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ラオ爺の指示によって、負傷した村人が広場の一箇所に集められた。防災訓練でもしているのかってくらいの押しくらまんじゅうで、ぎゅ、ぎゅっと負傷者が躰をくっつけ合う。
「いでぇ、いでぇよ、なんでこんなにくっつかなきゃなんねぇんだよ、足が動かねぇから寝床で手当てしろってんだぁ」
押しくらまんじゅうのなかでだれかが言った。だれが言ったかもわからない。みな口々に痛いだの折れただの刺されただのと、不満を噴出させている。どの口がどの言葉を発しているか、わかるのは聖徳太子くらいだろう。
「はい、その右奥から三人目——坊主頭のお父さん、ちょっとしずかにして。足はすぐ動くようになるから」
いたよ聖徳太子みたいな人が、ラオ爺やっぱすごい。
「そんじゃぁ、まずスズさんかぁら」
「はい……」
杖を握りしめて、わたしは一歩前に出た。患者全員の視線がこっちに集まる。
「パナトヒーラ」
魔法が大勢の患者を癒していく——その感覚が手に取るように伝わってきた。
「おお!」坊主頭のお父さんが声を出した。「すげぇ、足が動ぐようになった! 躰もコルフィの実を噛んだみてぇに軽ぃであ!」
「わたしも旦那に殴られた頬が痛ぐねぇ!」エプロンを着たご婦人が言った。
「おれなんか、妻の反撃で腹に包丁ぶっささって死にそうだったげど、いまの魔法ですっかり楽になっだ!」
すると患者たちを見守る外野(負傷しなかった村人たち)のなかから、ひとりの女性が口を開く——
「んーだ生き返っちまったのかい、このまま死んでぐれたらいがっだのに」
「お、おいおめぇ!」
本物の血の気が見えてしまった夫婦漫才に、村人たちは笑いを重ねる。
「急におそっでぐるからさぁ」女性はつづける。「あ、殺していいんじゃない? これ、と思っでこっちも本気で向がっだのよぉ」
世間話をする主婦の手招きっぽい仕草は異世界でも共通だな——などと思っていると、急にめまいがした。
「うっ」わたしは膝をついた。
「おう、でぇじょうぶかい白魔術士さん……。おらたちのために、そったらぐあいわりぐしてまで……」
村人のひとりが言った。場はしん……、と神妙な空気に染まる。
「うむ」ラオ爺は帽子のつばに触れて、「それじゃ、あとの患者さんはぁエリニナにまかせるとして」
「最初からあたしひとりで全員治せたわよ。ほら、まだ痛い人は残って。元気なのは、さっさと歩いてかたまりから離れる。魔法が分散するから」
エリニナは杖を握って、回復の呪文を唱えはじめる。村人たちはケガこそ負ったけれど、死んだものはひとりもいなかった。ほんとうによかった。
「そこの、ほれ、殺し合いの夫婦げんかをしたおふたり。ご自宅のベッドはぁ空いとるかい?」
ラオ爺が言うと、奥さんは客間ならいつもきれいにしているよ、と答えた。
「そんじゃ、スズさん。ちょぉいと休もう」
「す、すいません」
「肩、持どうか?」旦那さんが駆けよってきた。「治しでぐれた礼にもならねぇげど」
「あ、いえ、なんとか歩けます」
「そうがい」
「ほうれ、すぐ若ぇ女に手ぇ伸ばす」
「う、うるせぇやい」
ご夫婦に導かれるまま——よろよろと頼りない足取りで、わたしは民家に向かった。このときは、なぜラオ爺までついて来るのかを考える余裕もなかった。
民家のベッドに寝かされて、水を一杯いただくと、躰はだいぶ楽になった。そういえば、ゲームのなかでオアシスの水というものが売っていたのを思い出した。MPを固定数値で20だけ回復するものだ。終盤こそまったくもって役に立たないアイテムだが、MPがすくない序盤では、かなり世話になったのを覚えている。
「どうだい。スズさんや」ラオ爺はあくびをしながら、室内に入ってきた。
「あ、だいぶ楽になりました」顔をそちらに向けて、わたしは言った。
「ちょうどさっき、王国兵士の一団が村に来たようだぁよ。ガムドラは、ラクトたちに守られて、ひとまずゴブリンの一軍を退けることに成功したらしい。王国に出稼ぎに出ている人の家族も、この村にはいるからぁね。心配していた者は、さぞ安心だね」
ラオ爺はベッドの脇によいしょ、と座った。あぐらの姿勢で帽子のつばを人差し指で持ち上げると、すこし色黒な顔が見えた。
「ベッドの足が低いから、あぐらでも話しやすいね。これくらいがぁいいのよ。ね、異世界からの使者さん」
——
なんだ?
