村々に残る同じ訂正
崩落から三日後、旧水路の封鎖壁には新しい杭が打たれ、町から村へ続く道には泥の跡がまだ残っていた。
セレネは役所の小さな荷車に記録板を積み、ノアとともに上流へ向かった。崩落の原因を調べるには、壊れた壁だけでは足りない。水路がどのように管理され、いつ、誰の手で記録されたのかを確かめなければならなかった。
最初の村は、町から半日ほど離れた谷間にあった。雪解け水を受ける貯水池のそばに、木造の役場と古い鐘楼が建っている。村長は二人を見て、すぐに台帳を差し出した。
「今年の配水記録です。冬の間に訂正がありましたが、役所から届いた写しと同じ内容です」
セレネは台帳を開いた。
水門の開閉日、各村へ渡した水量、見回りをした者の名前。細かな数字が並んでいる。表面だけを見れば、よく整理された記録だった。
だが、三月十二日の欄で指が止まった。
そこには、最初に書かれた数字の上へ薄い灰色の顔料が塗られ、その上から別の数字が記されていた。訂正印は押されている。しかし、訂正理由の欄は空白だった。
「この訂正は、いつ行われましたか」
「三月十四日です。役所から、配水量の再計算があったと通知されました」
「訂正したのは?」
「村の書記です。ただし、数字を送ってきたのは町の水利係でした」
セレネは台帳の紙を斜めに傾けた。消された文字は、完全には消えていない。灰色の膜の下に残る線を追うと、変更前の数字が浮かび上がった。
現在の記録では、この村が受け取った水量は三十六樽。だが、訂正前には四十八樽と書かれていた。
「十二樽分が減っています」
「そんなはずはありません」と村長が言った。「三十六樽では、春先の畑を保てません。実際、今年は水が足りなかった」
ノアが台帳の余白を指した。
「三月十二日、見回りの記録があります。水門を予定より長く開けた、と書かれている」
セレネはうなずいた。変更後の数字と、実際の水の流れが合っていない。誰かが後から記録を合わせたのだ。
村長に頼み、訂正前の通知書と、配水を受け取った家々の控えを集めてもらった。控えには、四十八樽という数字が残っていた。農家の女主人は、受け取った水を分けたときの印を見せてくれた。樽の数を一つずつ壁に刻んだ跡だった。
「私たちは字が得意ではありません。でも、水が来たかどうかは覚えています」
セレネはその言葉を記録板に書き留めた。
次の村では、三月十二日ではなく、三月十六日の欄が訂正されていた。さらにその次の村でも、日付は違ったが、訂正された日の前後に共通する書き込みがあった。
水門を長く開けた記録が消され、配水量が少なく書き直されている。
そして、どの台帳にも同じ文句が残っていた。
――計算違いにつき訂正。
同じ筆跡ではない。村の書記たちはそれぞれ別の字を書く。だが、訂正理由の言い回しだけが、まるで一つの手本から写したように一致していた。
「これは村ごとの失敗ではありません」
夕暮れ、三つ目の村を出た道で、セレネは言った。
「誰かが訂正の形を決め、それぞれの台帳に同じ理由を書かせています」
「水量を少なく見せるために?」
「まだ断定はできません。ただ、複数の村で同じ手順が繰り返されている。個人の書き間違いなら、こんなふうに同じ日付の周辺へ集まりません」
ノアは黙って谷の向こうを見た。山肌には雪が残り、その下から細い水が幾筋も流れている。
「最初に見つけた村の台帳を、町へ持ち帰るか」
「持ち帰るだけでは、差し替えられるかもしれません」
セレネは荷車の奥から空の記録箱を取り出した。母が使っていた古い箱だった。蓋の内側には、細い鉛筆で分類用の記号が刻まれている。
「原本は村に残します。写しを二部作り、一部は村長に、一部は私が保管します。訂正の跡が分かるよう、紙の状態も記録しておく」
「証拠を守る方法まで考えていたのか」
「考えたのは、今です」
セレネは最初の村へ戻ると、村長と書記の立ち会いのもとで台帳を開いた。変更後の数字、下に残る文字、訂正印の位置、紙に付着した顔料の色。目に見えるものを一つずつ書き、村長の署名を求めた。
書記がためらいながら筆を取った。
「もし、町の役所がこの記録を認めなかったら?」
「認めるかどうかは、後で決まります。ですが、見た人の名前と日付が残っていれば、なかったことにはできません」
村長も署名した。ノアは立会人として名を記した。
その夜、セレネは宿の机に三つの写しを並べた。日付はばらばらなのに、訂正の形は同じだった。数字を覆う灰色の膜。空白の理由欄。同じ言葉。
彼女は一枚目の写しの端に、短く書いた。
――村々に残る同じ訂正。偶然ではない。
書き終えたとき、ノアが窓辺から振り返った。
「最初の証拠だな」
「証拠の一つ目です」
「一つ目、と数えるのか」
「数えられるようにしておきたいのです。怒りや疑いだけでは、記録は人を動かせません」
ノアはうなずいた。
「なら、次の証拠を探そう」
セレネは三つの写しを箱へ収め、蓋を閉じた。鍵をかける前に、村長たちの署名をもう一度確認する。
誰かが消した文字を、今度は誰も一人で消せない形にする。
それが、彼女の最初の保管だった。




