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わたしは振り返った。目の前には良二と一也が顔をそろえている。
「へ——え!」
「なんだよその顔、でれでれじゃん」良二が笑う。
「なんでここにいるの!? 商店街の電気屋で予約したって言ってたじゃん」
「ぼくがここで、本体を予約したんだ」
まじめそうなメガネに、すこし長めの黒髪。茶色のダッフルコートは、学校に着てくるものとおなじ。一也は、服にあまり興味がない。となりにいるファッション誌愛読者とは別のタイプ。部活も文芸部だ。
「そうだったの?」わたしは冷や汗を感じつつ、「一也もここだったんだ、そっか、そっか」
「涼愛ってほんとに好きだな、ゲーム」良二が言った。
「ま、まぁ……」
「さっきの顔で再確認したよ、おなじ人種だって」一也が言った。
「弟からはよくオタク女って茶化されてるよ。あいつは外で遊ぶタイプだからさ。あんまりそりが合わなくて」
ふつうに話そうとしているが、わたしの視線は良二の手元に固定されている。それを知ってか、彼は大型の手提げビニール袋を顔の横まで持ち上げた。
「おさきに失礼しちゃってます」
「その白いビニールのなかに、あ、あの、プロステさまがいらっしゃるの!? そ、その、袋がちょっと四角く浮き上がっている部分には、ディスクがあるのね!?」
「もちのろんよ」
「あああぁああ」わたしは頭を抱えた。「禁断症状がでるぅ」
「まだ遊んでないのにでるのかよ」良二が笑った。
「レディラⅡ楽しみだね」一也が言った。
「ほんと、わたしこのために生きてる」
「ぼくもほんとに待ったよ、前情報なんにも入れないのもつらかったぁ」
「もし詰まったら攻略聞いてもいい?」
レディラへの愛は負けているつもりないけど、ゲームプレイのセンスについては一也のほうが何枚も上手だ。わたしは次の目的地を見失うことがよくある。
「いいよ。いつでも」
「ありがとー」
すると良二があからさまにノドを鳴らした。
「お、おれだって、そのうちレディラ買うから。人気すぎて予約できなかった、ってだけだから」
そうだ……、良二はわたしに気があるかもしれないんだった。一也とだけ話題を合わせてしまうと、空気の滑りがわるくなるみたい。
「みんなで遊べるソフト、出てくれたらいいね」わたしは言った。
「対戦型のテトリスとか、出そうじゃね?」と、良二。
「あ、それおもしろそう」
「一也はテトリスやばいから。ゲームオーバーにならずに、六時間ぶっつづけられたっていうギネス保持者だもん」
「実際にギネスを持っているわけじゃないけどね……」
照れを隠すように一也は笑った。
「でも終わったころには、目が乾燥しすぎて角膜炎だよ。目が、目がー! ってもう、夕方には眼科に搬送だよ」
「それ以来、親からテトリスだけはやるなって言われたんだよな」
「まぁ、むかしのことだから。いまは大丈夫」
「笑い話になってよかった」わたしは言った。「ま、とりあえず、きょうからしばらくは個人活動期間だね」
ゲーム談義を引き裂くように、赤エプロンの店員がメガホンで吠えはじめる——
「はい! 開店五分前になりましたぁ!」
「お、きたきた——!」
購入できることは確定しているのに、心臓がばくばくと暴れだした。気づくと行列は尾を伸ばしている。
「どうか、前後左右のお客さんにぶつかるなど、事故がないようにおねがいします! あと、すでに他店で購入されているなど、関係のない方は列から出ていただくよう、おねがいします!」
「やべ」
良二は顔にあせりを浮かべた。周囲にいるお客さんの目つきがわるい。持っているのに、なに並んでんだよ、という鋭い視線が白いビニールに刺さりまくっていた。当日購入で並んでいる真横の列からは、とくにひどい。舌打ちまで聞こえてきた。
「は、はやく逃げな」わたしは言った。
「わり、またあとで」
並んでいる人たちにへこへこ頭を下げながら、良二はさっさと退散した。
「もうすぐだ……」
一也は背伸びをして、店の入り口を見ようとした。きょうだけは、カウンターもレジも外にある。お祭りの屋台みたいだ。紅白幕でカウンターは装飾されている。
当日購入分の整理券の配布が終了したらしく、列の後方から残念そうな声が聞こえた。
「開店一分前でーす!」メガホンが声をあげる。
並ぶ人々はいっせいに躰の向きを整えた。
狙うは紅白のカウンター。
「——開店でーす!」
「きゃっ!」
予約の列なのに、なんでうしろから押すのよ!
