第9話 メディア対応
監督という立場になって大きく変わったことの一つが「メディア対応の爆増」だ。
選手専任時代もヒーローインタビューなどでカメラの前に立つことはあったが、シーズンオフのバラエティ番組やスポーツ特番からの出演オファーなんて、目玉選手でもない俺のところにはめったに来なかった。
だが今の肩書きは「話題の兼任監督」。
テレビ局からすれば、これほど使いやすいネタもないのだろう。
1月中旬。都内のテレビ局のスタジオで、オフの恒例企画『プロ野球開幕直前!新監督&スター選手大集合SP』の収録が行われていた。
「——それでは、今回の進行を務めていただくアナウンサーをご紹介します!」
司会のお笑いタレントの声に合わせて、セットの端からスラリとした女性アナウンサーが歩み出てきた。
上平唯。旧姓、守屋。
担当局のベテランアナウンサーであり、そして——俺の妻だ。
「……本日進行を務めます、上平唯です。よろしくお願いします」
画面に向かってプロの完璧な笑顔を浮かべる妻。
スタジオの観客とひな壇の共演者たちから、「おお〜っ!」「夫婦共演だ!」と大きな歓声と拍手が巻き起こった。
今年で結婚20年目。
妻はアナウンサーとして、俺はプロ野球選手として、互いの仕事を尊重して一線を画してきた。
自宅のリビングでニュース番組を見ながら会話することは日常茶飯事だったが、カメラが回るスタジオで共演するのはこれが人生で初めてだった。
「いや〜、上平監督!奥様との共演ですよ! 緊張してますか!?」
司会者に振られ、俺は苦笑いしながら頭をかいた。
「めちゃくちゃやりづらいですよ! 朝、家を出るときも『スタジオで余計なこと言わないでね』って釘刺されてきましたから」
スタジオが大爆笑に包まれる。横を見ると、妻がマイクを握りながら微かに目を細めて俺を牽制していた。怖い。
番組は和やかに進み、話題はクリッパーズの補強や『兼任監督』としての生活へ。
「上平アナ、旦那さんが選手と監督を兼任するって聞いた時、正直どう思いました?」
「そうですね……『また家にいない時間が増えるなぁ』と思いました」
「リアル!!」「熟年夫婦のコメントだ!」
「ですが、28年間ずっと泥だらけになってバットを振り、ボールを投げてきた人ですので……家でじっとしているより、グラウンドで倒れるまで走り回っている方が、彼らしいのかなとは思っています」
アナウンサーとしての静かなトーンの中に、20年連れ添った妻としての温かい本音が混ざっていた。スタジオ内が一瞬、ジーンとした温かい空気に包まれる。
(……おいおい、急にいい話風にするなよ、照れるだろ)
俺が鼻の頭をかいていると、司会者がニヤニヤしながら追い打ちをかけてきた。
「上平監督!奥様からこんな温かいお言葉をいただきましたが、全国の視聴者と奥様に向けて、一言どうぞ!」
カメラが一斉に俺の顔をアップで抜く。
俺は腹をくくり、画面の向こうの視聴者、そしてすぐ隣に立つ妻の目をまっすぐ見つめた。
そして、背番号『39』のいつものポーズ——今日はスーツなので背番号はないけれど、背中を指差し決め台詞を口にした。
「20年間、俺のワガママと泥だらけのユニフォームに付き合ってくれて……サンキューです!」
「キャーッ!」「ごちそうさまです!」
スタジオから割れんばかりの拍手と冷やかしの声が上がる。
妻は一瞬だけ呆れたように吹き出したが、すぐにアナウンサーの顔に戻り、心なしか少し頬を赤らめながら
「……ありがとうございました。コマーシャルの後、番組はまだまだ続きます」と番組を進行した。
収録後、楽屋に戻る廊下で二人きりになった。
「健二さん、最後の『サンキューです!』は台本になかったでしょ」
「いいだろ、プロのサービス精神だよ。それより、唯……サンキューな。スタジオで変なこと言わないでくれて」
「ふふ、当たり前でしょ。あなたの初采配、楽しみにしてるんだから」
20年分の妻からのエール。
テレビの前のファンにも、そして家族にも、恥ずかしい姿は見せられない。
いよいよ勝負の春季キャンプが始まる。




