第10話 現役ドラフト
『現役ドラフト』は基本的に水面下で行われる。
どの球団が誰を出して、誰を狙っていたのか。
すべての情報は分厚いベールの向こう側に隠されている。
リストが公開されることもなければ、事前交渉もない。
ファンどころか選手本人、下手をすれば現場の首脳陣すら、メディアの速報を見て初めて「あいつが出されたのか」「うちに来るのはこの選手か」と知るようなシステムだ。
俺も何回か球団の放出リストに名前が挙がっていたという噂を聞いたことがある。
結局移籍が実現しなかったのは……
まあ、他球団が「40過ぎの器用貧乏なロートルを獲るくらいなら若手を獲る」と指名をスルーしたからだろう。
クリッパーズに残留できたのは愛着というより、引き取り手がなかっただけかもしれない。そう考えると少し寂しいが、まあ、それがプロのリアルだ。
そして今回、新生ライマルクリッパーズから出されたのは、1軍出場経験のない若手外野手だった。彼にとっては環境を変えることが大きなチャンスになるはずだ。新天地での活躍を祈るしかない。
そして、代わりにうちへやってくることになったのが——白石翔太、27歳。
大卒5年目の捕手。一軍出場経験は今年の1試合のみ。
スカウトやスコアラーから回ってきた映像とデータを分析するが、首を捻りたくなるほど「平均的」な選手だった。
「どうだ、健二。白石のデータは」
監督室でガタさんがパイプ椅子に浅く腰掛け、資料を覗き込んできた。
「うーん……欠点がないのが長所、と言えば聞こえはいいですけどね。ぶっちゃけ『これ』と言った強みが見当たらないです。肩も、リードも、バッティングも、全部平均点。だから前所属球団でも二軍の枠から抜け出せなかったんでしょうね」
「27歳の大卒5年目か。捕手としては一番動けて、一番判断力がついてくる時期だが……ここから化けなきゃ、次は本当の戦力外だな」
白石の新背番号は『61』。
放出された選手の番号そのままだ。
今年、うちはドラフト6位で高校生捕手の高憧(※投手として育てるつもりだが、登録上は捕手)を獲った。
一軍の正捕手枠も決して盤石ではない。
白石にとって、この移籍は「最後のチャンス」であり、崖っぷちだ。
だが、プロの世界で一番恐ろしいパワーを発揮するのは、そういう「もう後がない男の泥臭い危機感」だったりする。俺自身、野球人生のほとんどを「来年はクビかもしれない」という危機感だけで飯を食ってきたようなもんだから、よく分かる。
「綺麗にまとまった捕手になろうとするから芽が出なかったんだ。うちに来たからには、自分の殻を破ってもらうぞ」
「へっ、監督直々の“泥臭い生き残り術”の伝授か。白石の奴、覚悟して来なきゃ首が飛ぶな」
環境が変われば、人は変わる。
元々持っているポテンシャルに「危機感」という火がついた時、背番号61がどんな化け方を見せてくれるのか。俺は少しだけ楽しみになっていた。




