第二十九話 公国侵入
敵軍は草原、森、街、丘を越えて逃げ続けた。
何度か休憩を挟んでいたので、俺にとってもありがたかった。
途中、数回見つかりそうになったが、収納して口封じをする。
同胞が失踪し、残った兵士たちはさらに恐怖していたが、許してくれ。
そしてついに、首都らしき大きな街に帰還した敵軍。俺は今、防壁の外にいる。
30メートルを超える高い壁で、登ることは難しいだろう。
と言っても、入り口は検問とかされそうで危険だ。
「収納」
壁に身長と同じ大きさの穴を開け、向こう側まで貫通させる。
もう、この箱なしで生きていけない気がするのは気のせいだろうか。
スマホやパソコンがないと生きていけない人が多いらしいが、それと同じだろう。
街の中に入ると、C区画とはまた違う光景に驚いてしまう。
木造と石造の家が混ざっており、道路のそばには木や林が生えている。
中央に向かうほど土地が高くなり、中心にある白い城は、どこからも見える高さに建てられていた。
朝なのに人の行き来が少ない様子から、ここは住宅地なのだろうか。
とりあえず収納しあった兵を遠くに召喚し、故郷に解放する。
俺のおかげで歩かずに済んだことを感謝するがいい。
石のタイルが乱雑に敷き詰められた歩道を歩き、幾つかの階段を上って景色を楽しむ。
川が流れていたり、俺と同じ黒髪黒目の詩人がビートボックスを披露していたり、
橋の上で幼女が釣りをしていたり、ドワーフの親子がリンゴでキャッチボールしたり。
心温まる光景を満喫していると、階段を上った先で兵士に止められた。
その区画は壁に囲まれており、門は複数の兵士に守られている。
「ここからは上流階級の市民証か、特別な許可証がない限り入れないぞ」
「これじゃダメか?」
「ん? どれどれ……」
「収納」
箱を覗き込んだ兵士は、跡形もなく消え去った。
目撃者も、近くにいた他の兵士も、まとめて収納する。
壁の内側に入ってから、全員元に戻しておいた。
しっかし、豪華な建物だな。高級住宅地だろうか。
まるで中世の貴族が住むような外装をしたお屋敷や、高級感を感じさせる立派な店。
街行く人もおしゃれで派手な服装をしており、布の服を着ている俺は場違いな気がした。
この世界ではあまり見られない噴水や街灯に感心しながら、中央の城を目指す。
するとまた、一際大きな階段が橋に続いている。
見つかっては面倒なので、遠距離狙撃……じゃなくて遠距離収納で兵士を仕留めた。
長い階段を登り終えた俺は、その絶景に言葉を失った。
高い位置に建てられた橋からは、朝日に照らされた街の全てを見下ろせる。
赤の屋根、緑の木々、白の道路、銀の小川。
防壁の向こうにある草原も、森も、丘も、どこまでも見渡せる。
しばらく惚けた顔で見ていたわけだが、足を進めることにした。
橋は城に続いており、こちらを見ていた門番の兵たちには消えてもらった。
立派な城で、年季が入ったように見えるが、
見るからに頑丈に作られているので、そう簡単には崩れないだろう。
誰にも守られていない城門を収納して中に入る。
潜入に成功したと思った直後、内部で待機していた兵たちに見つかる。
そりゃ……潜入というか正面突破に近いからな。
「な、なんだ!? 門が消えーー」
「収納」
彼らがぎょっとしている間に全員収納し、城門を元に戻した。
壁から分断されており、すでに門として機能しないだろうが、まあ仕方ない。
俺は城を探索するが、掃除がきちんとされており、邪神城とは大違いだ。
朝から明かりがついているが、あのシャンデリアは魔法で光っているのか?
