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占い師は水晶から顔を離して、ティクルを凝視した。わたし本人の口より、世界を救った英雄の口を信じる——という目だ。
「いろいろ、あって」えへへ、とティクルは微笑み、両手をあわせた。「おねがい、事情があるんだ。深掘りしないでもらえると助かるよ」
「オッケーわかったみゃ、そんじゃ本題を占うみゃ」
めっちゃあっさり了承してるじゃないか。
「めっちゃあっさり了承していいのですみゃ? 師匠」
「だって関係ないみゃんもん」
「それもそうですみゃ。すいみゃせん、過ぎた口を」
「はい、それじゃ、なにを占うみゃ?」
わたしが異世界から来た問題は秒で解決してしまった。このあっさり感が、なんとも猫らしいというか。
「適職を知りたいのです」わたしは言った。
「涙の色みゃ?」占い師が答える。
「は、はい……」
「そんじゃ、保護者の方は席を外してほしいみゃ。ディープな質問があるかもしれんみゃんで」
「わかった」ティクルは言った。「それじゃ、スズ、がんばってね」
「あ、ありがとう、いろいろ……」
カーテンをくぐって、彼女はいなくなった。助手の子も関係者専用と刺繍ではっきり書かれたカーテンをくぐって、いなくなった。四畳弱あろうかというせまい空間は、わたしと占い師のふたりきりになった。
「そんじゃ最初の質問いくみゃ」
肉球のある両手を水晶にまとわりつかせる。
「はい……」ごくり、とつばを飲んだ。
世界を暗黒たらしめる魔王
歩いて三〇分の場所にいる盗賊団
さきに滅ぼすなら、どっちみゃ?
「歩いて三〇分……」わたしは考えて、「それなら盗賊団がさきです」
「わかったみゃ。次の質問——」
甘いパン
しょっぱいパン
一年間どちらかしか食べられないなら、どっちみゃ?
「えぇ……」ものすごい変化球が来た感覚だ。「うーん……。パンは生地に糖質があるはずだから、しょっぱいほうかな」
「はい。次みゃ」
明らかにわるい顔をした殺人鬼
いい人の皮をかぶった大詐欺師
牢獄に入れるなら、どっちみゃ?
「ぬっ……」なんだそれ、どっちもさいあくじゃないか。「わたしが決めていいなら、大詐欺師のほう……、ですかね」
答えると、水晶の内側に黒い光がふわっと見えた。答えを誤ったのだろうか。
「なぜ、そう思うみゃ?」
「明らかにわるい顔をした殺人鬼は、ほかのだれかが怪しんでくれると思いました。職務質問——」
この世界に警察はいないから、いまの単語はたぶん通じない。
「おまえなにものだ! って、衛兵の人が声をかける可能性があると思うんです。でも大詐欺師のほうは、わるい人だとわからないところがこわい。わたしひとりがそれに気づけているなら、そっちを牢獄に入れたいです」
「おみゃあが、怪しまれることになったとしてもみゃ?」
そうか、大詐欺師は周囲からいい人だと思われている。そんな人を断罪するわたしこそが、悪人になる可能性もあるのか。
「——だとしても、です」
水晶から黒い光が抜けて、さっきとおなじほぼ無色透明にもどった。
「わかったみゃ。次の質問」
目の前に氷漬けの魔物がいるみゃ
ハンマーで粉々にする
爆発魔法で粉砕する
どっちみゃ?
「うーん……。爆発、かな?」
「はいみゃ。そんじゃ、最後の質問みゃ」
父親か、弟
どちらかの命しか助けられない
どっちを助けるみゃ?
心臓をぐっとつかまれたような心地がした。占い師は、わかってて質問をしたのだろうか。わたしの家族構成を——。
「……どちらも見捨てません」
答えると、水晶の内側から溢れんばかりの虹色の光が。
「虹みゃ!?」
「え?」
「なんとみゃあ……」
しかし虹色の光はだんだんと一色に収束していく。一瞬だけ青色の光に寄ったかと思ったが、最後には水晶全体がはっきりとした緑色の染まっていった。
「うみゃぁ」占い師はすこし悩んで、「なんか、見たことない色が見えたけんどもみゃ。気にせず、最終結果を発表するみゃ」
「は、はい」
「あ、そうだみゃ、その前に」
ホエエエエエエイ!
