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「……あの」わたしは言った。
「んん?」ラオ爺が反応する。
「破界の円盤は、どうして日本に?」
「ああ、それはもう、決まっているよ」
「ゼルークです」ニオが言った。
「そう。まぁ、わるい現実の裏にはゼルークありだよ。その真意はぁつかみかねんがね。想像するところだと、あやつは今度、世界を壊そうとしているんじゃぁないかと思うね」
——この世界はわれのものだ! おまえのような小童に渡してなるものか!
ゼルークが最後の戦闘でラクトに言った言葉がよぎった。
「自分のものにならない世界なら、壊すことで復讐を成す。どこまでも幼稚だね、しゃべりかたは紳士くさいけども」
「しかし自分で世界を壊すほどの力は、一度死に絶えた彼には残っていなかった」ニオがつなぐ。「ウーラニアの話では、世界の創造主がゼルークを蘇らせたとのことですが」
創造主……、差しあたるところだと、シナリオライターかな。シナリオライターがゼルーク復活でいいんじゃないっすか? と三好田氏なりに提案して、それでいいよ、とOKが出た瞬間——魔王は蘇った。
「自分の力では、世界を壊せない——。それを悟ったゼルークがぁ向かったのは、創造神の祭壇。復活したところで、ゴブリンくらいの魔力しか残っていなかっただろうに、きっと神頼みみたいなもんだったよね、ゴブリンにとっては」
さんざん苦しめられたあげく、一度は倒した魔王のあつかいがラオ爺のなかで雑になるのは無理もない。
「しかし、ゴブリンの想いがぁ通じてしまったね。ニホンにいるだれかと《よくないねがい》が合致した結果、とてつもない力が湧いた。悪意を吸うほどに、ゼルークは力を増すからね。ニホンに住まう悪人と意気投合してぇしまったんよ」
その悪人については、わたしはぜったいに知らない。会ったことも見たこともないはず。レディラの発売それ自体にうらみがある人……、そんな人、いるのか?
「ゼルークは破界の円盤を、レディラからニホンに転送した。円盤はそちらの世界にある祭壇に供えられ、召喚された破界の使者は、ゼルークをも超える力を持つとか」
「しかし、おそらくそれよりも早く——」ニオがつなぐ。「光の都にあるもうひとつの祭壇から、救界の円盤をトウキョウへ転送しました。ぼくと、先生、ルフィシラの聖女たちとで」
「あ、あなたたちが?」
「救界の円盤は、そちらの世界にいる、もっともレディラを愛する者の手に渡るよう、わしらはねがいを込めた。念には念を、だぁね」
わたしが買った一枚のCD。
一枚のゲームソフト。
それが、この世界への入り口であり。
ラオ爺たちにとっての、頼みの綱だった。
「いわばぁ、光の円盤ともいえよう、それがスズさんの手に渡ったとき。円盤が自発的に光って、輝いていたとか、そういう異変を感じられたはずなんじゃが——」
「……円盤が、ですよね」わたしは答えた。
「うむ、円盤が」
「ええと——」
そりゃもう光ってた。ずっと待ち焦がれた、大好きなシリーズの新作。しかも本体と同時に買った次世代のゲームソフト。それがたとえ、なんの変哲もない、ふっつうのディスクだったとしても、わたしの目には光って見える。まちがいなく、光って見える。そういうフィルターが脳にちゃんと実装されているから、どうあがいても光って見えるに決まっている。
「光って、いた——と、思い、ます」
なんでこんなちょっと恥ずかしい心地でお伝えせねばならんのよ、なんか泣けてくるわ。
「さすが、使者さまです」
ニオ、やめてくれ、いま褒められると恥ずかしさが濃くなっていく。
「うむ……。それでこそ世界を救う女神だぁね——どうしたの、顔がまっ赤だけども」
「は、恥ずかしくて」
「なぁに。ラクトだって英雄だなんていわれて、実感なんかしてないはずだよ。恥ずかしさは謙虚の証だね」
ふぉ、ふぉ、ふぉ——とラオ爺の笑いと、ニオの澄んだ視線。ディスクはまちがいなく発光していたはずだ、が、わたしはナチュラルに気づかず、まったく不思議に思わなかった。
いいじゃないか。
それくらい、ゲームが好きで愛している。
それがわたしなのだから。
きっと、世界にはもっとこういう女性がいるはず。
インターネット……、とか、そういうのが発達すれば、おなじ属性の人ともっと知り合えるはず。
「そういえば……」わたしは言った。「どうして、その、わたしが使者だと?」
「ここで、スズさんに会える、という予言だったからね」ラオ爺が言った。
