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ー5ー


 わたしは振り返った。目の前には良二と一也が顔をそろえている。


「へ——え!」

「なんだよその顔、でれでれじゃん」良二が笑う。

「なんでここにいるの!? 商店街の電気屋で予約したって言ってたじゃん」

「ぼくがここで、本体を予約したんだ」


 まじめそうなメガネに、すこし長めの黒髪。茶色のダッフルコートは、学校に着てくるものとおなじ。一也は、服にあまり興味がない。となりにいるファッション誌愛読者とは別のタイプ。部活も文芸部だ。


「そうだったの?」わたしは冷や汗を感じつつ、「一也もここだったんだ、そっか、そっか」

「涼愛ってほんとに好きだな、ゲーム」良二が言った。

「ま、まぁ……」

「さっきの顔で再確認したよ、おなじ人種だって」一也が言った。

「弟からはよくオタク女って茶化されてるよ。あいつは外で遊ぶタイプだからさ。あんまりそりが合わなくて」


 ふつうに話そうとしているが、わたしの視線は良二の手元に固定されている。それを知ってか、彼は大型の手提げビニール袋を顔の横まで持ち上げた。


「おさきに失礼しちゃってます」

「その白いビニールのなかに、あ、あの、プロステさまがいらっしゃるの!? そ、その、袋がちょっと四角く浮き上がっている部分には、ディスクがあるのね!?」

「もちのろんよ」

「あああぁああ」わたしは頭を抱えた。「禁断症状がでるぅ」

「まだ遊んでないのにでるのかよ」良二が笑った。

「レディラⅡ楽しみだね」一也が言った。

「ほんと、わたしこのために生きてる」

「ぼくもほんとに待ったよ、前情報なんにも入れないのもつらかったぁ」

「もし詰まったら攻略聞いてもいい?」


 レディラへの愛は負けているつもりないけど、ゲームプレイのセンスについては一也のほうが何枚も上手だ。わたしは次の目的地を見失うことがよくある。


「いいよ。いつでも」

「ありがとー」


 すると良二があからさまにノドを鳴らした。


「お、おれだって、そのうちレディラ買うから。人気すぎて予約できなかった、ってだけだから」


 そうだ……、良二はわたしに気があるかもしれないんだった。一也とだけ話題を合わせてしまうと、空気の滑りがわるくなるみたい。


「みんなで遊べるソフト、出てくれたらいいね」わたしは言った。

「対戦型のテトリスとか、出そうじゃね?」と、良二。

「あ、それおもしろそう」

「一也はテトリスやばいから。ゲームオーバーにならずに、六時間ぶっつづけられたっていうギネス保持者だもん」

「実際にギネスを持っているわけじゃないけどね……」


 照れを隠すように一也は笑った。


「でも終わったころには、目が乾燥しすぎて角膜炎だよ。目が、目がー! ってもう、夕方には眼科に搬送だよ」

「それ以来、親からテトリスだけはやるなって言われたんだよな」

「まぁ、むかしのことだから。いまは大丈夫」

「笑い話になってよかった」わたしは言った。「ま、とりあえず、きょうからしばらくは個人活動期間だね」


 ゲーム談義を引き裂くように、赤エプロンの店員がメガホンで吠えはじめる——


「はい! 開店五分前になりましたぁ!」

「お、きたきた——!」


 購入できることは確定しているのに、心臓がばくばくと暴れだした。気づくと行列は尾を伸ばしている。


「どうか、前後左右のお客さんにぶつかるなど、事故がないようにおねがいします! あと、すでに他店で購入されているなど、関係のない方は列から出ていただくよう、おねがいします!」

「やべ」


 良二は顔にあせりを浮かべた。周囲にいるお客さんの目つきがわるい。持っているのに、なに並んでんだよ、という鋭い視線が白いビニールに刺さりまくっていた。当日購入で並んでいる真横の列からは、とくにひどい。舌打ちまで聞こえてきた。


「は、はやく逃げな」わたしは言った。

「わり、またあとで」


 並んでいる人たちにへこへこ頭を下げながら、良二はさっさと退散した。


「もうすぐだ……」


 一也は背伸びをして、店の入り口を見ようとした。きょうだけは、カウンターもレジも外にある。お祭りの屋台みたいだ。紅白幕でカウンターは装飾されている。


 当日購入分の整理券の配布が終了したらしく、列の後方から残念そうな声が聞こえた。


「開店一分前でーす!」メガホンが声をあげる。


 並ぶ人々はいっせいに躰の向きを整えた。

 狙うは紅白のカウンター。


「——開店でーす!」

「きゃっ!」


 予約の列なのに、なんでうしろから押すのよ!


