ー7ー
彼女は荷牛車の進行方向ちらっと見た。鎧がしまってある大袋に背中をあずけて、エルさまが寝ている。腕組みをして、心地よさそうにゆっくり息をしている。この荷牛車の振動は、電車のそれと似ている。眠くなるのもわかる。
対面に座るティクルはなにか本を読んでいる。ラクトは馭者のとなりに座って楽しそうだ。——会話に集中してもよさそうな空気がある。
「あたしね。六回もジョブテストに落ちた理由。自分でも恥ずかしいくらい自覚しているの」
「どんな、理由?」
「一回目はタキシードの男にキレた。キレたから精神未熟のハンコを押されたわ」
なんなのよ! 急に話しかけてくるんじゃないわよ! 気配くらい感じさせなさいよ! このエセ執事——! と、ジョブテスト会場でキレているエリニナを想像した。
「ま、まぁ、急に右から声かけられるからびっくりするよね」
「ほんと心臓が飛び出たわよ」
出たのか。
「二回目は老人たちにキレた」
よっっぼよぼのあんたたちが、あたしの運命を握っている審査員なの!? ふざけんじゃないわよ! こっちが不合格にしてあげるわよ! ばか!
「三回目はガウド役にキレた。四回目は盗賊役にキレた。五回目は……」
言いかけて、彼女はすこし顔を沈めた。
「こんなにテストを繰り返して、なにやってるんだろって。自分が情けなくなって、舞台から出ていった」
自分にキレた、ということか。
「でも六回目で受かったなら、よかった、よね」
「なーんにも考えずに挑んだら、すんなり合格したわ」
無我の境地を悟った美少女は強かった。
「あの舞台の上はね。特殊なのよ。魔法がかかっているといわれている。だれがかけたのか知らないけど」
「どんな、魔法?」
「その人の真実が顕れる魔法——」
もしや、あの五人の老人たち、けっこう実力がある魔法使いだったのか?
「なりたい職業があったら、それに対しての自分はどうか。内なる力があれば、その職業を象徴する魔法なり技なりが、あの舞台で使える。でもまったくなければ、なにも起きない——」
「エリニナは、占いの神殿に行ってないんだよね? わたしとちがって、自分の適正はちゃんと把握してそう」
「実は……」
彼女はエルさまをいま一度見た。
そして、わたしの耳に口を近づける。
「行ったのよ。こっそり」
「そう、だったの?」
彼女の顔が離れた余韻で、甘酸っぱい香りがした。風にさらわれてすぐに香りは去ったが、デパートで高級な香水を試したときを思い出した。
「そしたら、あたしが流す涙の色は二色だった」
「そんなこともあるの?」
「騎士である父。僧侶である母。そのふたりから生まれたあたしには、どちらの素質もあったのよ。あ、あんたとちがってね」
ちゃんと強気をはさんでくるところが、むしろかわいい。そういえばエリニナは年下だった。口撃に圧倒されて、年齢のことなど考えもしなかった。とはいえ、異世界の大先輩であることには変わらないし、わたしは年齢の上下で態度を変える人がきらいだ。
「でさ——。占い師、なんて言ったと思う?」
「涙に関して?」
「そうよ」
「うーん、どちらもイケますみゃ」
「ちがう」エリニナはため息をついて、「あんたは銀色の涙がめっちゃ強いみゃ。けんども前線に出たら死ぬ未来しか見えんみゃ。よって、多少弱くても、後衛がいいと思うみゃ」
そんな理由があって、彼女は白魔術士の道を選んだ。
選ばざるをえなかった。
「わかってるのよ。あたし、すごく気が短い。母がね、すぐにキレるところあるの。その部分を三倍に増幅して受け継いだって、父は言っていたわ。だから、自分が死ぬのもうなずけるの。前線に出たら、なりふりかまわず突っこんじゃう……」
この世界へ来る前——テレビ画面で見た、バーサクにかかったドット絵のエリニナを思い出した。実際に会ってみると、あの自発性の状態異常も納得がいく。
「もしかしたら、だけど……」わたしは言った。「エリニナは教会騎士の適正があるんじゃないかな」
「なにそれ、松明?」
「それはトーチだよ」
ティクルが本に視線を落としたまま言った。彼女には、話を聞かれてもかまわないとエリニナは思っているみたいだ。
「う、うるさいわね、いちいち! わかってるわよ!」軽いかんしゃくをかましてから、「で、それ、なんなのよっ」こちらに視線を向ける。
レディラではなく別のRPGにあったジョブだが、説明してみる。
「ざっくり言うと、回復ができるパラディンかな」
「なにそれ、お兄ちゃんよりも優秀じゃない」
