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「パナトヒーラ!」
やけくそで最上級回復魔法を唱えてみた。なぜか、細かい魔法より強い魔法のほうが唱えられる気がした。どうしてそう思ったのか、なぜ胸とノドのあいだにパナトヒーラといえばすっきりしそうな《詰まり感》があったのか、まったくわからない。
杖の先端から強い光があふれだす。
目の前がまっしろなった。
心地よい音、
優しい光が室内いっぱいに充満した。
「うお、すげぇ」ガウドもどきが言った。
「こいつは!」盗賊もどきが言った。役者口調が抜けて素になっている。
風まで吹いていたらしい。光がおさまったときには周囲の景色が変わっていた。舞台の垂れ幕が落ちて、ばさりとステージ脇に横たわる。ガウド役のライオンヘアーが飛んで、インナーネットに覆われた頭が丸見えになっている。やはりかつらだった。
赤の老人は椅子ごとひっくり返っている。
青い老人はかつらが吹っ飛んでスキンヘッドだ。
黄色の老人は入れ歯を落としたらしい。
ピンクの老人は寝ている。
そして——
「ごうかああああく!」
緑の老人が杖で床を叩きながら、大声をあげた。
試験会場の外に出て、近くにある噴水の広場に来た。まわりにはいろんな露店があって、人の足が多い。椰子の木みたいな植物もたくさんある。広々として開放的な場所だ。
「安いよ! 買った買った!」
そこらじゅうから賑やかな声が飛び交う。すこしさわいだところで、目立ちはしないだろう。人目があってちょっと恥ずかしいが、使えるようになった魔法をこの場で実演することになった。
「すごいね、しょっぱなから最上級の回復魔法が使えたなんて」
木陰のベンチに座りながらティクルが言った。
「まぐれに決まってるわ!」エリニナ嬢はそっぽを向いて、悔しそうに腕組みをする。「どうせなんか裏があるわよ」
「やっぱ適正ってすげーな」
両手を頭のうしろにやって、ラクトは言った。
しかし、わたしにはどうしても拭えない不安があった。
「スズ、見せてくれるか」
エルさまが言った。あともどりはできない。
「は、はい……」
まずは初級回復魔法だ。
杖を握って、軽く振る。
「パナ」
なにも起きない。
「ほら、やっぱり」エリニナ嬢が言った。
「まぁ、まだ最初だから」ティクルのフォローが入る。
「肩の力、抜いてみ?」ラクトが言った。
ならばと、次の魔法を唱える。
「パナーク」
中級の回復魔法。
やはり、なにも起きない。
「あれ?」ティクルが首をかしげる。「おかしいな、試験には合格したはずなのに」
「どうせ審査員の頭がぶっ飛んでたのよ」
妙に言い当てているエリニナ。たしかにかつらは飛んでいた。
「ぱ、パナケイアっ!」
なにも起きないが、ティクルは反応した。
「あ、上級の回復魔法知ってるんだ! スズすごーい!」
ぱちぱち、とお賽銭みたいな拍手をいただいた。
「お、おい、大丈夫か?」
さすがに心配そうな声で、エルさまは言った。
わたしは半泣きのいきおいで、最後の魔法を唱える——
「パナトヒーラっ!」
強い光が目の前をまっ白に染める。
おお、と周囲から軽い歓声が聞こえた。
くらっとめまいがして、膝から力が抜けた。光が晴れたころには、わたしは仰向けに寝そべって空を見ていた。杖が手から離れて、地面を転がる。
「無理をするな——頭は打ってないか?」
エルさまが駆け寄ってきて、上体を支えてくれた。死ぬほどうれしい反面、体調はさいあくだ。大好きな人の顔がふたつ見えて回転している。
「これは——精神力が尽きたな」
「前回の魔王討伐でティクルがよくなってたな、貧血みたいな症状」ラクトが言った。「回復魔法の使いすぎだったよな」
「わ、わたし賢者の薬水を買ってくるよ」
顔に冷や汗を浮かべながら、ティクルは小走りで近くの露店へ向かった。
「ほら見なさい!」賭けに勝ったみたいに、エリニナが言う。「初級が唱えられない時点で、おかしいと思ってたわ」
MPがゼロになる感覚をはじめて味わった。そりゃそうだ、レベルにしたら1もあるかどうかのわたしが、最上級回復魔法を何度も唱えられるわけがない。
試験会場で一発。
噴水広場で一発。
わたしのいまのMPはパナトヒーラ二発分かもしれない。
低レベルにしては多いほうだが、そのぶん、体力は砂糖ひとつまみくらいしかないだろう。ゴブリンのこんぼうを一撃食らっただけで、死んでしまうにちがいない。後衛気質冥利につきるステータス配分だ。
「ひとまず宿で休もう」
