↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界 推シ 消えヌ 死のセンコク  作者: 燈海 空
雫歴658年 ニッドバッガ大陸
PR
10/22

ー1ー


 音楽が聞こえる。

 軽快なリズムの、ケルト音楽みたいだ

 背中のほうから鳴っている。


 また気を失っていたんだ、と気づくのに時間はかからなかった。見たことのない木製の天井は、色の濃い丸太を組み合わせたものだ。ビールみたいなにおいと、消毒液みたいなにおいが空間で混ざっている。


「気がついた?」顔を横に向けると、女性の顔がこちらを覗きこんでいる。「急に倒れちゃうから、びっくりしたよ」


 彼女は——そう、ティクルだ。黒髪のストレートに、紫色の瞳。さっきはあわただしくてよく見れなかったけど、身長はわたしとおなじくらいか。服の上からわかるくらいスタイルがすごくいい。


「あの……」わたしは言った。

「ここはね、酒場と宿屋が一緒になった場所だよ」ティクルは金属製の洗面器の上で、濡れたタオルをぎゅっとしぼった。「はい、ちょっとは頭、冷えると思う」


 おでこにひんやりとした心地。

 のぼせた頭には、とても気持ちがいい。


「わたしたちの魔法はね。外傷や内臓損傷にはすぐに効くんだけど。精神的な問題には弱いんだ。あなたが倒れてから、何度か回復魔法をかけたんだけど。あんまり効果がなくて」


 倒れる間際の記憶……。

 そうだ、エルさまの顔面が近づいてきて……。


「ここは、どこ、ですか?」

「ガムドラ王国だよ。ニッドバッガ大陸でいちばん大きい国。——あなたは、どこからきたの?」

「わたし……」正直に答えるべきなのか。「わ——からないんです」

「うーん。おうちの人の名前とかは?」

「覚えて……、ない」

「そっか……」


 ティクルは真剣な面持ちで、右を見た。そちらには十字格子の窓があった。オレンジ色の明かりが、ほのかに飛びこんできている。松明か、ランタンか。日本の夜とは、まったくちがった灯りだ。


 ふと視線を上げると、天井の中央には鉱石のようなものが埋まっていた。室内の灯りはそれだ。ぼんやりと光るあれが、この国の照明なのだろうか。


「あなたの服、実は見たことがないんだ」ティクルはそう言って、丸椅子から立った。「わたしたち、いろんなところを旅したんだけど。この材質の、このかたちのものは、どこの国か、わからなくて」


 彼女が歩いていった方向の壁際には、木製の物干しハンガーがあった。そこにわたしの服がかかっている。


 だとしたら、いま着ているのは……? 布団を持ち上げてなかを見てみると、見慣れない肌着のようなものを着ていた。胸元にリボン結びの紐があり、下腹部までボタンがとまっているワンピースみたいなものだ。両足はそれぞれ袖が分かれている。全体的にゆったりしていて、楽だ。もとからベージュ色をしているのか、使いこんだ結果この色なのかは、わからない。


「ほら、砂まみれだったから、宿屋の人に洗濯をおねがいしたの。ここは気温が高くて、乾燥しやすい地域だから。あすの陽がのぼるころには乾いていると思うよ」


 ティクルはわたしの服をひっぱって、シワを伸ばしてくれている。わたしは上体を起こした。


「あり、がとう……」

「あ、無理に起きなくていいよ? 大丈夫?」

「だ、い、じょうぶです……」

「ちょっと、お水もらってくるね」

「はい……」


 ティクルは部屋から出ていった。ドアが開いたとき、ケルトっぽい音楽が一層大きくなった。下の階は宴会さわぎになっているみたい。


「お待たせ」


 お盆に、金属製の冷水ポット、そして透明のグラスを持ってきてくれた。


「けっこう、暑いでしょう?」ティクルはグラスに水を注ぎながら、「この地域に来ると、脱水症状に気をつけなきゃならなくて。夢中で戦闘していると、すぐノドが乾いちゃうの——はい」


 差し出されたグラスを、わたしは受け取った。

 ひやりとした感触が、手のひらに心地いい。


「なにからなにまで、すいません」

「気にしないで。こういうお世話、好きだから」


 両手でグラスを持って、ゆっくり水を飲んだ。カルキのにおいがない、キレイな水だった。頭がすっきりしてくる。


「それでさ」ティクルはすこし言いにくそうにして、「お財布も、なにも持ってなかったみたいだけど……。これから、どうする?」

「これから……」


 とりあえず日本に帰りたい。

 だが——どうやって?