ん?
いま、なにかがぱきっと凍って。
顔だ。
顔が凍った。
わたしの顔。
ラオ爺は自然体だ。
「あ——」
「心配せんでぇもいい。だいたい、わかっとる」
「え——」
「ニホンはトウキョウから、ようこそおいでなさった」
「は——」
コンコン——ドアがノックされて、わたしはびくりとムチを打たれた。
「先生」ドア越しにこもった声がする。「入ってもいいですか」
「いいよぉ」ラオ爺が背後に声を投げる。
「失礼します」
小柄の黒魔術士がひとり、部屋に入ってきた。胸の前に抱えるとんがり帽子は家に入ったときに脱いだのだろう。礼儀正しい佇まいが全身から溢れている。背中には紐付きの杖。非戦闘時は、背中に杖を置いているなんて、めっちゃかっこいいじゃないか。黒髪のおかっぱで、まっしろな肌。瞳はエメラルドグリーン。
しかし、部屋に三人となればラオ爺は話題を変えるだろう。たぶん、わたしが日本から来たことを知っているのは彼だけ——
「スズさん」少年——ニオが片膝をついて深々と礼をした。「いえ、救界の使者さま。お会いできたこの感動を、言い表す術もございません。ニホンからようこそお越しくださいました」
——じゃ、 なかった。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉ」ラオ爺は笑って、「ま、ここだけの話だけどね。ラクトたちはどうせ知らんから、このまま黙ってても大丈夫だろう。しかしね、先年の魔王討伐戦のあとから、大賢者となっちまったもんでぇ。立っているだけで、なんでもわかっちまって困るねぇ」
「先生」ニオは礼を解いて、「ちがうでしょう」
「うん、そう、ごめんね、じじいが見栄を出しちゃだめだね」
ふぉ、ふぉ、ふぉ——。RPG風の吹き出しのなかに、セリフの文字。そんな画面上の景色が頭によぎる。ここにきて現実感が薄れてきた。わたしは夢を見ているんじゃないだろうか。
「ま、タネを明かすとね。この世界に占星術を象徴する召喚獣ウーラニアがいるんだけどね。召喚士が喚ばないと出てこない彼女が、とつぜん、うちに来たのよ。うちっていってもイズバルア大陸にある賢者の森から、さらに遠く離れた辺境だけどぉね」
ラオ爺の故郷といえば雷の大陸イズバルア。日本でいう秋の景色に染められたそこは、黒魔術の本流ともいえる地方だ。
「ほんとうにおどろきました」ニオが言った。「先生に拾われてからこのかた、ずっと人間しか見てこなかったものですから。魔物はおろか、まさか召喚獣に出会うとは」
いまがレディラⅠの三年後だとして。ニオは小学生高学年くらいには見えるから、物心がついたころには魔物の一匹くらい見たことがあるはず……。
「うんうん」ラオ爺が目を細めて微笑んだ。「ニオが魔物を見たことがないのを不思議に思ってぇおるよね」
「は、はい」
「この子はぁね。川を流れていたのよ」
「川……?」
「そ、川」
「えと、小船かなにかで?」
「ううん」ラオ爺は首を横に振った。「ドラゴンの卵にぃ入ってた」
ファミ速で読んだのとおなじ話だ。まるで桃太郎みたいじゃないか、とアパートの一室で週刊誌を手に、にやにやしていた自分をよく覚えている。
「ひとりで隠居生活をしていたんだけどね。そろそろだれかに会いたいなぁ、街にでも行こうかなぁ、なーんて思いながら川で洗濯してたのよ。そしたら、どんぶらこ、どんぶらこ、とドラゴンの卵が流れてきた。わしはそれを念力でぇ、ひょいと拾った。そんで毛布にくるんで、暖炉の前に置いておいたのよ。あったまれば孵化するかなって」
しかし生まれたのは、人間の子供だった。




