第二話 夢四つ
朝だった。輝樹は自室のベッドにいた。金曜だった。
西武池袋線はいつも通り混んでいた。西新宿の会社に着き、輝樹は自分の席に鞄を置いた。五年目になっても机の上は変わらず、向こうでは佐伯課長が自分の席でメールを読んでいた。
午前中は見積書を直し、昼を挟んで午後は打ち合わせの議事録をまとめた。午後三時には取引先から届いた表の数字を転記し、隣の席から回ってきた確認欄に印を付けた。確認待ちのファイルを共有フォルダに入れ、戻ってきた修正を潰しているうちに外が暗くなった。夕方、岡本が椅子の背から上着を取った。
「友達と飲むから来いよ」
輝樹は画面の時計を見た。急ぎの仕事は残っていなかった。保存していたファイルを閉じ、机の引き出しに社員証の予備ストラップを放り込んでから立った。
新宿三丁目の居酒屋は、細い階段を地下へ降りた先にあった。岡本について暖簾をくぐると、奥の席に先に座っている男がこちらを向いた。輝樹は顔を見るなり分かった。
幸助だった。小学校の三年から六年まで同じクラスで、練馬の高校を出たあと、実家の電気工事店を継いだと聞いていた。最後に会ったのは数年前だったが、笑うと片方の頬だけ先に上がる癖は変わっていなかった。
「輝樹じゃん」
幸助が片手を上げた。岡本が幸助の隣に腰を下ろし、輝樹は向かいに座った。二人はビールを頼み、頼み終えるより先に話し始めた。
「俺ら高二のとき同じクラスだったじゃん。金曜は毎週あのゲーセン寄ってたよな」
「寄ってた寄ってた」
練馬駅前のゲーセンの話だった。幸助は、帰りに取った菓子をその場で全部食べたことまで覚えていて、岡本は笑いながら、自分は一個しかもらえなかったと言った。店員に見つかって袋を隠した話になり、二人とも同じ場面を知っているように笑った。
輝樹は枝豆をつまみ、空いた小皿を端へ寄せた。二人の話はゲーセンの隣にあったラーメン屋へ移り、そこから最近食べた店の話に変わった。幸助が仕事で使う軽トラックの愚痴を言い、岡本が会社の駐車場の狭さを返した。
注文した焼き鳥が来ると、三人で皿を回した。幸助は昔と同じ調子で笑い、岡本も気安く肩を叩いた。輝樹はビールを飲み、二人の会話を聞きながら、佐伯課長の細かい指示の話や、駅前に新しくできた店の話をした。岡本が頼んだ揚げ物を幸助が勝手に取り、岡本が箸でその手を追い払った。幸助は悪びれずにもう一つ取り、輝樹の皿にも一個置いた。
一時間ほどして二杯目が空き、幸助が明日の仕事が早いと言った。会計を済ませて地上へ出ると、雨は降っていなかったが歩道が濡れていた。幸助とは改札の手前で別れ、岡本も別の路線へ向かった。
輝樹は西武池袋線の車内で空いた席に座った。発車して二駅ほど過ぎたところで、さっきの会話の一部が遅れて引っかかった。ゲーセンでもラーメン屋でもなく、その前の一言だった。
岡本は堺の高校に三年間、転校せずに在籍して卒業した。入社した年の歓迎会で本人から聞いた。大学から東京へ出てきたとも言っていた。高二のとき、岡本は堺にいた。練馬の高校で幸助と同じクラスにいたはずがない。
幸助が言った高校時代と、岡本から聞いた高校時代の両方が本当なら、同じ高二の一年を二か所で過ごしたことになる。輝樹は吊革の並ぶ通路を見たまま、数秒動かなかった。電車のドアが開き、人が降りても、そのまま座っていた。
輝樹は自分の左手を見た。
左手に、コップがあった。
目が覚めた。




