第二十二話 焼肉後編
次は肉を調理する方法だ。
俺は手頃な長方形にカットされた石を召喚し、わざと削って丸くする。
唖然としていた女将さんを放置して、燃えるストーブの中に石を移動させた。
収納スキルがあるので、入れるのも取り出すも楽だ。
ダンボールに触れている必要こそあるが、それは仕方なかろう。
あとは石が加熱中に爆発しないことを祈るだけだーー爆ぜることは滅多にないが。
石を温めている間に、味付けのための香辛料を探す。
匂いと味で確かめたところ、赤色のコショウに似た粉末や、
ピリッとする辛子のような粉末、普通の塩からメイプルシロップのようなものまであった。
どこで生産されているのかと聞くと、なんと大半が迷宮のドロップ品らしい。
普通に栽培したり採取したりする方法もあるらしいが、
せっかく迷宮が近くにあるんだから、効率の良い方法を使ったまで、といった感じだ。
特にC区画の迷宮には『海エリア』なるものが八階層に存在し、
ドロップに頼らず、数日かけて海水から塩を採取する冒険者たちもいるらしい。
俺もいっそ迷宮を丸ごと収納したら、一生食事に困らないのではないだろうか。
まあ、肉を食べるには魔物を倒す必要がはあると思うが。
リンゴの木とかが密集している場所を発見できれば、俺は喜んで階層ごと収納するだろう。
ベジタリアンが存在するくらいだし、果物だけでも生きていけるはずだ。
そんなこんなで集まった素材は、
ニンニク、レモン、バター、コショウ……に似た何かである。
それぞれ地球産のものとは名称も形状も異なるが、毒見して確かめたので問題ない。
醤油やわさびもあれば和風っぽくできたのだが、
囲炉裏が存在するにもかかわらず、日本独自の調味料は浸透していないらしい。
ちなみに俺の好みはポン酢と生姜だ。
塩の方は、谷で手に入れた岩塩が素晴らしかったので、それを使う。
タレなどがない分、塩が主役の調味料なので、こだわらなければならない。
岩塩は塩味が鋭く、粒のサイズも砕き方によって変えられる。
肉の濃さと競い合い、料理の味が研ぎ澄まされていくことだろう。
他にも香ばしい葉を見つけたので、臼で粉末にして収納する。
これで、あらかた準備が整ったかな。
石を回収する前に、五つに切られた肉塊をもう一度チェックする。
血抜きはドロップ品になった時点で十分されているようなので問題ない。
ドリップが漏れていない綺麗な肉なので、水で洗うとむしろ逆効果だろう。
牛ヒレ(ゴブリンの肉)は硬くないので、叩かなくてもいいはずだ。
岩塩をはじめとする一部の調味料をまぶし、肉に染み込ませる。
ムラなく振ることで内側の水分が表面に移動し、肉のブロックがさらに引き締まるのだ。
さらに塩はミシオンと呼ばれる太めの筋肉繊維を分解し、
加熱して絡ませることによって弾力が増す。
下ごしらえが済んだので、旨味をキープするため、焼く直前まで収納しておく。
そしてついに瀬戸際。
ストーブに入れていた石を調理場に召喚する。
持ち運びや安全性を考えて、石の下に木の板を敷くのが好ましい。
俺は熱々の石に、削ぎ落とした脂身を染み込ませていく。
もちろん素手ではなく、木材から作った箸を使ってだ。
小さく切ったニンニクもまぶしてみると、食欲をそそられる匂いが漂ってきた。
十分に油が馴染んだ後、石の温度もいい感じになったので肉を丁寧に乗せていく。
収納スキルを使ってもいいが、手でやる方が慣れている。
肉が石に触れるたび、煙を立てながらジュワッという音が鳴った。
その後もパチパチと焼ける音が聞こえ、なんとも心地よい。
ついでに輪切りにした白いレモンを置き、酸性の汁でプロテアーゼを活性化させる。
肉を置き終えた時、俺は突然ひらめき、ワインを急いで取りに行く。
なるべく純度の高い酒が欲しいというと、女将さんは『ドワーフ殺し』と書かれた樽を指差した。
酒樽の呑口栓をひねると、透明な液体がジョッキに注がれる。
叔父のレストランで働き、高級ワインを嗅ぎ分けるという特技を身につけていたりするが、
この酒は蒸留酒、それも純度はスピリタス並みだろう。
散々蒸留を繰り返し、素材本来の香りが消えかかっている。
次にジョッキをこぼさないように気をつけながらストーブに持って行き、火に近づけた。
酒の主成分はエタノールで、水などが混ざっていない純粋なものは引火点が常温を下回る。
やがて酒の表面で、青々とした炎が静かに燃え始めた。
三十秒も経たないうちに戻り、近くにあった真鍮のスプーンで肉に酒をかける。
満遍なく行き届いたところで、スプーンの上で燃える炎をそっと表面に近づける。
すると、気化しかけていた酒が炎上し、少しの間だけ肉が黄色く燃えるように見えた。
昔テレビで見たパフォーマンスで、なんとか再現してみたのだが、うまくいってよかった。
客である女将さんが目の前にいるからこそのライブクッキングで、特に意味はない。
が、その目を丸くした顔が見れただけで『してやったり』という気分になれた。
やがて箸を駆使しながら肉の両面を程よく焼き上げ、最後に葉の粉末をまぶして彩った。
あまり焼きすぎると柔らかさが失われるので、ミディアムになる直前に味見をすることにする。
まずはフィレ・ミニョンと呼ばれる端の部位だ。
匂いは文句無し、だが味の方はどうだ?
息をかけて冷ましてから、見ているだけでとろけそうな肉を口に入れる。
「いただきます……うまっ」
思わず声を出してしまうほど美味だった。
変性した外側のタンパク質が生む、ざらっとした食感。
そして表面を突破した歯がするりと食い込む、内部のなんとも言えない柔らかさ。
塩とコショウの加減も文句無しで、レモンに含まれていた酵素が柔らかさに磨きをかけている。
バターのリッチな風味、そしてニンニクの残り香も肉の旨みを引き立てる。
簡単にまとめるとしたら、石焼きによってふっくらとミディアムレアに仕上がった肉と、
シンプルかつインパクトのある岩塩が生み出す王道のコラボレーションだ。
トゥルヌド、テート、フィレと続けて味わい、意識が飛びそうになる。
石焼きなんて滅多にしないのだが、これは過去最高レベルの傑作だ。
料理スキルのおかげで補正がかかったのだろうか。
最後の一つも箸で掴もうとすると、女将さんが咳払いをする。
いけないいけない、忘れるところだった。
惜しくはあるものの、残ったシャトーブリアンの部分を譲る。
女将さんはフォークを取り出し、肉を刺して口に放り込んだ。
静かに咀嚼するのを見て、俺は固唾を呑む。
やがて女将さんは……膝から崩れ落ちた。
味見をしたので、まずいはずはないと思うんだが。
起き上がった女将さんに聞いてみると、
自分と同じレベルの料理を作られたのが悔しかったらしい。
こうして俺はコックとして認められ、しばらくの間、酒場で働くことになった。
自分の料理を美味しいと言って食べてもらえた時の喜びを、久々に感じた気がした。