けばけばしい内装を楽しみながら、エントランス付近を闊歩する。
研磨されて鏡のようになった大理石の柱が立っていたり、黄金の鎧が道を飾っていた。
奥にある巨大な扉の向こうは、おそらく謁見の間だろう。
壊すのがもったいないほど美しい扉だったので、俺は力一杯引っ張ってみる。
すると、扉は音を立てて少しずつ動き出した。
隙間から内側を覗くと、壮大な空間の中央に王座があった。
しかし……空席だった。
「む、何者だ?」「客人か?」
「いや、ただの不審者だ。ごゆっくり〜」
「まっ、貴様!」
扉をバタンと閉じ、岩を召喚して塞ぐ。
中から『ドンドン』と兵士たちが扉を叩く音が聞こえるが、周囲には誰もいない。
兵士以外の人物を求めて、俺は廊下や階段を歩き回った。
戦利品は、兵士が三十五名、使用人が二十名、豪華な壺や家具が三百点以上、その他もろもろ。
商人にでも売って食料と交換してもらおうと思ったのだが、
途中でエロンとエレナの顔を思い出し、半端ない罪悪感を感じたので、盗品は戻しておいた。
そしてついに、それらしい部屋を見つけた。
二人の強そうな兵士に守られており、姫様とかが中で寝ていそうな部屋だ。
「貴様……何者だ?」
「……ッ!」
一人の男が消えたと思うと、遠くから様子を伺っていた俺の首元に剣を突きつけていた。
それは一瞬の出来事で、思考が停止するほど驚いてしまった。
うん、驚きのあまり、反射的に二人の強そうな兵士を収納してしまうほどだった。
マレットといい、この世界の人間は物理法則を無視できる人が多いな。
って、怖い人を収納してしまったんだが……。
とりあえず、部屋の前まで歩くことにする。
黄金色の、贅沢な装飾があしらわれた扉を開くと、そこは朝日に照らされた白い部屋。
いや、部屋というか、屋根付きのベランダだった。
澄み通るような青空の下には街の景色が広がっており、
それを空虚な眼差しで見下ろす、どこか儚い印象を与える少女…を想像しそうになるベランダだ。
「む。誰だね?」
こちらに気づいて振り返ったのは、王冠と赤いマントで着飾った小柄な……おっさん。
せっかく光景が綺麗なのに、非常に惜しい。せめて美少女とかにして欲しかった。
「む、わしのことを心の中で馬鹿にしたな?」
「いや、別に景色を台無しにしているとか思ってないさ」
「む、ならよかろう。そういえば、その黒い髪に黒い瞳、そして箱。どこかで聞いたような……」
おっさんがしばらく考え込む。
いや、俺って不法侵入者だろ? 驚いたりしないのか?
「む、思い出したぞ! アローンが言っていた箱の男だな!」
「アローン? エレナのことか?」
意外な名前が出てきたが、まさか……
「む、アローンはワシの娘じゃ! よくもワシの娘をたぶらかしてくれたな!」
「いや、それは違う」
たぶらかすというか、被害者は俺だ。
にしても、こいつがエレナの父なのか。小物臭がプンプンする。
「む。ワシはトライ公国大公エリザ・トライ=エレナの夫であるオッサン・トライ=エレナだ!」
「要するに国王の夫か」
「む、いかにも。わざわざ迷宮都市を攻めたのに、のこのことワシの前に現れるとは、好都合だ!」
都市に攻めた理由がそれかよ。はた迷惑にもほどがある。
好都合とか言っているが、ひょっとしてこのおっさん、戦えるのか?
「む。ピエール、出てこい! この不埒者をひっ捕らえよ!」
……他人に頼るのかよ。
多分そのピエールって人、俺が収納したと思う。
「む、トイレか? ならタウロス、出てこい! こやつをひっ捕らえよ!」
返事はない。
多分その人も、俺が反射的に収納したと思う。
「む。二人ともトイレとは、タイミングが悪い。やむをえん、ついてくるのじゃ」
「は?」
おっさんは悠々と歩き、ベランダから城内に戻る。
自分の立場を理解しているのか?
