第3話 ヘッドコーチ
『京浜クリッパーズ』改め
『京浜ライマルクリッパーズ』
IT大手「ライマルサービス」が親会社となったことで、球団名には長年親しまれた名前に社名が差し込まれた。
新オーナーによれば、伝統ある『クリッパーズ』の名称も、数年後には完全に変更する意向らしい。
古くからのファンが寂しがるのも無理はない。
時代の変化とはいえ、チームの輪郭が少しずつ書き換えられていく感覚があった。
コーチ陣に関しては、退任した前監督とヘッドコーチ以外のスタッフは全員留任となった。
現場の混乱を最小限に抑えるための配慮だが、指導者経験ゼロの俺がチームをまとめるには、あまりにも心許ない陣容だ。
そんな中、俺が真っ先に新オーナーへ頼み込み、三拝九拝してヘッドコーチに招へいした男がいた。
——ドラフト同期の山縣博士。通称『ガタさん』だ。
「よお、兼任監督。随分と派手に叩かれてるじゃねえか」
秋季キャンプの前日。球団事務所の監督室のドアを無造作に開けて入ってきたガタさんは、49歳になった今も変わらない鋭い眼光と、厚い胸板を誇っていた。
「笑いに来ないでくださいよ、ガタさん。俺がどれだけ胃を痛めてるか……」
俺が苦笑いすると、ガタさんはドカッと応接用のソファに深々と腰掛けた。
ガタさんは大卒のドラフト1位。高卒5位の俺とは同期入団だ。
入団当初からその圧倒的な飛距離で期待されていたが、度重なる怪我に泣かされ、なかなか花が開かなかった。
だが、30歳を迎えたシーズンに劇的な覚醒を果たし、40歳でユニフォームを脱ぐまでに通算303本塁打を叩きたたき出した怪物スラッガーだ。
何より大きいのは、俺がメジャーに渡っていた5年間——チームがリーグ2連覇を果たした時の主砲であり、精神的支柱だったのがこのガタさんなのだ。
俺がアメリカから戻ってきた年にはバッティングコーチを務めており、俺の打撃を支えてくれた恩人でもある。
「世間は『優勝経験のない監督』だって叩いてるらしいな」
ガタさんはニヤリと笑い、ポケットから煙草の箱を取り出そうとして「あ、ここ禁煙か」と思い出したように引っ込めた。
「まあ、事実ですから。俺は28年やって一度も胴上げを経験してない。でも、ガタさんが隣にいてくれるなら、これほど心強いことはないですよ。あの『勝つ感覚』を知ってる人がチームに必要なんです」
「フン……言っておくがな、健二」
ガタさんは真顔になり、じっと俺の目を見つめた。
「俺が30歳まで芽が出なかったのも、怪我で苦しんだのも知ってるだろ。俺だって『負け犬の痛み』は嫌というほど知ってる。だからこそ、泥水をすすってでも勝つ喜びがどれほどのものかも知ってるんだ」
ガタさんは立ち上がり、俺の肩をバンと強く叩いた。手が重い。
「お前が敗戦処理から代打までなんでもやってチームを支えてきたこと、俺は一番近くで見てた。世間がなんと言おうが関係ねえ。お前がグラウンドで泥をかぶるなら、俺がベンチで泥をかぶってやる。……任せとけ、監督」
同期であり、元チームメイトであり、かつてのコーチであり、そして最高の理解者。
「……頼みます、ヘッド」
世間の冷やややかな視線も、チーム名の変更に対する戸惑いも、すべて吹き飛ばすような熱が、俺の胸に宿った。