思い出したように叫んで両手をばんざいさせる。そして占い師は言った。
「おみゃの適職は白魔術士みゃ」
「ふ、ざ、けんじゃないわよ!」
テントの外に出て、パーティに結果を知らせたとたん、エリニナマシンガンが火を吹いた。
「よりによって白魔なの? あたしとかぶってるし! ティクルも入れたら回復役が三人もいるじゃない! 物理がふたり、回復が三人! 聞いたことないわよ、こんなアンバランスなパーティ構成!」
「これなら、ケガを気にせず戦えるな」ラクトが言った。
「いっそのこと、エリニナが戦士に転職するのはどうだ」エルさまが微笑する。
「や、だ、わ、よ! なんでこの可憐な美少女が血を浴びる前線に立つのよ! あんたが立ちなさいよ!」
指をさされてしまったが、わたしこそ前線など向いてない。体育の授業では、バレーはリベロ、サッカーはスイーパーというポジションしか経験がない。とにかく後衛気質の顔をしているんだよな、と体育会系の先生が言っていた。
「ともあれスズの適職はわかったんだ。ジョブが決まったなら、行くべきはひとぉつ!」
人差し指で真上の空を指して、ラクトは満開のやる気を浮かべる。
「武器屋でしょ」
ぷりぷりと怒った背中を見せながら、エリニナは歩きだした。
「で、あるからして。なに買う?」
頭にターバンを巻いた武器屋が、カウンター越しに言った。
「いやあああ!」わたしは両手で口を覆って叫んだ。
「どうした! また倒れるのか!?」エルさまがあわてた。
「いえ、ちがうんです、ごめんなさい」
武器、防具屋の口癖といえば、レディラファンのなかでは有名だ。で、あるからして——これをまさか実際に聞けるとは。どうしよ、日本に帰ったら自慢してもいいだろうか。わたし武器屋の口癖をこの耳で聞いたのよ! って。
帰れる保証はいまのところゼロだけども。
「壁じゅうにいろんな武器があって、こんなにしあわせな空間ない……! と思って」
苦笑でごまかそうとする。
「なんでもいいから、さっさと決めちゃいなさいよ」エリニナ嬢はそう言ってから、色っぽい上目づかいで兄を見た。「ねぇ、おにいちぃゃぁん。わたし、いまの杖、好きなんだけどぉ。せっかくジョブテストに受かったしぃ、もーちょっとぉ、いいやつに、したいなぁ、なんて」
両手を下腹部の前で組んで、もじもじ……。
あからさまな、おねだりポーズだ。
「ぬ!」エルさまは顔をゆがめた。効いてるじゃねぇか!「ど、どうする、ラクト」
「なんでおれにふるんだよ」
ラクトは壁の短剣を手に取って、ジャグリングをはじめた。
「財布はティクルが握ってるからさ」
「うーん、買い替えるにはまだ早いと思う」ティクルはきっぱりと言った。「エリニナの杖は、いいやつだから」
「ちぇっ」エリニナはうらめしい目を返した。「けち」
わたしは杖のコーナーに近づいた。展示場みたいに陳列された壁の杖を一本いっぽん観察していく——。なにがどういいのか、まったくわからん。
「壁のいちばん上にあるやつは、黒魔法用の杖だね」ティクルがそばに来て言った。「ほら、杖の先端に付いている魔玉が青いでしょう? 攻撃魔法派生のジョブが流す涙は青いから、その流れみたいだよ」
それなら、わたしが探すべきは緑の魔玉が装着された杖だ。
「えーと」
壁に並んでいる杖を上から数えて、三番目にその杖があった。川に流れる流木みたいなうねりのある、細身の杖だ。白い木材でつくられている。
「あれなんかどうだろう」わたしは指差してから、目を丸くした。値札を見てしまった。「七〇〇〇〇ラキーて——」
中盤に買う値段のやつじゃねぇか。レベル0のわたしが持っていい杖じゃねぇよ。
「じゃ、それにしよ」ティクルは言った。
「はっ!?」マシンガンが黙っているわけがない。「まだ魔法のひとつも唱えられてないのに、なーんでそんな高い杖を買い与えるのよっ! それこそまだ早いわよ!」
「あれ、エリニナの杖っていくらだったっけ?」
ラクトが言った。ジャグリングの短剣が二本から六本に増えている。
「職業試験への合格祈願として、父上が買った杖だったが」エルさまが答える。「ざっと五〇〇〇〇〇ラキーだったな」
お嬢が新しい杖の購入を却下された理由——よくわかった。
「というわけで、これを買って次に行こう」ティクルはお店の主人にお会計を頼んだ。
「い、いいのですか」どうしても恐縮しかない。
「お金の心配はしないで。何回も買い替えるくらいなら、最初からいいのを持っていたほうがお得だよ」
「か、かならず返します……。街の外に出て、魔物を何度も倒して、疲れたら宿屋に泊まって、お金を貯めて……」
「魔物がほんとうに出たら、ね」
優しい笑みを見せてから、ティクルはお金を支払った。