「む、何をしておる。庭へ向かうぞ、ついてこい」
「…………」
偉そうに、何様のつもりなんだ? まあ、王冠かぶってるし、何様なんだろう。
おっさんの後ろを歩いていると、遠くにいた兵士やメイドが敬礼……
するかと思いきや、逃げ出した。
見たところ、おっさんはそれに気づいていないらしい。
「む、今日も人が少ない。わしが挨拶の『ちゅー』をしてやろうと思ったのに」
「うっ」
誰もおっさんにキスして欲しいと思ってないから。
男の兵士としているところを想像すると……おええええ。
「む、貴様、何か勘違いをしておるな? ほっぺにだぞ?」
どっちにしろ嫌だ。兵士や使用人が哀れに思えてきた。
何でこんな人がエレナの父親なんだ?
いろいろ呆れていると、いつの間にか城の庭に到着していた。
複数の兵が木刀で稽古をしており、それを一人の女が見ている。
狐のような耳、五本の尻尾、緑色の髪……誰かにそっくりだ。
「む。エリザ、ワシじゃ」
「あらぁ? オッサンちゃん、どうしたのぉ?」
間延びした声で振り返った女性の顔は、エレナと瓜二つ。
きっとエレナの母だ。エリザという名前なのか。
胸がぺったんこなのは意外だ。
「む。こやつが、アローンが伴侶に選んだという不埒な男だ」
「あら、かわいいわねぇ。顔もいいし、あの子さえ良ければいいんじゃない?」
「む、いかん! 弱いやつに娘は任せられん!」
このおっさんには言われたくないな。
肝だけは据わっているようだが、全然強そうに見えない。
「弱いのには任せられない? ん〜、同感ねぇ。なら、私に勝てたらでどうかしらぁ?」
「む、公国最強のエリザなら、負けることはないだろう」
いや、公国最強とか無理だから。
バルコニーを守っていた兵士に一瞬で間合いを詰められたから。
断ろうとしたが、足元に剣が突き刺さる。
「それを使ってぇ?」
「は、はひ……」
怖っ……。
とりあえず剣を地面から抜き、構える。右手に剣、左手に箱という奇抜なスタイル。
「構えが隙だらけの素人みたいだけどぉ……そんなので勝てるの?」
「……ッ」
寒気がしたと思うと、背後に気配を感じ取った。
俺とは明らかに次元が違う。もはや瞬間移動に等しい。
そして、首元に触れている剣は……ついさっきまで俺が持っていたはずの剣だ。
「どうするのぉ? このままじゃ、あなたの首……飛んじゃうよ?」
「くっ……」
エリザが力を込め、刃が首に食い込む。
怖い、すごく怖い。
しかし、この人は一つの失敗をした。
そう、最強のダンボール箱が、まだ俺の手の中にあるということだ。
「収納」
「……あれぇ?」
剣が消え、エリザは不思議そうに首をかしげる。
その隙に、彼女を収納し、上空100メートルに召喚した。
大丈夫……だよな。いざとなったらもう一度収納しよう。
「む、貴様! ワシのエリザに何をーー」
「あ〜、びっくりしたぁ〜」
「なっ……!」
隣で聞こえた声に、心臓が凍りつくかと思った。
エリザは音もなく着地したのか、何事もなかったように立っている。
しかも、それは召喚した直後のことで、自由落下よりも早く地面に移動したということだ。
空中で加速するとか、万有引力を発見したニュートンに失礼だろう。
「なるほどぉ、魔法使いだったんだねぇ。オッサンちゃん、この子はとーっても強いよぉ」
「むぬぅ。エリザがそういうのなら仕方ない。貴様、ワシの娘を泣かせたら承知しないぞ!」
「あ、うん……」
内心ですごくホッとした俺。
エレナの件が認められたようだが、終わり良ければすべて良し、か。
こんな突飛な両親を持って、エレナも大変だろうな……。




