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異世界 推シ 消えヌ 死のセンコク  作者: 燈海 空
雫歴658年 ニッドバッガ大陸
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12/20

ー3ー


「まぁいいじゃん」ラクトが言った。「記憶喪失は本人がいちばんつれぇんだ、みんなで支えようぜ」


 ティクルとエルさまの計らいで、わたしは記憶喪失中ということになっている。とはいえラクトなら、こちらの事情をすべて知ったとしても、大丈夫さなんとかなる、みんなで道を探そうぜ、と言ってくれそうだ。


「これまでもあった、ゲストってやつだよ」

「早すぎるわよ! 旅も道半ばくらいよ、そういうイベントが起きるのは! 由緒ある国の王子さまとか、魔物に親をさらわれた少女とか、道に迷った謎の老人とか!」


 その三者はレディラⅠでゲストとして、一時的にパーティインしていた。わたしもよく覚えている。彼女は兄から聞いたのだろう。


「なんで、こんな、道で倒れてたイミフ女が、序盤でゲストなの、よ!」


 ひとことずつ、指差しとともにつんつん刺されていく。


「し、か、も」エリニナは口撃の手をゆるめない。「涙の色は無色透明。なーんにもできないじゃない」

「ご、ごめんなさい……」

「だから、これから占いの神殿に行くんだよ」ティクルが言った。

「は!? 石化現象の調査がさきでしょ!? ただでさえきのうの盗賊退治で日程が押してるのにっ! ていうか、あんたね——!」


 怒るエリニナの前を横切る人が——野菜をたくさん積んだ手押し車をゆっくりと進める、腰の低いおばあちゃんだ。


「あら、英雄さま、おはようございます」かわいらしい老婆の声だ。

「おはよう」ラクトは言った。「きょうも豊作だね」

「ええ、暗黒の空が晴れてから、おひさまがよく照るからねぇ、みなさんのおかげだよぉ、ありがとねぇ」


 から、から、から……、手押し車の音がゆぅっくり通り過ぎていく。そのあいだエリニナは片手を腰に、もう一方の手はわたしを指したまま固まっていた。


「——と、に、か、く!」時間魔法が解けたように、エリニナが動きだす。「あたしは、なっとく、しないから!」


 ぷりぷり怒って、ずかずかとどこかへ歩きだしてしまう。そんな妹の背中を見てから、エルさまは片手でこめかみを押さえた。


「はぁ……」深いため息だ。「むしろ、あいつのほうが心配だ。冒険は旅行じゃない。どうにもならない事態、予想だにしなかった現象——なんでもありだ。肉体の強度はもとより、心の柔軟性が試される場面はいくらでもある」


 早かったのかもしれん……、と言ってエルさまは息をついた。


「まぁ、それも、これも、これからも経験だよ」ティクルが言った。「なんだかんだ、文句言いながらもわかってると思うよ、彼女」


 ティクルはむこうを見た。さっきはいきおいよく歩きだしたエリニナが、ちらちらとこちらを気にしている。


「だって、あっちは街の外じゃなくて、神殿の方角だもん」

「スズ、だっけ?」ラクトがこちらを見た。「大丈夫さ、きみにもできることがある。まずは占いの神殿に行こうぜ。そこで適職がわかるんだ」


 占いの神殿——レディラⅠだと、そこでは内に秘めたる涙を知ることができた。主人公パーティのジョブはもとから決まっていたので、物語の本筋にからんでくることはなかった。サブイベントでちょこっと訪れたことはあったが、その程度だ。


「ちょーっと!」業をにやしたエリニナが、両手をメガホンみたいにして叫んだ。「行くんでしょ! 占いの神殿!」

「そんじゃ行きますか」ラクトは両手を頭のうしろにやった。「占いは午前中にも終わるだろ。そしたら武器屋に行って、スズの装備を買っておこうぜ」


 エルさまとティクルは、すこしの異論もはさまずにうなずいた。やはりラクトは主人公であり、リーダーなんだと実感する場面だった。彼についていく——それがパーティメンバー全員の躰にインプットされているようにさえ思えた。


「スズ、ガムドラのローブはどう?」ティクルが訊いてきた。「やっぱり、かわいいのがいいかと思って」


 軽い生地の白いローブ。大きいフードがついていて、オレンジのワンポイントがそこかしこに施されている。半袖とミニスカートで暑さ対策はばっちり。おへそが出たスタイルなのが、すこしあれだけど……。


