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「まぁいいじゃん」ラクトが言った。「記憶喪失は本人がいちばんつれぇんだ、みんなで支えようぜ」
ティクルとエルさまの計らいで、わたしは記憶喪失中ということになっている。とはいえラクトなら、こちらの事情をすべて知ったとしても、大丈夫さなんとかなる、みんなで道を探そうぜ、と言ってくれそうだ。
「これまでもあった、ゲストってやつだよ」
「早すぎるわよ! 旅も道半ばくらいよ、そういうイベントが起きるのは! 由緒ある国の王子さまとか、魔物に親をさらわれた少女とか、道に迷った謎の老人とか!」
その三者はレディラⅠでゲストとして、一時的にパーティインしていた。わたしもよく覚えている。彼女は兄から聞いたのだろう。
「なんで、こんな、道で倒れてたイミフ女が、序盤でゲストなの、よ!」
ひとことずつ、指差しとともにつんつん刺されていく。
「し、か、も」エリニナは口撃の手をゆるめない。「涙の色は無色透明。なーんにもできないじゃない」
「ご、ごめんなさい……」
「だから、これから占いの神殿に行くんだよ」ティクルが言った。
「は!? 石化現象の調査がさきでしょ!? ただでさえきのうの盗賊退治で日程が押してるのにっ! ていうか、あんたね——!」
怒るエリニナの前を横切る人が——野菜をたくさん積んだ手押し車をゆっくりと進める、腰の低いおばあちゃんだ。
「あら、英雄さま、おはようございます」かわいらしい老婆の声だ。
「おはよう」ラクトは言った。「きょうも豊作だね」
「ええ、暗黒の空が晴れてから、おひさまがよく照るからねぇ、みなさんのおかげだよぉ、ありがとねぇ」
から、から、から……、手押し車の音がゆぅっくり通り過ぎていく。そのあいだエリニナは片手を腰に、もう一方の手はわたしを指したまま固まっていた。
「——と、に、か、く!」時間魔法が解けたように、エリニナが動きだす。「あたしは、なっとく、しないから!」
ぷりぷり怒って、ずかずかとどこかへ歩きだしてしまう。そんな妹の背中を見てから、エルさまは片手でこめかみを押さえた。
「はぁ……」深いため息だ。「むしろ、あいつのほうが心配だ。冒険は旅行じゃない。どうにもならない事態、予想だにしなかった現象——なんでもありだ。肉体の強度はもとより、心の柔軟性が試される場面はいくらでもある」
早かったのかもしれん……、と言ってエルさまは息をついた。
「まぁ、それも、これも、これからも経験だよ」ティクルが言った。「なんだかんだ、文句言いながらもわかってると思うよ、彼女」
ティクルはむこうを見た。さっきはいきおいよく歩きだしたエリニナが、ちらちらとこちらを気にしている。
「だって、あっちは街の外じゃなくて、神殿の方角だもん」
「スズ、だっけ?」ラクトがこちらを見た。「大丈夫さ、きみにもできることがある。まずは占いの神殿に行こうぜ。そこで適職がわかるんだ」
占いの神殿——レディラⅠだと、そこでは内に秘めたる涙を知ることができた。主人公パーティのジョブはもとから決まっていたので、物語の本筋にからんでくることはなかった。サブイベントでちょこっと訪れたことはあったが、その程度だ。
「ちょーっと!」業をにやしたエリニナが、両手をメガホンみたいにして叫んだ。「行くんでしょ! 占いの神殿!」
「そんじゃ行きますか」ラクトは両手を頭のうしろにやった。「占いは午前中にも終わるだろ。そしたら武器屋に行って、スズの装備を買っておこうぜ」
エルさまとティクルは、すこしの異論もはさまずにうなずいた。やはりラクトは主人公であり、リーダーなんだと実感する場面だった。彼についていく——それがパーティメンバー全員の躰にインプットされているようにさえ思えた。
「スズ、ガムドラのローブはどう?」ティクルが訊いてきた。「やっぱり、かわいいのがいいかと思って」
軽い生地の白いローブ。大きいフードがついていて、オレンジのワンポイントがそこかしこに施されている。半袖とミニスカートで暑さ対策はばっちり。おへそが出たスタイルなのが、すこしあれだけど……。
