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3/23

ー3ー


「でね……。監視カメラの映像では、たしかにテスターは消えていたが事件性はない。本人は生きているし、外傷もないし。お財布も無事だって、新聞にはそうあった」

「でも、消えていたんだよね? 警察はほっとくの?」

「ようは、あれだよ。これ以上調べたって意味がない、ってことじゃない? 被害っていっても、テスターのひとりが精神を病んじゃったってだけだし。ゲームのしすぎでおかしくなったんだろ、っていう大人はたくさんいるし」

「うーん、まぁ、そっかぁ」


 世の中にはもっと凶悪な事件が山ほどある。ゲームメーカー社内で起きた一瞬の行方不明にかまっていられるほど、警察はひまじゃない、ということか。


「ところがね」

「うん?」

「最近キューブに脅迫状が来たんだって、週刊誌が」

「え?」


 一週間後にレディラ・クエスティアⅡの発売を控えているキューブだ。もし脅迫状が本当だったら、発売に影響はないだろうか。まさか延期してしまったり……。いや、そんな未来は考えたくない。


「脅迫状にはなんて書いてあったの?」

「出荷されるレディラのCDのうち、一枚が呪われている。それをプレイした人は異世界から帰ってこられない——週刊誌の内容だとそんな感じ。でも、もしゲームの世界に行けたら、それはそれで楽しそうじゃない? テーマパークみたいで」


 楽しそう……。

 果たして、ほんとうにそうだろうか。


 日本の生活に慣れたわたしのような人が、急にファンタジーの世界に落とされて、生きていけるだろうか。剣を握ったこともないのに。


「——てか、呪いの一枚って、やっぱレディラⅡで確定なの?」

「キューブが発売するゲームって、直近だとそれだけじゃない? 脅迫状の犯人は、すでに呪いの一枚を混入させたような口ぶりらしいし」


 それと言わずとも、

 それしかない。


「もしかしたらこの世から消えちゃうかも、と考えながら、待ちこがれた新作を起動するのはいい気分じゃないな」

「大丈夫だよ、スズがくじ当たったの見たことないし。保育園から、きょうまで」

「そう……、だよね。当たるわけないか」

「ないない。てか、呪いの一枚だって愉快犯が言っているだけだよ。ないない」


 呪いの一枚が存在していたとしても、それにぶつかるのは何万分の一の確率。あまり気にしなくていいか。


「いらっしゃいませ」近づく人影を見て、紗奈が言った。

「よっ」


 近づいてきたのはクラスの男子。普段は学生服かジャージのすがたしか見ないから、私服は新鮮だった。黒のロングコートに、紺色のジーンズ。水色のセーターの首元には、赤いチェックシャツの襟が見えている。