エルさまはわたしをかつぎ上げて、宿屋に運んでくれた。人生初のお姫さまだっこが、死ぬほど好きな人の腕のなかで堪能できる——などと考えている余裕もなかった。視界はぼやけて意識は飛びそう。こんな初体験をよろこべるはずもなく、胸のなかに満ちるのは、みんなへの申し訳なさばかりだった。
その後、賢者の薬水を飲んでベッドで三〇分も休んだらケロッと元気になってしまった。ゲームのなかでは、「減ったら飲ませりゃいいや」くらいに思っていたMP回復薬。
MP枯渇を自分で経験した手前——なんだか、ティクルに申し訳ない気持ちが湧いてきた。パーティの生命線は、こんなにもつらい身体症状に耐えてくれていたんだ。
「あ、スズ、もう大丈夫?」
チェックアウトの準備をして、宿の階段を降りると、ティクルが手を振って迎えてくれた。ほかのみんなもロビーの椅子に座っている。
「あ゛あああああ、ディグルざーん」わたしは衝動にかられて、抱きついた。
「どうしたのスズ」ティクルはすぐに頭を撫でてくれた。「躰がつらかったんだ、わかるよ、わたしもよくなってたから」
「ごめんね、いままでごめんなさい」
「なにもわるいことなんかしてないよ」
「MPの枯渇がこんなにつらいと思わなかったぁああぁぁあ」
「え、えむぴー?」
頭の上にはてなを浮かべるティクルから、わたしは躰を離した。
「ごめん、なんでもない」
「とりあえず、元気になってよかったぜ」ラクトが言った。「これからダタンタ村に行くからさ、スズも行けるか?」
「村に着いたら、近くにある炭鉱の調査に踏みこむ」エルさまが言った。
「ねぇ……」
不安そうな声をあげたのは、エリニナだった。
「魔物と闘うことになるの?」
「そうと決まったわけじゃない」エルさまが答える。「だが、その可能性がある以上、魔物討伐にもっとも理解のあるおれたちが、そこに行く。これ以上、民間の被害を出さないためにも」
手首をおさえて、エリニナは顔をこわばらせる。
「ふたりは無理しなくていい。ダタンタの宿で待っててくれても大丈夫だ。対人と、対魔物ではわけがちがう。おれとラクト、ティクルが担当すればいい」目配せをしながら、エルさまは言った。「ほんとうに魔物だったら、の話だがな」
「い、行くわよ! あたしにだってできることはあるわ!」エリニナは強がりのように言った。「あんたは待ってなさいよ、すぐに倒れるんだから」
指をさされた手前、反論する余地もない。
「ま、全員でダタンタへ行ってから決めようぜ」ラクトが言った。「てか——おれさ、魔物じゃねぇ気がしてる。だっておかしいじゃん? 魔物だったら炭鉱から外に出て、村か街道で暴れはじめてもおかしくねぇころだ。なんつうか人為的? そんな気がしてる」
すると、急に顔色をわるくしたのはティクルだった。
「大丈夫……?」近くにいたわたしが訊いた。
「うん。なんでもないよ、それじゃ、行こっか」
ガムトラ王国からは、バッファランの荷牛車で移動することになった。広大な大地を駆ける二体の巨獣が、ふんがふんがと鼻息を鳴らす。
「きょうはてんきがよぐで、いがっだですあ」馭者が手綱をはためかせて言った。「英雄さまのおかげで、盗賊の砦からの石も飛んでごねぇし、はーっははあ」
わたしは荷台の縁からすこし身を乗りだして、外の景色をながめた。日本ではまずあり得ない景色が、どこまでも、どこまでも広がっている。肌色の大地と、赤い岩群。椰子の木みたいな植物(いいかげん、だれかにあれの名前を訊かないと)
風を顔に受けると、暑さがやわらいで心地よさを感じる。レディラでの旅自体はとても爽やかで楽しいものになるはずだ。広大なフィールドマップを、大好きな仲間とともに、ひた進む——ゲームでもその解放感を味わっている時間は至高そのもの。
日本に帰らなきゃ、どうしたら帰れるんだろう——そんなことを考えればきりがない。あまり悩みすぎても躰を壊すだけだ。この世界を楽しむことも、覚えていかないと。
「ねぇ」エリニナが席を変えて、わたしのそばに座った。「あんた、ほんとはどこから来たのよ」
「え……」
「変だもん。ぜんぶ」
「そ、そうです、よね……」
「まぁ、いいわ。これからしばらく一緒にいるわけだし。ただ——ちょっとあやまっておこうかと思ったの」
合掌したような手をふとももにはさんで、足先をワイパーみたいに、ぱたぱたさせる。
「ちょっと強く当たりすぎた。ごめん」
「え……」
急な謝罪、なにか裏でもあるのか、とかんぐってしまう。
「ち、ちがうわよ!」こちらの疑心を察したのか、エリニナはすぐに否定した。「お兄ちゃんに諭されたとかじゃないから」