「だい、丈夫!?」一也が背中を潰された声で言った。

「だ、大丈夫」

「腕、つかんでて」

「う、うん」


 ここまでの事態になるとは思っていなかった。女ひとりで並ぶには危険な列だったかもしれない。一也がいてくれてよかった。


「はい! 当日販売分の本体、売り切れです!」


 メガホンが言うと、また無念の声が聞こえた。

 列の前方からは歓喜の声も混じりはじめる。


「——円になります」列が進み、会計の声が近づいてくる。


 わたしは片手に財布をぎゅっと握りしめて、うしろから押される圧をひたすら耐える。一也の腕にしがみついたまま、一歩ずつ進んでいく。


 ついに紅白のカウンターが目の前にきた。


「ありがと」礼を言って、一也の腕から手を離した。

「お名前をどうぞ」店員が言う。

「北霧涼愛です」

「北霧さんですね。レディラ・クエスティアⅡと、プロップステーション本体、メモリーカードでまちがいないですか?」

「は、はい」

「税込で53,400円になります」


 たけぇ!

 三%の消費税を加味してもたけぇ!

 だがしかし迷いはねぇ。

 わたしはお金を払った。


「こちらになります」


 白の手提げビニール袋が——ついにわたしの手に!


「ありがとうございましたぁ」

「やったね」次の会計は一也だ。

「むこうにいるね」

「うん」


 列から抜けて、人がすくない場所まで行った。深海から水面まで上がったんじゃないかってくらい、新鮮な空気がうまかった。


「くたばれ二酸化炭素……」

「おい」

「え?」

「顔こわすぎだろ」


 気づくと良二がとなりにいて、笑っている。


「いつからいたの?」

「五秒前くらいから——ほれ」


 炭酸ジュースの缶が目の前に差し出された。


「いいの?」

「おまえらが勝ち戦しているあいだに自販機で買ってきた。一也のもあるから」

「ありがと……」


 冬に冷たいジュースを飲むことはないが、群衆の熱気にさらされたあとだ。ノドは爽快感を欲していた。


「あ、でも両手がふさがっている……」


 右手には財布とレシート、左手には手提げビニールのわたしが言うと、良二はなにも言わずに自分の荷物を地面に置いて、缶の口を開けてくれた。


「ゲームの袋、砂ついちゃうよ?」

「ん? いいよ別に」

「あり、がと……」


 財布をポシェットにしまってから、空いた手で缶を受け取る。なんだろう、この感じ。なんとも思ってないはずの相手なのに、胸がすこしきゅっとなった。すぼまった口を隠したくて、ジュースを一口飲む。


「お、一也、出てきた」

「おまたせ〜」

「これで三人ゲットだね」わたしは言った。

「やったよ〜それじゃぼく帰るから」


 こちらが別れを言うまでもなく、一也は背中を見せて去っていった。


「あいつ、まじもんのオタクだわ」

「あそこまでの切り替えができるの、むしろすごい」

「それじゃ、おれもレーサーになるか」

「わたしはファンタジーの世界に行ってきます」

「月曜には帰ってこいよ?」

「もちろん」

「もちのろん、な」

「それはちょっと、おじさんくさい」


 わたしが言うと、良二は爽やかに笑った。スポーツをやっている人の、すっきりとした笑顔があった。


「じゃ、学校で」

「うん。またね」


 肩幅の広い背中が遠くなる。そこには、もじもじ良二はいなかった。ゲームの発売日だから、気持ちがそっちに行っているんだろう。


 そもそも、あいつがわたしに惚れている確証などないのだし。変に勘ぐって、恥をかいたら学校に行きづらくなる。紗奈にはわるいけど、いったん、良二の想いは考えないことにした。



「——いやああぁあああ!」


 白いビニール袋から本体の箱を取り出した。

 この感動を叫ばずにいられようか。

 ぱん! とふすまがいきおいよく開いて、勇輝がこちらをにらむ。



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