「良二《りょうじ》じゃん。どうしたの?」

「さっき、そっちの電気屋でプロステ予約してきた」


 立てた親指で後方を指して、良二は言った。片手はコートのポケットだ。


「もう一週間しかないけど、予約できたの?」わたしは訊いた。

「すったもんだがありましたが、なんとか」

「ソフトはなににしたの?」

「おれはガッツレーサー」

「あぁ、3Dのレースゲームだ」

「涼愛、知ってんの?」

「ファミ速で書いてあったから」

「すげーよな、最新のポリゴン表現システムでコースも車もリアルに描写されててさ。あー、早くやりてぇ」


 手でハンドルをまわすような仕草をぴたりと止めて、良二はこちらを見た。片肘を肩の高さまで上げて、まるで車窓からナンパするみたいな格好をする。


「おじょうさんたち、乗ってく?」

「いやだ」わたしは即答。「事故りそう」

「うちもむり」紗奈が言った。「てか、おまえ、まんじゅう買え」

「それが客に対する態度かよ」


 良二は笑いながら、コートの胸ポケットに手をやった。ふたつ折の革財布を取り出して得意そうな顔をする。


「そんじゃ、こしあんとつぶあん、一個ずつ」

「ありがとうございまーす」紗奈は営業の声で返した。「お客さまぁ、本日は酒蒸しまんじゅうも、たいへんお得になっておりまぁす。よろしかったらいかがですかぁ?」

「いかがですかぁ?」わたしもそれっぽい声を出す。

「じゃ……、ひとつもらうか……」

「ありがとうございまーす!」紗奈はまだやめない。「常連さまに大人気の草まんじゅう、店長いちおしの豆まんじゅうなどもございますがぁ」

「そっちはいいや」

「ございますがぁ」紗奈の声と眼力が強くなった。

「わーったよ、そのガラスにあるやつ全部くれ」


 良二が言うと、三人は硬い紐が切れたように笑った。


「三つで、一九〇円になります」


 今度はまじめなトーンでわたしが言うと、良二は小銭を差し出した。


「ありがと」


 ビニール袋にまんじゅうを入れて渡す。良二は受け取ったが、なにか言いたいことがあるような顔をして、すぐには去ろうとしない。


「あのさ……」

「なに?」


 顔をそっぽに向けて、すこし口をとがらせている。


「こ——こん」

「こん?」わたしは首をかしげた。

「こん……、のまんじゅう、賞味期限ってどんくらい?」

「きょう中には食べてほしい、といつも言ってるよ。ナマモノだから」

「そ、そう、だよな……」


 ふと右の耳がくすくすと笑う声をとらえた。

 そちらを向くと、紗奈がにやにやしている。


「どうしたの? 紗奈」

「ううん、なーんでもない」

「あ、あのさ……」良二がまだなにか言いたそうだ。

「はい?」

「こん……、どさ。プロステで遊ぼうよ。ほら、ツーコン買っとくからさ……。ま、まだふたりで遊べそうなの、あんまりねーけど…… 」

「ふたり、ねぇ……」紗奈が言った。

「さ、紗奈も来いよ。一也も呼ぶし、みんなで遊ぼうぜ」


 なんだ、ただの遊びの誘いじゃないか。ゲームがある家に男女であつまるのは、子供のころからよくあったことだ。めずらしくもない。サクッと言えばいいのに、なにをもじもじしているのだろう。


「いいよ? あ、でもわたし発売してから二週間は別の世界にいるから。そのあとでもいい?」

「お、おう、もちのろんよ。おれもガッツレーサー極めないとならねぇし」

「それじゃ、また学校で予定決めようよ、紗奈と一也も一緒に」

「お、おう……」


 良二の顔がほんのすこし曇った。


「じゃあな、バイトがんばれよ」

「ありがと」

「じゃね」紗奈が手を振る。


 コートのポケットに両手を突っこんで、良二は帰路を歩きはじめる。どこか寂しそうな背中だった。


「なんか、変じゃなかった? 良二」わたしは言った。

「あら、お気づきにならない? 涼愛さま」

「うーん……。あ、革の財布だ。あれ、お父さんからもらったって前に言ってた。現物を見せたのがはじめてだったから、ほめてほしかったのか」

「ちーがーう! わかってなーい」

「えー、それじゃなによー」

「ヒントをあげよう」


 紗奈は、片手の人差し指を顔の横で立てた。


「涼愛、さ、ま」

「さ、ま……?」


 ヒントはこれだけ、という顔だ。


「あんたがよく使ってるじゃない。さま」

「エルさま?」

「そのさま」


 話していると次のお客が来たので、わたしたちはいったん対応をした。そのあいだずっと、さまについて考えていた。


「ありがとうございました」


 お客が去ったタイミングで、どういう意味がなんとなくわかってきた。けれど、まさかあの良二が? という疑心ばかりが胸に満ちた。


「わかったよ、紗奈」

「お、きましたね、アタックチャーンス」

「良二は、好きなんだ」

「お! 気づきましたね!」

「紗奈のことが!」


 とてつもなく凍った顔を突きつけられた。まわりの雑踏までもが無音になった気さえする。あきらかに不正解だという視線がいたい。


「スズってさ……」

「うん」

「どんかん?」

「うーん……、猫舌ではあるよ」

「だめだこりゃ。前途多難だわ」


 ——またお客がいらしたので、わたしたちは対応をする。そのあいだ、なにがどう鈍感なのかを考えた。


 結果、ひとつの結論に辿りついた。


「ねぇ、紗奈」

「どした?」

「わかったよ」

「ほんとに?」

「良二はわたしが好きなんだ」

「はい正解」


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