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異世界 推シ 消えヌ 死のセンコク  作者: 燈海 空
雫歴658年 ニッドバッガ大陸
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18/20

ー9ー

 

「わたしたちの故郷では、王に支える召喚士団がいる——それは村長さんもご存じかと思います」

「実際に召喚術というものを見たのは、はじめてであ。召喚といえば、氷の国シラミスだ。それに関しては、周知の常識であるところであ」

「わたしは召喚士の血をもちながら、その才に恵まれないままでした。けれど、姉はちがう。おさないころから、彼女は大人でも喚ぶにむずかしい召喚獣を次からつぎにあつかっていました」


 シラミス王家直属の召喚士団、そのトップまでのぼりつめたソフィア・ルッケンプルツ。


 しかし彼女の技量を追う、ひとりの優秀な召喚士がいた。名をランダンというその男は、護衛召喚士団のナンバーツーだった。


 ランダンは、シラミスの解体を狙う悪賊と手を組んだ。国王と妃を殺すための召喚をあろうことか玉座の前で行った彼は、その瞬間、はじめてソフィアと敵対することになる。


 冥の召喚獣ハデスを喚んだランダン。

 剣《つるぎ》の召喚獣オーディンを喚んだソフィア。


 ふたつの強大な力は王城にいくつもの大穴も残すほどの、はげしい戦闘を繰り広げた。


 結果——オーディンは冥の力を前に、剣を落としてしまう。


 そこに現れたのは魔王だった。


「ソフィア。ソフィア。その力、強めたくはないか」悪魔のささやきだ。

「魔王に振るしっぽなどない!」


 王家直属の正装に身を包んだソフィアは歯を剥き出した。聖なる誓いに背いてなるものか、と。


「ふむ。そうか。このままでは、シラミスは滅び、果てにはおまえの肉親も死に絶えることになろうぞ」

「——っ!」

「さぁ、契約を。最上の力をさずけよう」


 もう召喚する力は残っていない。ハデスは、六本あるうちの二本の腕にそれぞれ、国王と妃を捕らえている。血に汚れた包帯が巻かれた顔から、感情のない片眼が視線を動かす。抜けて、欠けて、ぼろぼろの歯が見える大口を開けると、そこに闇の力が溜まっていく。あの黒炎が口から放たれれば、国王と妃は闇に焼かれて死ぬ。


「さぁ、契約を」

「——わたしにはなにが起こる!」ソフィアが言った。

「われに染まれ。われに動け。われに従え」

「くっ、あああっ、あああああ!」


 叫び、人の心を捨てた。

 邪悪を乞うつもりはないが、力を乞うため、

 ソフィアは魔王に手を伸ばした。


 凶召喚という術を手にした彼女は、普段の二倍は強力な召喚獣を喚ぶことが可能になった。


 レディラⅠでは、ソフィアのパートは切り分けられた独立の回想イベントとして操作ができた。オーディンは、凶オーディンという名前に変更されて、実際のパラメータも弾むように上昇した。その狂った力をもってして、ハデスを退けることは容易だった。適当にたたかうを連打しているだけでも、3ターンほどで終了する戦闘を、わたしは幾度も経験している。


 駆けつけたティクルは、まるで人の目を失った姉を見て、姉を呼び、姉と話そうとして、姉を信じようとした。


 妹の懇願むなしく、ソフィアはどこか遠くへ去ってしまう。魔王と交わした悪魔の契約は、四肢に穿たれた杭のように、いつまでもその心身を呪いつづけた。


 残されたティクルは国に属する白魔道士団への内定を蹴って、ただひとり、ソフィアを探す旅に出る。そして運命はつながり、ラクトと合流することになった。



「お姉ちゃんはまだ、呪いに苦しんでいる……」


 うつむくティクルの前に、ココナッツミルク入りのグラスが置かれた。運んでくれたのは村長の娘だ。わたしよりもすこし年上か、おなじくらいの年齢に見える。頬から鼻、そして頬へと一直線の白いペイントを飾って、すこし色黒な美人だ。黒くてさらさらの髪は片側のこめかみ付近だけ、編みこまれている。


