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「すっかり雛ドラゴンをぉ育てる気でいたからね。ペットみたいに。そりゃもう、びっくりよ。赤子じゃない、九歳くらいの立派な子供だったものね。おかげで人恋しさみたいなんはぁ、どうでもよくなったけども」
会話をしん……、と聞いているニオを見たが、すこし口を結んで気を重そうにしている。
「ぼくは、どこで生まれたのか。どうしてドラゴンの卵に入っていたのか。まったくわかりません」
「記憶が……?」
「はい、ありません。魔王が倒されたあとに生まれたようなもので、それゆえに、魔物を見たことがなかったのです」
「そんなぁ感じでね」ラオ爺がつなぐ。「ドラ太郎なんて名前じゃぁ、さすがにかわいそうだから、わしがひとまずの名前をつけたの」
それが、ニオ——。ファミ速で読んだレディラⅡの発売前情報でも、ニオだけ苗字がなかったのは、こういう経緯だったのか。
「とはいえ先生に拾われてからは、なんら問題なく過ごせています。学術を深められる日々に、感謝しかありません」
「うちには本しかなかったが、本が好きな子でぇよかったよ」
ラオ爺も満足した顔だ。ふたりの絆は、とても深いものだとわかる。
「んではぁ、スズさんのことに話題をもどそう。まずは祭壇の話だね」
「祭壇?」
「うん——。ニホンという異世界と、このレディラをつなぐ祭壇が、双方の世界に存在していてぇね。ちょいと絵を描くよ」
ラオ爺は人差し指を宙に泳がせる——なにもない空間に、絵の具で書いたような一枚絵が浮かんだ。SFの映画で見るような光景だ。
しかしその絵に描かれているもの。灰色で、角ばった、見覚えのある——
「プロステだ」
「そっちの世界ではぁそう呼ばれているんだね。こっちではぁ創造神の祭壇と呼ばれているよ。絵の具のタッチじゃあまり伝わらないかもしれないけど、大の男が三人、縦に並んで寝てもあまるくらいの直径がある。素材は石」
ほとんどプラスチックでつくられたプロステとは、サイズも素材もまるでちがう。
「これはレディラにふたつあってね。それぞれは、光と闇とで対になっとる。ひとつは極寒の地、アミアラム大陸の山奥。これは闇を祀る祭壇ね。もうひとつ、光を祀る祭壇は、光の聖女たちが住まう——」
「ルフィシラ……」わたしは言った。
「さすが使者さま。よくご存知で」ニオが感心する。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。予習は十分のぉご様子ですな」
歩く攻略本と呼ばれたのは、女としてどうなのかと考えたこともあったけど——なにも恥ずかしいことじゃないよ。むしろ誇っていいんだ。
「して、この祭壇のね」ラオ爺がつづける。「まんなかが円になってちょっとぉ隆起しているでしょう?」
そこはプロステのディスクを入れる部分だ。
「ここがね、とある方法でもってぇ開くようになっているの」
プロステだったら向かって右側にあるボタン、Openと書かれたところを押せば、パカっと蓋が開いてくれる。
「この祭壇の向かって右側に、丸い窪みがあるんだけどね。そこを強い想いとともに叩くと、開くのよぉ、パカっと」
ラオ爺は指をすべらせて、絵を切り替えた。プロステが蓋を開けて、ディスクをどうぞ入れてくださいと構えているすがたそのまんまだ。
「んぐ」
「なぁに笑いそうになってんの」
「あ、いや、わたしの世界の祭壇とまったくおなじ見た目だったので」
「そう、まぁ、そうよね、そりゃ」
ラオ爺は軽く流したが、ニオの顔がちょっと険しくなっている。先生の話を笑うとはなにごとだ、と顔面から圧を放っている。
「ごめんなさい」
「いいのよ、ほれ、ニオもにらまない」
その顔を見ずに気づくとは、ラオ爺の六感、あなどれない。
「すいません、つい」
「わたしがいけないの、ごめんね、ニオ——さん」
「呼び捨てでいいですよ」よかった、ふつうに笑っている。
「あ、ありがとう」
