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異世界推シ 消えヌ 死のセンコク  作者: 燈海 空
雫歴658年 ニッドバッガ大陸
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14/23

ー5ー

 

「あい、まいど。ほかにもなんか、いる?」


 武器屋の主人が言った。これも定番のセリフだ。頭のなかで、チャリンという効果音が鳴った。レディラの世界をモチーフにしたテーマパークで遊んでいる気分すら湧いてくる。けれど……、そうではないのだ、と思わなければならない。


 いつか、どうにかして日本に帰らないと。昨晩も、今朝も、父のさいあくな料理で勇輝はもんぜつしていたはず。沙奈や良二たちも、すごく心配しているだろう。ゲームのプレイ中に行方不明になった女子高生として、全国ニュースになっているかも……。


「はい、スズ」


 ぼうっとしていると、ティクルから杖が渡された。しっかりとした硬さを感じるけれど、とても軽い。握り心地は最高だ。人間工学をなんやかんや——と言われても納得できるくらい、手になじむ。


「それじゃ、次はジョブテストだよ」

「ありがとう、ほんとうに」


 不意に、片目から無色透明の涙が落ちた。


「大丈夫?」ティクルが顔をのぞきこむ。

「う、うん、ごめん」

「買ってもらったのがうれしすぎて泣いただけよ」エリニナが言う。

「おまえも杖を買ってもらったおりには、お父さまありがとう、って号泣してたが」と、エルさま。

「もう! その話はなし!」


 するとラクトがジャケットの胸ポケットからハンカチを取り出して、近づいてきた。


「ぜったいに帰れるからさ。心配すんなって。みんながついてる」


 そう言ってハンカチを渡してくれた。わたしが異世界から来たことを知らないはずだから……、記憶がもどって、どこかの大陸にある自宅にもどれる、というニュアンスだろう。


「急にいろんなことが起きているから、心がついていけないよね」


 ティクルが言った。武器屋のなかがちょっと神妙な空気になった。それを振り払うように、わたしは首を横に振った。


「みんながよくしてくれているのが、うれしい……」


 その気持ちはほんとうにある。ありすぎるくらい。ラクトたちに出会っていなかったら、どうなっていたのだろう。いまごろ、魔物疑惑が晴れなくてガムドラの牢獄で死刑を待っていたかもしれない。


「はい! それじゃ、ジョブテストでしょ!」


 重たい木製のドアを開けて、エリニナはわれさきに出ていってしまった。


「きょうは楽だ」ラクトが出口を見て言った。「エリニナについていけば、目的地に勝手に着いちまう」


 彼女がもし車の助手席にいたら、と考えてしまった。


 そっちじゃないわよ! 

 ばか!? 

 右に決まってるでしょ! 

 目的地はここよ! 

 さっさと降りなさい!


 そういえば、カーナビという道案内端末がこれから普及しまくる、と良二が言っていたのを思い出した。車に興味がなかったわたしは右から左に流していた。


 日本の文明進化を見ず知らずのまま、この世界で野垂れ死ぬ——そんなことにならないようにしないと。わたしは杖をぎゅっと握りしめて、まずは、ここでできることを探す覚悟をした。



「次のかたぁ」


 ジョブテスト窓口にいる眠そうな受付が、片手を挙げて言った。南国らしい、露出が多い衣装が目をうばう。


 わたしは一歩進んだ。うしろにも列ができている。青年から、老人まで、さまざまな受験者のすがたがあった。ほぼ男性だ。


「お名前をどうぞー」受付の人が言った。

「スズメ、キタギリです」

「はーい。なりたいジョブはなんですかー?」


 この受付の人、衣装のせいか谷間がすごいな——まさか、これを見るためにうしろにいる男たちは顔を赤くして並んでいるのか。


「白魔術士、になれる、みたいです」

「はーい」受付の人は羽ペンで表らしきものに文字を書きこんだ。「それじゃ左のカーテンから、なかに入ってくださーい」

「わかりました」


 どこかで見たことのある室内構造。これは……、銭湯だ。受付の背後、左右に入り口がある。右のカーテンには剣の模様、左のカーテンには杖の模様が描かれている。


 ラクトたちは建物の外で待っているから、わたしひとりで行くしかない。杖をぎゅっと握って、仲間の言葉を思い出した。


 一日も訓練を受けていないわたしが急にテストに参加していいのか、という疑問が、まずあった。それについてティクルは——大丈夫だよ、ジョブの一歩を踏み出すだけの試験だから、スズのなかに適性があればすぐになれるよ——と言ってくれた。


