか、伝説の存在だとか言われている。
そして、ついに一ヶ月が経つ。
早朝、酒場の店員たちが調理場に集まっていた。
「最初は小生意気な若造だと思っていたけど、蓋を開けてみたらこうだ。酒場をここまで大きくしてくれて、あたしゃ感激だよ」
「女将さん、礼はいらないさ。衣食住を与えてくれた対価として、当然のことをしたまでだ」
ちなみに衣服は、学ランがすでにボロボロだったので、
エロンに大通りの店で何着か買ってもらった。
どれもシンプルなデザインの服で、布に魔法が施されており、水で汚れが簡単に落ちる。
完全にデート気分だったが、それはまた別の話。
「アンタはエロンにふさわしい男だ。みんなも異論はないね?」
「「「師匠、おめでとうございます!」」」
同僚たちが一斉に拍手を始める。
俺もいい部下を持ったものだ……って部下じゃないだろ。
師匠と呼ばれてはいるが、俺はただの料理人だ。
「ハコヤー。その、おめでとー」
「お、おう」
もじもじとしているエロンを見て、こっちまで恥ずかしくなってきた。
俺はごまかすように咳払いをし、会話に戻る。
「女将さん、もう一ヶ月経ったんだが……これからもここで働かせてくれないか?」
「無理だね。一ヶ月という約束だよ」
にべもなく断られてしまった。
きちんと成果を出したはずなのに、なぜだろう。
「納得いかないって顔だね。でもね、この迷宮都市に来る若者の目的はただ一つ。迷宮だよ」
俺の目的は食料だが、結果的には迷宮とも言えるだろう。
「うちの店員はね、生まれつき力のない子や、引退した元冒険者がほとんどなんだよ。普通、この都市の料理人はそういうもんさ。でも、アンタはそういうわけじゃないだろう?」
店員たちの中には、仲間を迷宮で失ってトラウマになっていたり、
魔物に手足をやられたのか、義手や義足をしている者もいる。
アルバイトをしている健全な若い冒険者もいるにはいるが、突っ込むのは野暮ってもんだろう。
「アンタも男なら、男らしく迷宮で暴れてきな。その小さな闘志が燃え尽きるまで冒険して、いろんな経験を積んでくるんだよ。疲れて、飽きて、辛くなった時。冒険者をやめて、この酒場にまた戻って来ればいい。アンタの腕なら大歓迎だよ」
「女将さん……」
俺のこと、ちゃんと考えてくれてたんだ。
食料のことばかりで、冒険なんて全く興味がなかったが、
その言葉を聞いて、少年漫画を読む子供のような心を取り戻せた気がする。
「ありがとう。俺、迷宮に行ってくるよ」
「それが一番だよ。ほら、アンタたち、言うことはわかってるね?」
「「「師匠、今までありがとうございましたぁぁぁ!!」」」
弟子たち、そして女将さんにまで頭を下げられ、俺はなんだか感動した。
「こちらこそ。みんな覚えがいいし、熱意もあったから教え甲斐があったよ。俺も人の温もりというか、心の大切さを感じた気がする」
そう言いながら、一人一人の目を見ていく。
ペルル、アラサー、テイ、マイケル、ジェムズ。
ウェルシー、ルル、アヴィ、ラン、そしてエレナ。
「まだまだ学ぶべきことはあるから、お互い頑張ろう。みんな、今まで本当にありがとう」
「「「師匠ぉぉぉぉぉ!!」」」
「ちょっ、君ら! 何をする!」
突然体を掴まれたと思ったら、弟子たちに胴上げされた。
どこで『わっしょい』という掛け声を知ったのか気になるところだが、
悪い気分ではない。
酔うまで散々胴上げされた後、せっせと旅支度する。
給料の生肉は空き時間に無料で調理させてもらった。
最後に女将さんから、炎の石というアイテムをもらう。
魔法の使えない冒険者が持ち歩くもので、
一日一回だけ小さな炎を出すことができるそうだ。
迷宮の中で寝泊りすることもあるだろうし、非常に助かる。
最後にダンボールを持ち、入り口に向かう。
エロンが一緒について行くと言いだしたが、女将さんが止めた。
必ず戻って来ると伝えたら、エロンはほっぺにキスをされて驚いた。
野次を飛ばす店員たちに見送られながら、俺は酒場を去って朝日を浴びる。
ベージュを基調とした新しい服を風になびかせ、俺は迷宮に向かって駆け出した。