「いいじゃないか、スズ。似合ってるぞ」
エルさまが言ったら、くらっとめまいが——
「大丈夫?」ティクルが心配する。
「う、うん——大丈夫です」
そんなわたしを見て、ラクトはなにかに気づいた様子。
「そっか、スズって——」
彼が言いかけた瞬間、ティクルは沈黙の魔法を唱えた。
神殿とは名ばかりのそこは、縦が四メートル、横が三メートルほどのテントだ。レディラⅠでもラクトがつっこんでいたのを覚えている。どこが神殿なんだよ、と。
「占いの神殿、猫の目……」
カフェの軒先にあるような自立型の黒板に店舗名が書いてある。料金は、大人七〇〇ラキー、未来ある子供三〇〇ラキー。
「あ、お金……」わたしは言った。
「心配しなくていいよ。わたしたち、いっぱいあるから」
じゃらじゃらと音を鳴らす袋を片手にティクルは言った。世界を救った英雄の財布ほど、頼りになるものはない。
「ちょっと、甘やかすんじゃないわよ」エリニナ嬢が口をはさむ。「七〇〇ラキーくらい、自分で稼ぎなさいよ。街の外に行って、モンスターでも狩ってきたらいいじゃない」
「いまこの世にモンスターはいない」エルさまが言った。「だからこそ、おまえも同行できているんだ。前回の魔王討伐のような時分だったら、さすがに危険すぎる」
「あたしが弱いっていうの!」
「そうやって、すぐにつっかかるところ。実戦だったら命取りになる。冷静になれ」
「別に、あたし前線じゃないもん。回復役だし」
「どうせならおれとおなじ、銀色の涙でも流してくれたらよかった……」
エルさまは片手でこめかみを押さえて、ため息混じりに言った。銀色の涙は、騎士や戦士などの肉弾戦を得意とするジョブが流す涙だ。
「気の強さは騎士の血が流れてる証拠ってことじゃれ?」
沈黙の魔法がまだ残っているのか、ラクトの滑舌がすこしわるい。
「わるいことぢゃないしゃ。戦闘には負けん気も必要だじぇ」
そうこうしているとティクルがテントのなかに入っていった。三〇秒もすると、分厚いカーテンから顔を見せた。
「お金、払ったよ」片手のグッドサインだ。「スズ、おいで」
「あ、ありがとうございます……」わたしは左右をキョロキョロ見た。「そ、それじゃ行ってきます」
「むぉう」ラクトは言った。
「楽しみだな。待ってるよ」エルさまが言った。
「どーせ、たいした色の涙じゃないわよーだ」エリニナはぷいっとあちらを向いた。
紫色のカーテンをくぐると、まず目に入ったのは大きな水晶。電子レンジくらいの直径がある水晶は、肉厚な座布団に鎮座している。
「ホエエエエエエエイ!」
口元をベールで覆った、いかにもな占い師が叫んだ。その声に、わたしはびくっとムチを打たれた。
「師匠、まだ占っていません。その叫びは早いですみゃ」
占い師のななめうしろから、猫の顔をした男の子が言った。ゲームにおいても、占いの神殿にいる占い師はみな、獣人のミャルタリ族だった。風の大陸リュンカイン出身の彼らに、こうも早くお目にかかれるとは。
「どうぞ、そこの席にお座りくださいみゃ」
男の子が言った。彼はきっと助手のポジションだろう。言われたとおり、背もたれのない丸椅子に腰をかけた。ふかふかとしてお尻が心地いい。
「して、おぬし」占い師は猫耳をぴくぴくさせて、「なにを占うみゃ」
「わ——」
答えようとしたとたん、占い師は水晶に顔をぐっと近づけた。猫目が拡大されて、水晶いっぱいに映った。
「みゃんと!」
「どうしましたみゃ、師匠」
「ん? 問題発生?」わたしのうしろでティクルが言う。
「——おぬし、この世界の住人ではないみゃ」
「あ、えと」
さっそくバレちまった。
どうなるわたし。
王国に突き出されるのだろうか。
「そうなんです」保護者のティクルが答えてから、こちらに耳打ちをしてくる。「こうなったら開きなおったほうがいいよ、うそはだめ」
「は、はい、わたし未亡人です!」
「異邦人のまちがいみゃ?」占い師が言った。
「そう、かもです」
「どうなってるみゃ……?」