「受付ちゃーん会いにきたよー♡ きょうも試験には落ちるけど、おじさん恋にも落ちちゃったかもー」


 甘ったるい声を垂れる初老男性の声を背に、長いのれんみたいなカーテンをくぐって、なかに入った。


 三〇畳ほどの空間。五脚の椅子の背中が見えた。部屋の奥は、こじんまりとしたミュージカルのステージみたいになっている。


「スズメさんですね」

「ぎゃあ!」


 急に右から声をかけられてびくっとなった。振り向くと、タキシードを着た老人が立っていた。片目にはモノクルをかけている。


「これから、ジョブテストを行います。まずは舞台にお上がりください」


 演技をせねばならんのか? 

 一也との夫婦役以来、ごぶさたすぎる。


「どうぞ、お進みください」


 礼儀正しい片手に導かれて、わたしはステージに向かった。どまんなかに立って、五席しかない客席を見る。タキシードの老人はいなくなった。


 向かって右にある片開きのドアが開いて、五人の老人が杖をついて現れた。おなじ顔、おなじ背丈、おなじ腰の曲がりかたをした老人たちが客席に向かう。服の色は全員ちがうが、それにしてもおなじに見える。五つ子といわれても納得がいく。


「はい」赤いローブを着た老人が着席した。

「はい」青いローブを着た老人が着席した。

「はい」緑のローブを着た老人が着席した。

「はい」黄色が着席した。

「合格」ピンクのが言った。

「早いよ、ピンキーさん」赤が言った。

「あや、ごめんねぇ——へあっぷし!」ピンクがくしゃみした。

「だって、もうなんか、いいじゃないの。人生」緑が言った。

「あんたの余生はどうでもいいけども」青が言った。「この子の人生は別だよ、グリーナさん」

「そうだね、ブルータスさん」

「はい、そんじゃ、テストやるよ」


 なんだこの空気感。なにをしたらいいのか謎すぎる。杖を両手に握って、おどおどしていると舞台袖から声が。


「わしこそは! ガムドラ王国を救った英雄! ガウド・ドラムロスである!」


 ライオンみたいな紅蓮の髪に、ほぼ半裸の格好をした男が舞台に現れた。片手にはおもちゃみたいな、見るからにちゃっちい剣を持っている。


「だーっはっは!」反対側の舞台袖からも声が。「おれさまは末代の大盗賊、ソンジョ・ソコラだ! にっくき敵《かたき》ガウドぉ! おれと勝負しろー!」


 顔にパンダみたいなペイントをした敵が現れた。わたしがこの世界に来たときに襲ってきた盗賊が、いちおうのモデルっぽい。だいぶちがう感じだけど。


「ソンジョ・ソコラぁ!」ガウドもどきが言った。「わが宝技《ほうぎ》、獅子剣を受けよぉ!」


 ガウドもどきはでんぐり返しをしたいきおいで、剣を振った。突っ立っているわたしの足元を、大の大人がくるりん、と回転していった。


 その一撃を、盗賊もどきは一歩横にずれて避けた。すっごい見切りやすい攻撃だったもん、ぜったい当たるわけない。


「はぁー! はっはっ! ガウド! 獅子の剣、見切ったりー!」


 盗賊もどきは、腰からおもちゃっぽい短刀を抜いた。さぁどうぞ、攻撃をしてくれと言わんばかりにしゃがんで待っているガウドもどきに、得物を突き立てる。


「ぐぅはーっ! い、いてぇ!」

「どうだぁ! いたいだろぉ!」

「いてぇ、いたすぎるぅ! このままじゃ、わしが死んじまう!」


 すると盗賊もどきがこちらをちらちら見はじめた。


「ほら、白魔術」こしょこしょ声で、なにかをうったえてくる。「回復——」

「え、いま?」わたしは自分の顔を指でさした。

「テストだろ? 白魔術士の」

「は、はい」


 なるほど、そういう流れか——。

 意を決して、すぅ、と息を吸った。


「ガウドさま! わたしが、白魔術士のわたくしめがお助けしますわ!」


 それっぽく言うと、役者のふたりは笑いをこらえる顔をした。なんだよ文句あんのかこの舞台には大根役者しかいねぇよ。


「パナ!」わたしは杖を振った。

「むぅ!」緑の老人が目をかっと開いた。


 しーん、と空間は無音に包まれた。


「魔法、出ないね」赤い老人が言った。

「こりゃ……、うむ」青い老人が首をかしげる。


 やばい、なんとかしないと不合格になりそう。


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