第6話 ドラフト会議
ドラフト会議当日。
都内ホテルの大会場は、緊張感と独特の熱気に包まれていた。各球団のスカウト陣、そしてカメラの列。
「第1回選択希望選手。京浜ライマルクリッパーズ。五反田竜太。21歳。投手」
アナウンスが響き渡る。
最優先補強ポイントである「即戦力投手」。大学屈指の本格派右腕、五反田竜太の指名だ。
だが、当然のように他2球団と指名が被り、3球団による抽選となった。
「上平監督、どうぞ壇上へ」
重苦しい空気の中、俺はピシッと着こなしたスーツ姿で壇上へ上がった。
順番は1番目。抽選箱の中に手を入れ、直感で1枚の折りたたまれた紙を掴み取る。
手に汗を握りながら、開くための順番を待つ。
その時だった。
隣に並んでいた他球団のベテラン監督が、クジを開いた瞬間に「よっしゃあッ!」と派手にガッツポーズを繰り出した。
会場がどよめき、カメラのフラッシュが一斉にその監督へと注がれる。
(……ああ、ハズれたのか)
俺は心の中でガクッと肩を落とした。
やっぱり俺の引きの強さなんてこんなものか。
憧れだった「当たりクジを引いてのガッツポーズ」もおあずけだ。
『ハズレ1位は誰にしようか……』
すっかり諦めモードになった俺は、開くことすら面倒になった手の中の紙をそのまま係員に差し出し、トボトボと自分たちのテーブルへ戻ろうとした。
ガタさんが苦笑いを浮かべながら迎え入れようとしているのが見える。
その時——スピーカーから慌てた様子の司会者の声が響いた。
「あ、上平監督! ちょっと待ってください! 戻らないでください!」
「え……?」
振り返ると、壇上がパニックになっていた。
ガッツポーズをした他球団の監督が、NPBの確認係に制止され、引きつった顔で手元の紙を見つめている。
どうやら、あの監督はNPBの発行印を「当たり」と勘違いして誤認ガッツポーズをしてしまったらしい。
「上平監督、申し訳ありません。もう一度こちらのクジをご確認ください」
係員から手渡された紙を、俺はおずおずと開いた。
そこには、はっきりと黒い太文字で
【交渉権獲得】
の5文字が印字されていた。
「……え、マジで!?」
一瞬の静寂の後、会場全体にどっと大きな歓声と笑いが広がった。
「正式に交渉権を獲得されたのは、京浜ライマルクリッパーズ、上平健二監督です!」
司会者の叫ぶようなアナウンス。
俺は一歩前へ出ると、カメラのレンズに向かって、これでもかというほど高々と右拳を突き上げた。
ドカンッ!!!と弾けるようなフラッシュの嵐。
あこがれていた、あのガッツポーズ。
ちょっとドジで、ちょっとカッコ悪いどんでん返しだったが、間違いなく俺のプロ野球の歴史で一番の引き強を発揮した瞬間だった。
席に戻ると、ガタさんが腹を抱えて爆笑していた。
「ひーっ、腹痛え!健二、お前一度諦めて帰ろうとしてただろ!一体どんな演出だよ!」
「笑わないでくださいよガタさん、心臓止まるかと思ったんですから!」
俺は胸をなでおろしながら、胸のポケットに収めた当たりクジの紙を大切に撫でた。
大卒即戦力投手、五反田竜太の交渉権獲得。
先発ローテーションの駒不足に悩むうちのチームにとって、これ以上ない喉から手が出るほど欲しかった大きなピースだ。
そして会議は進み、下位指名巡へ。
俺はスカウト頭に向かって、静かに頷いた。
「第6回選択希望選手。京浜ライマルクリッパーズ。高憧洋介。捕手。17歳。県立中溝高等学校」
会場の記者席から「どこだその高校?」と小さくささやき合う声が聞こえた。
スカウト陣が半ば面白がってリストに入れた「弱小県立校の隠し球」。誰もがプロ志望通告を出したことすらノーマークだったような素材だ。
指名上の登録はあえて「捕手」。
スカウト会議で決めた通り、最初からピッチャーとして大々的に公表すれば他球団の余計な警戒を煽るだけだ。
まずは捕手として指名し、プロの環境に慣れさせながら、俺と投手コーチの手でじっくりと『本格派右腕』へと仕込んでいく。
「——京浜ライマルクリッパーズの指名は、以上で終了となります」
司会のアナウンスが響き、今年のクリッパーズのドラフト指名が終わった。
今年は育成枠の指名は見送り、支配下で指名した6名に全力を注ぐ。1位の即戦力右腕・五反田、そして6位の隠し球・高憧。
他にも社会人や独立リーグからも伸び代のありそうな野手を指名。
手応えとしては百点満点と言っていい。
指名終了の合図とともに、ガタさんが隣で小さく息を吐き出し、俺の肩を小突いた。
「おい健二、6位の高憧……うまく隠し通せたじゃねえか」
「ええ。これで高憧くんをプロの土俵に引っ張り出せます。……まあ、娘には指名したことまだ一言も言ってないんですけどね」
「は? 言ってねえのかよ! 娘さん、今頃速報見て腰抜かしてんぞ」
「あはは、サプライズってことで」
笑いながらスマホを取り出すと、案の定、娘の四季から鬼のような数のLINE通知が届いていた。
『パパ!!!!! 洋介くん指名したの!?!? え!? 何で!?!?嘘でしょ!?!?』
文字盤からでも娘のパニックぶりが目に見えるようだ。俺は苦笑いしながら、『パパの勘だよ。後でちゃんと話すから』と短く返信を送った。
会場を出る際、囲み取材の記者たちから矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「上平監督! 1位の五反田投手の交渉権獲得、おめでとうございます! ちなみに6位の高校生捕手・高憧選手ですが、指名の狙いは?」
俺はカメラに向かって、少し意地悪く、だけど不敵に笑ってみせた。
「五反田くんが来てくれるのは本当に心強いです。そして6位の高憧くんですが……まあ、今のクリッパーズに足りない『強肩と、隠された可能性』を買いました。彼がプロのグラウンドでどんな化学反応を起こすか、楽しみにしといてください。……サンキューです!」
背番号『39』の指揮官としての初仕事であるドラフト会議は、大成功で幕を閉じた。