「でね」ラオ爺は指を滑らせて、次の絵だ。「これ」
パカっと開いた祭壇のなかに、丸い円盤がある——その円盤はまっくろで、文字のひとつも描かれていない。まるでわたしが買ったレディラⅡのCDの記録面みたいな見た目。
「これが破界の円盤」
「はかいの——」ぼけっとしたわたしの口から言葉が漏れた。
「この円盤が、いま、この世界から消えちまったの」
「消えると、どうなるのですか?」
「消えただけでは、まぁとくになにもないけども。わるい者の手に渡ったら、ひどいことになる」
そういえば、今後プロステで発売されるゲームのなかに、CDを読みこんでモンスターを召喚するようなものがある、とファミ速で見たことが——それを思い出した。
「そもそも、三年前には祭壇自体が存在していなかったのですよね」ニオが言った。
「うむ。いつからそこにあったのか。アミアラムの山奥だぁなんて、寒くて危ないところだれも近づかないけども。ウーラニアの話では、ここ最近、祭壇が現れたような口ぶりだったぁね」
「ルフィシラの聖女も、気づいたらそこにあった、と言っておられました」
ここ最近——それが二、三年の範囲で考えられるなら、レディラⅡの開発が進行して、いよいよプロステの実機でゲームが安定して動いてきたあたりで祭壇も具現化したのか? だとするなら、やっぱりこの世界と日本はつながっている。
「破界の円盤は、いまどこに?」わたしは言った。
「スズさんが住んでいた世界にぃある。人が片手で持てるほどのサイズに変わって、ね」
・…………………………・
元キューブ第一開発部長の荒井は、自宅に帰っていた。ローンで購入した新築の一室で、うずくまり、咳こみ、ひんむいた目を床に向けて、よだれを垂らしている。
「なぜだ、なぜだよ! 世界が止まったままだ! くそ! 冗談じゃない!」
よろよろの足で階段を降りて、リビングに入る。食事の準備をしていた妻が、静止画みたいに固まっている。ソファに座り、大型テレビにかじりつく息子も、ぴたりと固まって動かない。
窓を開ければ、おなじように固まった通行人が見える。道路を走る車も、列車も、飛行機も、なにもかもがぴたりと止まって動かない。
「あいつの企画さえ潰せればよかったんだよ。三好田の——手柄を、ぶっ壊してやれれば、よかったのに、うその脅迫文を社内に流してまで、レディラⅡとキューブが倒れるように仕向けたのに——ああくそっ!」
答えろ! ゼルーク! おまえはなにをした!
叫ぶと、どっくん、と心臓が大きく揺れた。
脳に声がひびく。
「死はこわいか」
「当たり前だ!」
笑い声が脳に充満する。
「どうすればいい! 教えろ!」
「おまえが持つレディラに対する《うらみ》。それ以上の《愛》をレディラに抱いている者。その者はかならず、破界を阻止する救界の使者とならん——」
「ふざけるな!」荒井は床に拳を叩きつける。「どこのどいつだ——いや、どうせ三好田だろう! あいつ以上にレディラを愛しているやつなどいるものか」
「救界の使者は、すでにレディラだ」
「ほんとうなんだな。もう地球から消えているんだな……!」
問われるも、ゼルークは声高らかに笑うばかり。
「うるさい、その笑いをやめろ!」荒井は爪を立てた両手で頭髪をかきむしって、「レディラにいたら、どうだってんだ」
「知れたこと。そいつを殺せばいい。行き方は知っているだろう」
「テスターで試したからな。わかってるさ。この円盤の力は——」
荒井は、両面が真っ黒のディスクが入っているCDケースをひとつ手に持った。
まさにいま手に持っている破壊の円盤を、すこし前に複製した。その複製版をテスターの実機に忍ばせたことも新鮮な思い出だ。
遊んだテスターは、ほんの一時間ほど異世界に飛んだ。しかし転移の力が弱かったせいか、実験体はすぐに日本にもどってきた。荒井にとっては、実験体がどうなろうと関係なかった。ゼルークの言葉がうそではないと、その信憑性をすこしでも計れれば、それでよかった。
荒井には家族も生活もある。
異世界に飛ぶことは避けたかった。