「みんなさん、なんだら落ちこぶれた顔してぇ。タミタルナッツのジュース飲んだらぁ、元気になるであ?」


 ココナッツではなく、タミタルナッツだったらしい。


「村のみんなも、被害がすくなくていがったぁ、って腹を撫で下ろしてるであぁ」


 村長の娘はテーブルをまわって、おぼんのジュースを置いていく。


「腹でなくて、胸だであ」村長がつっこんだ。

「まぁ、ともあれさ。原因がわかったってことは一歩前進じゃね?」


 くるくるストローのさきっちょを咥えながら、ラクトが言った。


「わたしにとっては、お姉ちゃんとの戦いがまるごとフリダシにもどった気分だよ……」ティクルは消沈を重ねる。

「だが——気になるな」


 いままでなにか、別のことを考えていたようだったエルさまが、ついに口を開いた。


「ソフィアが去り際に言った言葉。覚えているか?」

「——もういちど世界を救おうだなんて、笑える」


 ティクルが言うと、談義の場が音を立てて凍ったような空気になった。


「それだ。それはつまり魔王の——」


 エルさまが言いかけたところで、部屋の両開きドアがいきおいよく開けられた。息を切らした村人がほてった手を両膝に当てて、汗を垂れ落とす。


「そ、村長!」

「なんだであ、いま英雄さまと大事な話を——」

 村人はそんなことどうでもいいと言わんばかりに、「ガムドラ……、ガムドラに——ゴブリンの大群が」



 ・…………………………・


【数時間前】


「魔王、ゼルーク……」


 玉座に座り、一点を見つめるガウドは、しずかにその名を呼んだ。国王の間にいる衛兵の武器はすべて、部屋の中心に浮いているひとりの人物に向けられている。一触即発の緊張感が、広い空間にただよう。


「ずいぶん若返ったものだな。ドラムロス」

「わしは息子だ。おやじは死んだ。てめぇのせいでだ」

「ふむ……、覚えて、おらんな。おまえはドラムロスではなく、ドラムスコだったのか。これは失礼」


 センターで分けられた長髪は、右半分が金色、左半分が銀色に染まっている。すべてを見下し、なんら感情も感じさせない両眼には紅色の瞳がぼんやりと浮かび、高い鼻筋の下にある口の両端には長い犬歯が覗いている。年齢など魔王にはない。ただ若い見た目をしているだけだ。


