第30話 苦悩の背番号7
開幕アウェイ3連戦を怒濤の3連勝で飾り、歓喜に包まれる新幹線の中。
笑顔で談笑する選手たちの喧騒から離れた窓側の席で、若狭大将は一人、雲海をじっと見つめていた。
膝の上に置いたグラブを、強く、強く握りしめる。
(……クソッ……!)
開幕3連戦での成績は、わずかヒット1本。
チャンスで回ってくれば内野ゴロか併殺打、三振。今日も7回に代打・大広を送られ、ベンチでチームの勝利を見届けることしかできなかった。
今年から背負うことになった背番号『7』。
チームの「不動のショート」として、内野の要として、さらには中心打者として引っ張っていってほしいという首脳陣からの期待の証だった。
「今年は全試合、フルイニング出場でチームを引っ張る」
そう意気込んで臨んだシーズンだったが、その目標は開幕わずか3試合目で脆くも崩れ去った。
(どこかで甘えがあったのかもしれない……)
ベテランで守備の名手・田中圭吾が開幕直前に怪我で長期離脱した。「まともにショートを守れるのは自分しかいない」というチームの状況。
心のどこかで、自分のポジションは安泰だと過信していたのではないか。
しかし、現実は容赦ない。
ドラ2ルーキーの平山は、セカンドだけでなくショートの守備も器用にこなし始めている。
今はまだ守備の粗さが目立つが、あの俊足と持ち前のセンスがあれば、若狭の領域を脅かすのにそう時間はかからないはずだ。
「若狭、隣いいか?」
不意に声をかけられ振り返ると、上平が缶コーヒーを2つ持って立っていた。
「あ……監督。どうぞ」
上平は隣の空席に腰を下ろすと、冷えた缶コーヒーを若狭に差し出した。
「浮かない顔してんな。3連勝だぞ?」
「……すんません。チームが勝ってるのに、僕が全然貢献できてなくて……。せっかく『7』をもらったのに、情けないです」
若狭は俯き、絞り出すような声で吐露した。
「全試合フルイニング出るって意気込んでたのに、3試合目で代打出されて……。平山も追いかけてきてますし、正ショートの座にあぐらをかいてたのかなって、反省してます」
上平は缶コーヒーのプルタブを静かに開け、一口飲むと、窓の外へ視線を向けた。
「なあ若狭。なんで今日、お前に代打を送ったか分かるか?」
「……僕が打ててなくて、大広さんの方が期待できるからです」
「違うよ」
上平はきっぱりと首を振った。
「勝ちに行くための作戦ってのもある。だがな、一番の理由は『お前を潰したくなかったから』だ」
「え……?」
「お前が背番号7の重みを感じて、一人で背負い込んで焦ってるのは痛いほど分かってた。でもな、俺はお前を外す気なんてハナからないぞ。不振だからって簡単に見捨てるくらいなら、最初から7番なんてつけさせねえ」
上平は若狭の肩をぽんと叩き、まっすぐな目で告げた。
「田中がいない今、このチームのショートの命運を握ってるのはお前だ。平山が追いかけてくるなら、受けて立ちゃいい。お前が苦しんで、壁をぶち破って本物の『7番』になるのを、俺は信じて待ってる」
「監督……」
「本拠地に帰ったら、ホーム開幕戦だ。ファンが大声援で迎えてくれるぞ。下向いてる暇があったら、打ち込みつき合え。俺が投げてやる」
「……はいっ!! ありがとうございます!!」
上平が席を立ち、他の選手の元へ歩いていく背中を、若狭は目頭を熱くしながら見送った。
手元に残された缶コーヒーの温もり。
胸の奥でドス黒く渦巻いていた焦燥感が、静かで激しい「執念」へと変わっていく。
(甘えてたまるか。平山にも、誰にも、このショートのポジションは渡さない……!)
若狭は膝の上のグラブをもう一度強く握り直した。
首脳陣の期待、監督の信頼、そして自分のプライド。すべてを背負って打ち破るための戦いが、本拠地・横浜で待っている。