帰れるかもわからないからだ。
「レディラという存在そのものを破界できる力が、ほしくないのか?」
ゼルークはまた言った。
会ったときにも言っていた。
甘言を鵜呑みにはしたくなかった荒井は、異世界に行かずともレディラ・クエスティアⅡという作品に深い傷を与える方法を考えた。
対となる救界の円盤についても、ゼルークから聞いていた。自分以外のもうひとりがレディラに飛ぶだろう、ということを知っていた。
ユーザー失踪の事実が世間に知れ渡ってくれれば、新作ゲームにどれほどの傷がつくか。それを想像した荒井は、もうひとりの使者がまんまとレディラに飛ぶのを待った。それによって世間が大さわぎするのを待った。
しかし——全世界の時間が止まり、いまにも死にそうなほどの体調不良がおそってくるとは、思っておらず。
「この世の時間が止まった理由——知りたいか」
「ああ、教えろよ、おしえてくれよなんなんだよ!」
「救界の使者がレディラへ飛んだ。おまえが生きているこのちいさな世界はその異変に仰天し、適応できず、時空間ごと硬直してまった。やつがもどらないかぎり——いや、やつが死なないかぎり、おまえのちいさな世界は凍ったままもどりはしない」
その言葉をいまは信じるとして、しかし——
「おれがいまにも死にそうなのは、なんでなんだよ」
床に向かって咳と唾液を溢しながら、荒井は言った。
「おまえが使命を放棄するなら——死んでもかまわない。われの判断だ」
荒井はいまゼルークに殺されかけている。
「あああ、卑怯者が、卑怯なんだよ魔王というやつは!」
「卑怯? おまえがそれを言うとは笑止にして千万。世界の時が止まったとなれば、女の服を剥がし、気に入らない者を殴り、食いたいものを貪って腹も悦も満たす。それが人間だろう」
「おれがそんな下賎なやつに——みえるかぁ!」
その問いには、ゼルークの笑い声だけが返った。
「選べ。死か。使命か。死か。使命か」
救界の使者を消さなければ、日本は、世界は、荒井の家族は、二度と動かない。
「選べ」
低い声が荒井の心臓を握りしめる。
「ゼルーク——」
探せ
虹色の涙を流す者を
見つけだして
殺せ
「くそ、くそぉっ」
パカっとCDケースを開けて、なかからディスクを取り出す。手に持たれたディスクは黒もやをまとって、どうにも気色がわるい。
自室にもどって、自前のプロステ本体をにらんだ。近づいて、プロステのOpenボタンを押す。本体の蓋が開いた。
ディスクを入れる。
蓋を閉めて。
電源を入れる。
ノイズまみれのタイトル画面が映る。
荒井はソファにも座らず、その場に立って、まるで遊ぶべき角度ではない方向からブラウン管の画面を凝視した。
ニューゲーム
ロードゲーム
レディラ
本来あるはずがない、みっつ目の選択肢に、白い手ぶくろみたいなカーソルを合わせる。
「おれは——もどれるんだろうな」
「救界の使者を殺すことができれば。レディラは壊れ、消えて、おまえも元の世界にもどれる。時を失った家族も、また動きだすだろう」
「——っ!」
上からひとつずつカーソルを落としていき、レディラという文字に合わせる。荒井は数秒の迷いを覚えた。しかしそれは、彼にとっての邪念だった。まるで自分の指を切るヤクザのような形相で邪念を断ち切り——親指はボタンを押した。
・…………………………・
「というわけでぇ。ウーラニアの話だと、ニホンという国から、ふたりの使者が訪れるとのことだったぁよ」
「そのうちのひとりが、わたし……?」
「片方の使者はレディラに強いうらみを持つものです。それこそ、レディラを消し去りたいとねがうほどの」ニオが言った。「しかし同時に、レディラへの強い愛を持つものが、かならず——」
たしかにレディラへの愛だったらだれにも負けていないと、自分では思っていた。けれど、何万人といるプレイヤーのなかには、わたし以上に作品を愛する人だっていてもいいはず。
それでも——ほんとうに全国、いや、全世界一位の愛を、わたしはこの世界に抱いていたのだろうか。