「いいじゃないか、スズ。似合ってるぞ」


 エルさまが言ったら、くらっとめまいが——


「大丈夫?」ティクルが心配する。

「う、うん——大丈夫です」


 そんなわたしを見て、ラクトはなにかに気づいた様子。


「そっか、スズって——」


 彼が言いかけた瞬間、ティクルは沈黙の魔法を唱えた。



 神殿とは名ばかりのそこは、縦が四メートル、横が三メートルほどのテントだ。レディラⅠでもラクトがつっこんでいたのを覚えている。どこが神殿なんだよ、と。


「占いの神殿、猫の目……」


 カフェの軒先にあるような自立型の黒板に店舗名が書いてある。料金は、大人七〇〇ラキー、未来ある子供三〇〇ラキー。


「あ、お金……」わたしは言った。

「心配しなくていいよ。わたしたち、いっぱいあるから」


 じゃらじゃらと音を鳴らす袋を片手にティクルは言った。世界を救った英雄の財布ほど、頼りになるものはない。


「ちょっと、甘やかすんじゃないわよ」エリニナ嬢が口をはさむ。「七〇〇ラキーくらい、自分で稼ぎなさいよ。街の外に行って、モンスターでも狩ってきたらいいじゃない」

「いまこの世にモンスターはいない」エルさまが言った。「だからこそ、おまえも同行できているんだ。前回の魔王討伐のような時分だったら、さすがに危険すぎる」

「あたしが弱いっていうの!」

「そうやって、すぐにつっかかるところ。実戦だったら命取りになる。冷静になれ」

「別に、あたし前線じゃないもん。回復役だし」

「どうせならおれとおなじ、銀色の涙でも流してくれたらよかった……」


 エルさまは片手でこめかみを押さえて、ため息混じりに言った。銀色の涙は、騎士や戦士などの肉弾戦を得意とするジョブが流す涙だ。


「気の強《ちゅよ》さは騎士の血《ちゅい》が流《なぎゃ》れてる証拠《ちょうこ》ってことじゃれ?」


 沈黙の魔法がまだ残っているのか、ラクトの滑舌がすこしわるい。


「わるいことぢゃないしゃ。戦闘《しぇんとう》には負けん気も必要だじぇ」


 そうこうしているとティクルがテントのなかに入っていった。三〇秒もすると、分厚いカーテンから顔を見せた。


「お金、払ったよ」片手のグッドサインだ。「スズ、おいで」

「あ、ありがとうございます……」わたしは左右をキョロキョロ見た。「そ、それじゃ行ってきます」

「むぉう」ラクトは言った。

「楽しみだな。待ってるよ」エルさまが言った。

「どーせ、たいした色の涙じゃないわよーだ」エリニナはぷいっとあちらを向いた。


 紫色のカーテンをくぐると、まず目に入ったのは大きな水晶。電子レンジくらいの直径がある水晶は、肉厚な座布団に鎮座している。


「ホエエエエエエエイ!」


 口元をベールで覆った、いかにもな占い師が叫んだ。その声に、わたしはびくっとムチを打たれた。


「師匠、まだ占っていません。その叫びは早いですみゃ」


 占い師のななめうしろから、猫の顔をした男の子が言った。ゲームにおいても、占いの神殿《テント》にいる占い師はみな、獣人のミャルタリ族だった。風の大陸リュンカイン出身の彼らに、こうも早くお目にかかれるとは。


「どうぞ、そこの席にお座りくださいみゃ」


 男の子が言った。彼はきっと助手のポジションだろう。言われたとおり、背もたれのない丸椅子に腰をかけた。ふかふかとしてお尻が心地いい。


「して、おぬし」占い師は猫耳をぴくぴくさせて、「なにを占うみゃ」

「わ——」


 答えようとしたとたん、占い師は水晶に顔をぐっと近づけた。猫目が拡大されて、水晶いっぱいに映った。


「みゃんと!」

「どうしましたみゃ、師匠」

「ん? 問題発生?」わたしのうしろでティクルが言う。

「——おぬし、この世界の住人ではないみゃ」

「あ、えと」


 さっそくバレちまった。

 どうなるわたし。

 王国に突き出されるのだろうか。


「そうなんです」保護者のティクルが答えてから、こちらに耳打ちをしてくる。「こうなったら開きなおったほうがいいよ、うそはだめ」

「は、はい、わたし未亡人です!」

「異邦人のまちがいみゃ?」占い師が言った。

「そう、かもです」

「どうなってるみゃ……?」



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