 黒とむらさきを基調にした道化師のローブに、右手には二匹の石蛇が巻きついたウロボロスの杖を持つ。その魔力は、街など、村など、簡単に滅ぼしてしまう。


 だから、すぐには自分の手を使わない。従わせた魔族、モンスターをこき使って、使い捨ての兵器のようにして、人間界を破壊させ、その様子を見て楽しむ。それが趣味だ。


「ここに——ラクトがいると思って来てみたが。入れちがいだったか」


 つまさきから頭のてっぺんまで舐めまわすような、ぬるっとまとわりつく声だ。


「土足も床につけねぇで、浮いてるだけのやつは客人じゃねえ。ほこりと一緒よ。なにも話すことはねぇな」

「そうか」魔王は残念そうな顔をつくって、「われが、ここにいる。どういうことなのか、わからないわけではないだろう」

「炭鉱の石化もてめぇが噛んでいたわけか」


 問われるもゼルークは、はて? なんのことか? と首をかしげる。


「ああ——あれは、呪われたオオカミ娘が勝手にやったことよ。われは関係ない」


 その言葉だけで解釈して、ガウドは心に当りを覚えた。


「シラミスの一級召喚士がおまえの手に堕ちたと聞いたが、それのことか」

「さすがに外交ができているな。立派りっぱ」


 ゼルークの乾き切った拍手が宙を泳ぐ。


「呪ったのはてめぇだろうが」

「はて……。そうだったか」


 ついにしびれを切らしたひとりの衛兵が、怒号とともに飛び出した。身の丈ほどある戦戟を振りかぶり、飛び上がり、ゼルークに一撃を見舞おうとする。


 しかし攻撃は目に見えない壁にさえぎられた。ゼルークが衛兵をいちべつする。黒い閃光が一瞬だけ走る。衛兵は吹っ飛んで、石柱に全身を打ちつけた。


「王の指示がなくとも、かみつくようにしつけてあるのか?」

「そいつがいましがた決めたことだ。その勇意にわしは噛んどらん」


 ガウドは両手を膝に押しつけて玉座を立った。立ち上がるその肩には、たぎるものが。


「だがな、大事な家臣をぶっ飛ばされて黙ってられるほどのしつけっちゅうもんを、わしは知らん」


 玉座の脇の武器置きに立てかけられた大斧に片手を伸ばす。獅子の黄金装飾が施された柄をがしりとつかむ——ほんの一瞬だけ手が震えた。


 ここで死ぬかもしれない。わしが死んだら、国はどうなる——その不安がよぎった。しかし、それはある確信によって消された。


 魔王は娯《たの》しみたい。

 一国の主が、有事に右往左往するその、苦闘のすがたが、見たい。


「ここは炎の国だ。涼しい顔をして人さまを見下す輩《やから》には、ちょいと気温が高すぎるんじゃあ、ねぇのか?」


 振り返ると同時、まるで予兆のない突発的な動作でガウドは飛びかかった。空中で縦の一回転をして、いきおいをつけた強力な一撃。斧は炎をまとう。獅子の吠える声とともに振られた大刃は魔王を切り裂かず、レッドカーペットの上から大理石の床に深く食いこんで巨大なひびを走らせる。


 避けたのか、最初からそこにいなかったのか。

 魔王は、攻撃の余韻でしゃがむガウドの背後で浮いている。


「さて、どうしたものか」


 あすの予定を考えるような顔で、のんきに上の空をながめるゼルーク。そこに向かって今度は横の一閃を振る。炎は猛々しく大斧が描く弧を追いかけるも——手応えはない。やつはまた背後で浮いている。


「あいさつに来ただけなのだが。うーむ。遊んでみるのも、わるくないか。——いや、まだその時ではない」

「どうせ、手は出さんと思っとったわ」


 ガウドは片手に持った大斧の柄頭を床に置いて、仁王立ちを決めこむ。


「そうだ、思い出した」ゼルークはわざとらしい顔をして、「われひとりであいさつをするのは、失礼かと思った。大都市ガムドラともあれば、客は多いほどに迎えがいがあるだろう」


 このタイミングを知ってかしらずか。国王の間にあわただしく駆けつける、ひとりの兵士が。


「伝令! ゴブリンの大群が、城下町に攻め入っております!」


 やはりそうなるか。

 ガウドは奥歯をきしった。


「では——、これからの世界を楽しみにしている。一度はわれの首をはねたラクトに、よろしくな」


 ゼルークはうすら笑いとともに、突如空間に開いた闇の裂け目へ溶けこむように消えた。


「——っ」ガウドは一度うつむいてから、強い形相の顔を持ち上げる。「戦《いくさ》だ——。吼えろ、同志よ、吼えろ、同志よ、吼えろ、同志よぉっ!」


 獅子の咆哮が、ひとつ、ふたつ、国王の間で重なり、ひびき、大地をも揺らさんとする。


「炎の国、獅子の祖国を守るのはだれだ!」ガウドは咆哮を天井に投げる。

「ガゥオウ!」衛兵たちも吠える。「われら獅子の子なり!」

「吼えろ、吼えろっ!」


 大斧を肩に担ぎあげて、ガウドは外へと向かう。途中、兵士たちに指示を飛ばしながら、城下町の民をいかに守るかを声にして叫ぶ。


 最後には伝令の兵をつかまえて言った。


「魔王の再臨。それをラクトに——英雄にすぐ知らせろ」


 ・…………………………・



「んだば、空がえらいことになってるであ!」


 村長が空を見て言った。外へと飛び出したわたしたちは、おどろきに口を閉じられずにいた。ものの一時間ほど前に見ていた景色がまるっと変わっていた。空にはうすむらさき色の雲がたちこめて、気味のわるい真紅の太陽が雲間からおかしな色の日光を大地に投げつける。


 この空を、ラクトは見たことがあるはずだ。


「魔王の復活……」エルさまが言った。

「また、この世界になってしまったんだね」ティクルが杖を握りしめる。

「なら——何度だってあいつをぶった斬るまでさ」


 ラクトの言葉に、一同はこくりとうなずいた。これがもしゲーム画面の出来事なら、わたしは八畳間にあぐらをかいて、いよいよ冒険がはじまるくらいに考えて、わくわくしていただけだろう。


 しかし実際、この世界にいるとなると、考えることは自分の生死だ。モンスターに心臓を食われて死ぬかもしれない。正直こわすぎる。


「おれたちは、すぐガムドラにもどる」ラクトがわたしを見て言った。「スズは、宿で休んでいるエリニナと一緒にいたほうがいいかもしれない」

「ガムドラではいま、戦争が起きている」エルさまが言った。「魔法を得て間もないふたりを、戦火に放りこむわけにはいかない。道ばたの盗賊とはわけがちがう」


 ラクトたちなら、ゴブリンの軍勢を相手にしても死にはしないだろうけど……。わたしにもなにか、できることはないのだろうか。


「あ、あの……」




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