 そもそも帰れるのか?


「もし、ほんとうにどうしようもなかったら。しばらくわたしたちと行動する?」

「こうどう……、いっしょに……」ゴブリンみたいな返事をしてしまう。

「わたしと、ラクト、騎士はエルディスで、金髪ツインテールの娘《こ》は、その妹のエリニナね」

「それって、まんま主人公パ——」

「主人公、パ?」

「あ、えと、なんでもないです」

「まだ頭がぼーっとするよね、ごめんね、急に選択を迫ってしまって」

「あ、えと、こちらこそ、すいません……」


 レディラⅡの主人公パーティに、わたしが加わる……? 

 そんなことが許されるのか? 

 だけど、ほかにどんな選択肢がある? 


 右も左もわからないどころじゃない。すこしでも信頼できる人たちについていくしかないのでは。


「ところでさ」

「は、い……?」


 突然にティクルが急接近してきた。顔と顔が、くっつくんじゃないかってくらいの距離だ。いい香りがする。純粋な瞳に吸いこまれそう。


「見てもいい? 気になるんだ」

「あ、えと、なぅ、なにを?」

「こんなの、よくないって、わかってるんだけど」


 心臓が暴れだした。

 両耳が一気に熱くなる。

 たしかに彼女は好きだけど。

 そういう好きじゃない。

 レディラⅠで回復といえばティクルだった。

 何度もお世話になった。

 彼女がパーティにいる安心感は、筆舌に尽くせない。

 ——てか、あんたラクトといい感じだったじゃないか!

 恋の結末にたどりつくほどのストーリーではなかったけれど。

 全ユーザーが思ったはずだ。

 どうせ、このふたりくっつくんでしょ、って。


「あ、な、た、の……」


 その色っぽいくちびるで、なにを言いだすの?


「き、お、く」

「——はい?」


 ティクルは顔を離して、ベッド横に立てかけられた杖を手に取った。


「わたし、生き物の記憶を見る魔法が使えるの。魔物とのたたかいだと、これを使って、相手の弱みを知ることができるんだ」


 レディラⅠでティクルが使っていた、ブレインサーチのことだ。あの魔法はボス戦で活躍してくれた。


「この魔法を、人間相手に使うことはほとんどないんだけど……。倫理的な観点において、ね」


 てへへ、とかわいらしく笑っていても目は真剣そのものだ。ちょっとこわい。


「ごめんね」ティクルは神妙な面持ちで、「実は、なんのうたがいがないわけでもないんだ。ガムドラ王国につづく道端で、なんの装備もなく、見慣れない服装で倒れていた……」

「は、はい」

「もしも新手の魔物だったらって。考えちゃうところも、あるの」


 たしかにそうだ。旅人らしい所持品をなにも持たず、手ぶらで道に倒れていた。何時間も荒野をさまよった形跡もない。脱水症状になっていたわけでもないし。空腹にあえいでいたわけでもない。


 水分のない大地に、ぽんと現れた、いたって健康な人間。

 世界を知りつくしたラクトたちが、見たこともない服装。

 魔物とうたがわれてもしかたない。

 じゃなきゃ異世界からの旅人か。


「わかりました」わたしは意を決して、目を閉じた。「この脳みそ、好きにほじくってください」

「それじゃ……」ティクルは杖を構えた。「いくよ」


 杖のさきから、黄色の光が伸びる。ちぎられた蜘蛛糸《くもいと》のようなその光は、わたしのおでこに当たった。目の奥がむずむずしはじめる。


「四角くて、背の高い建物ばかり……」ティクルが言った。「あなたは——なにか行列に並んでいる」


 それはプロステを買うときのやつだ。


「白い袋を手にして……、ホトニエの蒸気機関車みたいなものに乗った。それから家に帰って……。そこにいるのは、家族かな」


 勇輝のことだ。ちょっと目頭が熱くなった。彼はもう、草野球を終えて家に帰っているのだろうか。


「けんかかな? あなたはなにか、邪魔されたくないみたい」

「はぅ……」やっぱり恥ずかしいな。

「袋から、箱。箱からは、石板みたいなのを取り出して……」

「やだ……、なんかこそばゆい」

「エルさま? って、あなた叫んでるけど」

「あ」

「——ラクト!? な、なんでわたしたちを知っているの!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。