「救界の使者さまは、ガムドラに落とされた——その後の足跡もウーラニアが予言してくれました。それに従って、ぼくらはここダタンタに急ぎました。ほんとうに会えて、ほっとしました」ニオが微笑む。
「最上級の回復魔法を唱えたとたんにぶっ倒れる白魔術士がいたら、その人がぁ使者だとね。ウーラニアが」
なんか。
すいません。
こんなのが使者で。
「あとは——涙の色とかね。いろいろ判断材料はあるんだけども。まぁ、この世界の人じゃないくらいは、顔つきなりでぇピンときますわね」
朗らからに言って、ラオ爺は笑い声を重ねた。
「こちらの世界の住民としては、スズさんに死んでもらうわけにはいかないんよ。破界の使者に対抗しゆる、ゆいいつの存在だという、ウーラニアの言葉を信じるかぎりはね」
なんだか急に責任重大な感がすごいのですが。
「わたしが破界の使者を——」
「倒せる存在である。ぼくはそう信じていますよ」
ニオの笑顔は、心を軽くしてくれる。もしもその破界の使者が、ボロボロのワイシャツを着ながら、半べそをかいて日本に帰りたいと嘆くサラリーマンだったら——話し合いで解決できないだろうか。
「破界の使者は、もうこの世界に召喚されたのですか?」わたしは訊いた。
「それは、まだわからん」ラオ爺が首を横に振った。「ただ、ゼルークがまた世界中の人々を玩具のように振りまわして遊びはじめた——というのは確固たる事実だね。それだけでも十分にめんどい」
あ、そうだぁ、とラオ爺はなにかを思い出した。
「救界の使者さまを召喚するときにね。どうしても、支払わねばならない代償がぁあってね」
なんだろう、ユグドラシルの葉かなにかだろうか。
「この世界において使者さま——スズさんの愛をもっとも強く享受した者の命です」
ニオが言った言葉は、わたしの耳に入って、脳内をぐるぐると回転しから、みぞおちに落ちて、心臓がしめつけられて——
「ただ、すぐに死ぬわけじゃぁない」ラオ爺が言った。「使者さまがこのさき死なずに、この世界も救われたときが、その者の死ぬときなんで」
つまりそれは。
世界を完救しようとするかぎり、
刻一刻と迫る、死のセンコク。
「——大丈夫ですか?」ニオがわたしの顔をのぞきこんだ。
「どのみち、このレディラにおいて、もっとも愛する人だよ。スズさんの故郷のだれかがぁ死ぬわけじゃあない。世界そのものが消えれば、すべての命が消える。ひとりの犠牲は、この際、飲みこむ意外にないと決意した、こちらの判断をどうか許してほしい」
だからか。
だから、エルさまのひたいに死のカウントダウンが——
「いやああああああ」
「お気をたしかに」ニオがあわてる。「なにも、あなたの肉親が死ぬわけじゃないですから」
「大好きな人、大好きな人は——この世界にこそ、いるんですよおおお」
え、だれ? と訊きたいポカンとしたふたりをよそに、わたしは叫んだ。大好きな人が、自分のせいで、自分がここに来たせいで死んでしまう。
ぐずぐずと泣いて、シーツをぐしゃぐしゃに汚しながら、どこまでも悲嘆を放ちまくった。
「エルさまああああ、いやあああああぁ」
「そいつぁ、エルディス・ヴァンクロウズのぉことかい」
ラオ爺とニオは目を合わせた。
「エルディスさんといえば、先生と世界を救う旅をした——」
「この世界に来て、出会ったエルディスに惚れちまったんだぁね。ひと目ぇ惚れだねぇそれはきっと」
「ちがいます! もっと前からです! ドット絵のときからです!」
「どっと……?」ニオが首をかしげる。
そうだ——この世界に転移する前、わたしはゲーム画面でエルさまに付与された状態異常を見ていた。死まで65535。あのテキストメッセージが表示された時点……、いや、わたしがゲームショップでレディラⅡを買ったときから、この世界に来ることが決まっていた。どれにしようかな、と店頭に並ぶディスクを選んだわけじゃない。予約して、店員が無作為に選んだディスクを、完全に受け身で買った。
——ああ、いまさら考えたってしかたない。
もう決まっていたんだ。
わたしがここに来ることも。
引き換えに、エルさまが死のセンコクを受けることも。
一也といっしょに、朝の行列に並んでいるときから。
もしかしたら、紗奈とおまんじゅうを売っているときから。
ぐずぐずは止まらないし、ふたりはずっとこっちを見つめているし、恥ずかしいやら悲しいやらで、ふとんをぶっ飛ばして逃げたくなった。
「先生」
「ありゃぁ」
「やはり、スズさん、ほんものの使者さまです……」
「そうだねぇ、すごいよ、こんな涙の色ぉ見たことない。すくなくとも、この世界にはいままで存在しなかった色だぁよ」
気づくとベージュ色のシーツには、虹色のシミがいくつもついていた。