ゲームのなかでもエルさまは物理攻撃と防御系のとくぎしか使えなかった。アタッカー気質のディフェンダーという印象だ。
「だから、エリニナは、もしかしたらそっちなのかも」
「……でもあたし、いやなのよ」
「なにが?」
「鎧。重いし、蒸れるし、臭いし、かちゃかちゃうるさいし」
なにかのワードが寝耳に入ったのか、エルさまはびくんと躰を震わせて起きた。重そうな目を開けて周囲の景色を確認する。
「ん……、ティクル、いまどこだ」
「ダタンタまで、あとすこしだよ」
「そうか……。すまない、寝てしまった」
馭者席にいるラクトがこちらに振り向いた。
車でバックをする運転手みたいな格好だ。
「もうちょいで着くぜ」
「それじゃ、降りる準備しよ」ティクルが言った。
「あー、あっつい」エリニナは服の胸元をつまんでぱたぱたさせる。「まずは宿。水を浴びて、露天でウォルターメロン食べたい」
ウォルターメロン——。ニッドバッガの特産だ。モンスターの卵ほどの大きさがある巨大なスイカ。
ゲームのなかにしか存在しなかった食べ物も、これからは食べていけるのか——。やっぱり楽しいかも。
楽しい……。
そう思ってる場合じゃないはずなのに。
「スズははじめてか? ウォルターメロン」エルさまが声をかけてきた。
「え、あ、はい」
「そうか」イケメンが最高の笑みを見せる。寝起きでちょっとぼやっとして、すっきりとリラックスした顔だ。写真に撮らせてください。ポスターにさせてください。「あの甘さと水分——ほかにはないぞ」
ああどうしよう。見惚れる。
わたしこの世界が好きだ。
空気も美味しくて、心身がなじんてしまう。
でも——
あのレディラの世界だ。
こんな平和がつづくわけがない。
レディラⅠでも何人の登場人物が死んだことか。
わたしも、そのひとりになってしまうかもしれない。
二発の回復魔法でMPを枯らしてちゃ生きていけない。
まだだ。
わたしはまだ、この世界で生きていける人間じゃない。
ダタンタ村には、レディラⅠでもおとずれたことがある。宿屋に武器防具屋、道具屋と、数軒の民家があったイメージだ。
村の中央にはオアシスがあり、それがダタンタの住民の生命線になっている。レディラⅠでは、あのオアシスが魔物の毒に汚染されてしまって、解決に走りまわったのを覚えている。
村を囲む防壁の門に、バッファランの荷牛車が近づく。馭者席にいるラクトが手を振ると、門番が手を振り返してくれた。
「英雄さまではありませんかぁ!」門番が声を投げてきた。
「よお! きたぜぇ! 遅くなってわりぃ!」
門番はうしろを見上げて腕を大きくまわし、高見やぐらにいる兵士に合図した。合図を受け取った兵士がハンドルをまわすと、木製の門が上に持ち上がった。ラクトは馭者席からひょいと飛び降りた。
「わたしたちも降りよっか」ティクルが席を立った。「まずは村長にあいさつだね」
荷牛車を降りると、村のほうから村長らしき老人が近づいてきた。その一歩うしろを、筋肉がすごい男が歩いている。彼は護衛だろう。
「あーいやいや、英雄さまご一行、お待ちしておりましだであ」
「ひさしぶり」ラクトが答える。「村は無事か?」
「いまんどころ、ガムドラから遠征にいらした鉱夫以外は被害にあっておりません。村も街道も平穏そのものであ」
「うーん……。やっぱおかしいな」
「と、いいますと?」
「魔物だったらさ、もうすこしさわぎになっててもいいと思うぜ?」
「右におなじく思いますであ」
村長はこくりとうなずいた。
「ガムドラの衛兵さんがたが、入口付近を全面封鎖して見張ってくださっておりますが、動きがないのですあ。奇妙なほどに」
ここで忘れてはならないのは、魔物の復活が、イコールで魔王の復活に結びついていることだ。
「やっぱり魔物じゃないわよ。リュンカインの錬金術師よ」エリニナが言った。
「村のものどもも、そうだと言うものが多いですあ。しがし、そうなっでぐると大陸同士の外交にも影響が出ます。若き獅子王を悩ませる事態には発展してほしくないものであ——」
村長が言ってすぐだった。エルさまが背中の盾を急に構えて、前に走りだした。そこに飛んでくる——火球。
それは空から降ってきた。衝突の音、飛び散る火の粉、肌色の土に黒いこげがついた。灰色の煙が晴れると、太陽を背にして飛んでいる大きな影が見えた。
獅子の顔を持ち、ドラゴンの翼で宙を飛ぶ。
背中には山羊の顔が生えていて、尻尾は蛇——。
「ラクト!」エルさまが叫んだ。
「村長! 村人の避難だ!」
「はいぃ! すぐにぃあ!」村長は筋肉の男に指示をした。




