第5話 ドラフト会議直前
秋季キャンプの合間を縫って、横浜市内のホテルで開かれた球団のドラフト戦略会議。
会議室の長テーブルには、全国を飛び回ってきたスカウトたちが集めた膨大な資料と映像データが並んでいた。
もうすぐドラフト会議がやってくる。
どの球団も将来のチームを背負う目玉選手を狙うが、人気が集中すれば当然、運命のクジ引きになる。
テレビでよく見る、当たりクジを引いて派手にガッツポーズをする監督の姿には少し憧れもあるが……今のうちのチーム事情を考えれば、無駄な競合は避けて、確実に実力のある選手を手に入れたいのも本音だ。
クリッパーズは正直、どのポジションも喉から手が出るほど欲しい。だが、最優先課題はやはり「先発ローテーションを張れる即戦力、および将来のピッチャー」だ。
スカウト陣と指名候補のリストを吟味していた時、あるスカウトが「ロマン枠の隠し球」として出してきた資料の一枚に、俺の目が止まった。
「……あれ? この子、プロ志望届出してたのか」
思わず声を漏らすと、担当スカウトが驚いたように顔を上げた。
「えっ、上さんもご存じなんですか? 神奈川の県立高校の選手なんですけど……」
「知ってるも何も、うちの娘の同級生なんだよ」
俺の娘、上平四季が通っているのは、神奈川県内のごく普通の県立高校だ。
野球部はあるものの、夏の予選で1回勝てば大ニュースになるような、甲子園とはおよそ無縁の学校である。
その弱小野球部で、1年生から正捕手を務めているのが高憧洋介くんだった。
「スカウトの報告書によると、二塁送球タイムが1.8秒台で強肩、打撃センスも悪くない。捕手としての育成枠候補としてリストアップしたんですが……」
「なるほどね。でも彼がキャッチャーやってるのは、チーム内にまともに二塁に投げられるやつが他にいないからなんだよ」
「……え?」
スカウトたちがポカンとする。これは完全に親バカ……ではなく、娘の四季から家で聞いた「反則に近い情報」だった。
四季は学校のグラウンドの隅で練習する野球部をよく見ていて、夕飯の時に学校での出来事を色々と話してくれるのだ。
「四季から聞いた話なんだけどさ……夏の大会のちょっと前に、高憧くんが小中学校時代にいたボーイズリーグの繋がりで、甲子園常連の強豪校と変則的な練習試合をやったらしいんだ」
「強豪校と?県立高校がですか?」
「ああ。地力の差がありすぎるからってことで、強豪校の控え捕手がうちの娘の学校(弱小側)に入って、高憧くんをマウンドに立たせたらしい。相手の強力打線相手に、高憧くんは7回を投げて5失点」
俺は資料の余白にペンで『投手』と書き加えた。
「ただし、5失点のうちほとんどは味方のエラー。自責点はゼロだったそうだ。打者の手元で伸びる直球と、鋭く落ちるウィニングショットを持ってる。強豪校の監督も『うちのクリーンナップが手も足も出なかった』って驚いてたらしい」
会議室が一瞬、静まり返った。
スカウト陣が急いで手元のメモをめくり、互いに顔を見合わせる。その情報は、どんなに足を運んだプロのスカウトでも掴みきれていなかった「完全な隠し球」だった。
「キャッチャーとしての強肩と打撃も魅力的だが、俺は彼の中に『投手』としての高いポテンシャルを感じてる。あの体幹と腕の振りなら、プロのコーチがしっかりフォームを固めれば、数年後に先発ローテーションの一角を食えるピッチャーになるはずだ」
俺の言葉に、隣で腕を組んでいたガタさんがニヤリと笑った。
「面白いじゃねえか。弱小校の捕手が、プロで本格派ピッチャーに化ける……ファンの好きそうなドラマだ。上位で消える器じゃないなら、下の順位で確実に抑えられる」
「ああ。育成枠じゃなく、しっかり『支配下登録枠』で指名しよう」
スカウト頭が深く頷き、高憧くんの資料に赤ペンで大きくチェックを入れた。
会議室を出て、スマホを取り出す。
LINEを開くと、娘の四季から『今日の晩ごはん何がいい?』と気楽なメッセージが入っていた。
四季、サンキューな。
お前のなにげない話が、うちのチームの未来を救うかもしれないぞ。