「だい、丈夫!?」一也が背中を潰された声で言った。
「だ、大丈夫」
「腕、つかんでて」
「う、うん」
ここまでの事態になるとは思っていなかった。女ひとりで並ぶには危険な列だったかもしれない。一也がいてくれてよかった。
「はい! 当日販売分の本体、売り切れです!」
メガホンが言うと、また無念の声が聞こえた。
列の前方からは歓喜の声も混じりはじめる。
「——円になります」列が進み、会計の声が近づいてくる。
わたしは片手に財布をぎゅっと握りしめて、うしろから押される圧をひたすら耐える。一也の腕にしがみついたまま、一歩ずつ進んでいく。
ついに紅白のカウンターが目の前にきた。
「ありがと」礼を言って、一也の腕から手を離した。
「お名前をどうぞ」店員が言う。
「北霧涼愛です」
「北霧さんですね。レディラ・クエスティアⅡと、プロップステーション本体、メモリーカードでまちがいないですか?」
「は、はい」
「税込で53,400円になります」
たけぇ!
三%の消費税を加味してもたけぇ!
だがしかし迷いはねぇ。
わたしはお金を払った。
「こちらになります」
白の手提げビニール袋が——ついにわたしの手に!
「ありがとうございましたぁ」
「やったね」次の会計は一也だ。
「むこうにいるね」
「うん」
列から抜けて、人がすくない場所まで行った。深海から水面まで上がったんじゃないかってくらい、新鮮な空気がうまかった。
「くたばれ二酸化炭素……」
「おい」
「え?」
「顔こわすぎだろ」
気づくと良二がとなりにいて、笑っている。
「いつからいたの?」
「五秒前くらいから——ほれ」
炭酸ジュースの缶が目の前に差し出された。
「いいの?」
「おまえらが勝ち戦しているあいだに自販機で買ってきた。一也のもあるから」
「ありがと……」
冬に冷たいジュースを飲むことはないが、群衆の熱気にさらされたあとだ。ノドは爽快感を欲していた。
「あ、でも両手がふさがっている……」
右手には財布とレシート、左手には手提げビニールのわたしが言うと、良二はなにも言わずに自分の荷物を地面に置いて、缶の口を開けてくれた。
「ゲームの袋、砂ついちゃうよ?」
「ん? いいよ別に」
「あり、がと……」
財布をポシェットにしまってから、空いた手で缶を受け取る。なんだろう、この感じ。なんとも思ってないはずの相手なのに、胸がすこしきゅっとなった。すぼまった口を隠したくて、ジュースを一口飲む。
「お、一也、出てきた」
「おまたせ〜」
「これで三人ゲットだね」わたしは言った。
「やったよ〜それじゃぼく帰るから」
こちらが別れを言うまでもなく、一也は背中を見せて去っていった。
「あいつ、まじもんのオタクだわ」
「あそこまでの切り替えができるの、むしろすごい」
「それじゃ、おれもレーサーになるか」
「わたしはファンタジーの世界に行ってきます」
「月曜には帰ってこいよ?」
「もちろん」
「もちのろん、な」
「それはちょっと、おじさんくさい」
わたしが言うと、良二は爽やかに笑った。スポーツをやっている人の、すっきりとした笑顔があった。
「じゃ、学校で」
「うん。またね」
肩幅の広い背中が遠くなる。そこには、もじもじ良二はいなかった。ゲームの発売日だから、気持ちがそっちに行っているんだろう。
そもそも、あいつがわたしに惚れている確証などないのだし。変に勘ぐって、恥をかいたら学校に行きづらくなる。紗奈にはわるいけど、いったん、良二の想いは考えないことにした。
「——いやああぁあああ!」
白いビニール袋から本体の箱を取り出した。
この感動を叫ばずにいられようか。
ぱん! とふすまがいきおいよく開いて、勇輝がこちらをにらむ。




